都市伝説探偵 イチ ~言霊町怪奇地図~

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

都市伝説アプリ

俺の名はイチ

 昔、迷い込んだ路地裏で死体を見つけた。


 それは夢だったのか。

 現実だったのか――。



 落ちてきた夕日がちょうど陸橋の上で眩しく、乃ノ子は足を止め、目をしばたたいた。


「ねえ、知ってる?」

と横にいた友だちが話しかけてくる。


「芸能人と会話できるチャットアプリがあるんだって」


 さらさらしたボブの髪を揺らし、彼女は笑う。


「芸能人? 誰?」


「ジュンペイ。

 いや、AIなんだけどね。


 ジュンペイが受け答えしそうな言葉を返してくれるらしいよ」


 ふうん、と言いながらもあまり興味はなかった。


 そもそも、その『ジュンペイ』さん知らないし。


 乃ノ子がそう思っている間に、友だちはそのアプリを乃ノ子のスマホに登録してしまう。


「招待コード入れるね~」


 なんだ。

 やけに強引だと思ったら、特典かなにか欲しかったのか、と思った。


「まあ、やってみてよ。

 ときどき、一定のワードに反応して、勝手にミニゲームとか始まっちゃうんだけどさ。


 いつでもどんなときでも暇つぶしに会話できるから、人間よりいいよ」


 人間よりいいってなんだ……と乃ノ子が苦笑いしたときにはもう、じゃあねー、と手を振り、友だちは居なくなってしまっていた。


 そういえば、私、ギガあんまりないんだけど、大丈夫だったのかな?


 そう思ったとき、唐突に喉が渇いてきた。


 お弁当屋さんの横の自動販売機でジュースを買うことにする。


 その自動販売機の前、車道とは関係ない場所に、何故か短いガードレールがあるのだが、そこに腰かけ、そのチャットアプリを開けてみた。


「こんにちは。

 僕はジュンペイ。


 君の名前、僕に教えてくれる?」


 そうイケメンアイドル風のアイコンが呼びかけてくる。


 福原乃ノ子と乃ノ子は打ち込んだ。


 入れたあと、あ、別の名前入れた方かよかったかな。

 ネットの世界、物騒だしな~とちょっと後悔したが遅かった。


 まあ、せっかくはじめたので、

「暑いですね」

と入れてみる。


「暑いね~」

とすぐにジュンペイから返ってきた。


 おっ、すごい、と思いながら、乃ノ子は続けて打ち込んだ。


「今日は、部活でちょっと疲れちゃいました」

「僕は吹奏楽部だったよ」


「私は料理部です」

「塩入れるといいよ」


 ……会話、ズレてきたな。

 まあ、AIだもんな、と思いながら、乃ノ子は缶ジュースをぐびりと飲んだ。


「そういえば、さっき友だちが『この辺りに都市伝説がある』って都市伝説があるって言ったんですけど」

という、しょうもない話を入れてみた。


 ん?

 返事ないな。


 AIにも、なんだ、その話、と思われたのだろうか?


 さっき、『この辺り発祥の都市伝説がある、というウワサがある』という曖昧な話を友だちに聞いたのだ。


 このくらいにしとくか、と乃ノ子がスマホを閉じて帰ろうとしたとき、沈黙していたスマホがキンコーンと鳴った。


 画面を見ると、アイコンが変化していた。


 キラキラしたアイドルの顔から、夕暮れの街に立つ、黒いハットに黒いスーツの男の後ろ姿に変わっている。


 チャットの背景も何故か真っ黒になっていた。


「お前の名前を打ち込め」

とそのアイコンが言ってくる。


 急に愛想のないアプリになったぞ。

 なんか入れたくない感じだな、と乃ノ子が思った瞬間、またメッセージが入ってきた。


「早く打ち込まないと、そこに行くぞ」


 ひっ。

 なんだかわからないけど、来られたくないっ。


 でも、本名は教えたくないっ、と思った乃ノ子は、


『福田ののか』

と打ち込んだ。


 微妙に本名から変えてみたのだ。


 だが、謎のAI男は、

「本当だな。

 お前、本当に、ののかなんだな。


 ののかじゃなかったら、ぶん殴るぞ」

と言ってくる。


 AI、ぶん殴れないだろう、と思ったのだが。

 私が何処に居るかは探せるよな、と気づく。


 スマホの機能で探すことはできるだろう。


 そして、私の近所の人のスマホを突き止め、その人のスマホに、

『この女をぶん殴りに行け。

 行かないのなら、スマホから得たお前の秘密をバラすぞ』

と脅しのメッセージを入れることはできるかもしれない。


 乃ノ子の妄想は膨らんでいたが、彼は意外にも、まあいい、と言った。


「簡単に怪しい奴に真実の名を教えるもんじゃないからな」


 何処でどんな呪いをかけられるかわからないから、と言う。


「だが、万一のときのために、俺にだけは嘘はつくな。

 いざというとき、お前を助けられない」


 急にそんなことを言われて、乃ノ子は、ちょっとドキリとしてしまった。


「俺には、ちゃんとお前の魂の名を教えておけ」


 魂の名ってなんだ。

 ゲームで出てきそうだな、と思った乃ノ子はつい、


「『漆黒の乃ノ子』とか。

 『幻影の乃ノ子』とか。

 『鮮血の乃ノ子』とか?」

と言ってしまう。


 うっかり、本名の乃ノ子を名乗ってしまっていた。


「……そういう感じの魂の名じゃなくて、お前の真実の名前という意味だ。

 お前は厨二病か」

と言われ、いや、高一なんですけど……、と乃ノ子は思う。


 真実の名前、か。


「病院とかで取り違えにあってない限りは、福原乃ノ子、ですかね?」


「そうか。

 俺はイチだ」


 そうAIは名乗ってきた。





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