第17話
『ふむ、榊原か…宮原と一年間離れて相当拗らせたか。
しばらくすれば落ち着くと思うが、私としては璃子の方が可愛いし大事だからな。
さて、どうしようか?』
そう言うと、後輩との関係に落ち込む璃子の頬をそうっと撫で目を細めて笑った大好きな人。
生徒会長という立場なのにもかかわらず、ためらいなく彼氏として自分を優先してくれる彼の言葉に、思い出してなお璃子の胸はきゅうっと甘く締め付けられる。
あの時は彼の問いに笑って首を振りジャンプで抱きついたのだ。彼の言葉は、後輩とのギクシャクが吹っ飛ぶほど嬉しかった。
思い出すたびに、支えてくれる彼の気持ちに触れ背筋が伸びる。
璃子が翼に何かしたということはない。
つんけんした態度は翼の一方的な行為であり、璃子は生徒会の後輩として翼と親しくしたいだけだ。
そう、これは翼くんのこと。
捉われてはいけません。
璃子は翼をまっすぐ見つめた。
「『珍しい』と思うくらい、榊原くんがこの生徒会に馴染めてるようでよかったのです。
ふふっ」
自然と出てきた言葉と微笑み。
璃子の意外な返答にばちくりと目を見開く翼。
そこへ、
「翼ぁっ!あんた、先輩の璃子に何絡んでるのっ!」
すぱぁんっ!と小気味いい音を立てて希が翼の後頭部をはたく。
「ったぁっ!暴力反対っ!!」
「うるっさい!!
…璃子ごめんね?翼が変なこと言って。」
さっさと翼の隣から抜け出すと璃子に駆け寄り璃子の顔を覗き込む希。
本当に希は心配性な上にお世話好きです。友人として好ましい性格なのです。
璃子は放り出された翼の悔しげな顔を見てこっそり舌を出した。ちょっぴり意地が悪いが、溜飲が下がったのも事実だ。
但し、この心配性な友人が実は年下の幼馴染のことを憎からず想っていることも知っている。
璃子としては、ここに長居をする理由はない。
「大丈夫ですよ。五限が自習になったので一昨日の会議の議事録をまとめようと資料を取りに来ただけなのです」
「あぁ!『学年ぶち抜き流し素麺大会』!」
屈託無く笑いながら希が頷く。
「もう希っ!
新一年の他学年との交流会ですよっ!親睦と校内施設の理解と大量に送られてくる寄付の適正な消費のためなのです。」
「あははっ!そうそれ!
全く四堂せんぱ、いやいや四堂会長ってばホントブッ飛んだイベント思いつくよねー。おかげで生徒会はバッタバタだよっ!」
口先だけは尖らせて、でも希の瞳は期待に輝いている。
みんなで楽しく過ごすことが大好きな希には、四堂会長の突拍子も無い企画をサポートする生徒会の仕事は合っているのだろう。
「これからいろいろと忙しくなりそうですね」
翼もげんなりした顔でため息をついた。
『だから希との逢瀬を邪魔するな』と聴こえてしまうのは、もはや私の脳内フィルターが彼を斜めに見ているせいなのでしょうか…。
璃子はやる気の薄い後輩に苦笑いだ。
でも、せっかく入ってくれた生徒会です。先輩としては、がっかりされるより、新しいことたくさん経験して笑ってほしいのです!
璃子は、会計担当の未決箱から目当ての書類を見つけ出すと、退室間際に翼を振り返った。
「翼くん。
『これからいろいろと楽しくなりそう』ですよっ!!」
普段つんけんしている自分を明るく励ます璃子は想定外だったのだろう。
目を見開いた翼はくくっと頬を上げて笑うと頷いた。
それはさっきの黒い笑みではなく、親しげな明るいものだった。
翼の笑顔に、璃子もつられて微笑む。
絆を結んで。
心をひらいて。
きっと、大丈夫。
あとは…できれば翼くんの危険人物認定が少しでも緩むとありがたいのです。
内心そう呟くと、じゃあと希に手を振り生徒会室を後にする璃子。
ガラガラ、パタンッ
ふぅ。
上手くできたでしょうか?四堂先輩。
『上出来だ』笑い頭を撫でてくれる四堂を妄想して、生徒会室のドアを背に、にやける璃子。
さっそく四堂先輩にお知らせしなければっ!!
そういえば、例の企画のせいでこのところゆっくり二人っきりで話ができていない。
この話題をきっかけに今週末デートのお誘いをしてみようか。
名案にポケットの携帯を取り出そうとしたそのとき。
「…ちょ…!つば、さっ…ストップ…んっ!」
友人の、普段の明るく元気な姿からは想像できない甘い声が微かに漏れ聞こえる。
ちょっ…翼くん!再開するの早すぎなのですーーーー!!
慌てて、でも足音を殺してその場を離れるという離れ業で璃子は廊下を駆けて行く。
少女の純情をからかうように、柔らかな風が薄桃色の頬をそっと撫でていった。
《Scene end》
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