第10話
薫とは保育園が一緒で、家も近かったこともあり、いわゆる幼馴染だった。
生まれた時から心臓が弱い薫は部屋で過ごすことが多くて、同年代のやんちゃな遊びに馴染めない僕は薫の部屋に入り浸るようになり、近所では一番仲がよくて。
ーーそんな中、きっかけは冬のクリスマスツリーだった。
本物のクリスマスツリーを見たことがないという薫に、その日の朝両親が噴水公園の木々がイルミネーションで飾られると話していたことを思い出したのだ。
なぜイルミネーションに飾られたクリスマスツリーを見たことがないのか、気温差の激しい冬場に心臓の弱い薫が外に出たらどうなるのか、幼い僕は全く分かってなかった。
ただ、絵本を見てポツリと『見てみたいなぁ…』と呟く大好きな彼女に笑ってほしくて。
薫の両親の目を盗んでクリスマスツリー探検を提案した。
後はお決まりのコース。
うまい具合に薫の家を抜け出せた達成感に酔っていた僕は噴水公園への道を意気揚々と歩き、少しずつ歩調が遅くなる薫にイライラしてたほどだった。
『もー薫!?そんなんじゃおばさん達が帰ってくるまでに戻ってこれない……』
何度目かの振り返った先に、水色のコートが力なく崩れ落ちる。
『かおる!?』
『ま、さ……待って……』
焦って近寄り顔を覗き込むと薫の顔色がどんどん白くなって、激痛に歪む唇から掠れた悲鳴しか出なくて。
『…か、かぉる?ねえ、かおる?痛いの?痛いの?だいじょぶ!?ねぇってばっ…ひっ!』
意識を失った薫が人形のようにぐにゃりと倒れこんできて。
結局、通りかかった近くの住民が薫の名前を狂ったように叫ぶ俺に気がつき、近くを探し歩いていた薫の両親を呼んできてくれて、そのまま薫は集中治療室へ運ばれた。
助かったけど二度目はない。
病院に迎えに来た親父にボコボコになるまで叱られたあと言われた一言。
自分が誰かの命を奪う恐怖。
大切な人を守れない己の弱さ。
べっとりと自分の心にこびりついた幼い頃の暗い記憶。
薫が倒れる度にフラッシュバックして手が震えてしまう。
血が滲むほど強く拳を握り締めないと震えが収まらないほどに。
「薫…早く目ぇ覚まして…」
君を失う恐怖から僕を救って。
早く、早く、僕の名前を呼んで。
君がそばにいなきゃダメなんだ。
「……んん……」
彼女の長いまつげが震え、食い入るように見つめる僕。
「…ま、さき……?」
焦点の合わないまま、しかし、僕の名前を呟いた彼女に大きな安堵と優越感が身体を貫いて。
溢れ出す大きな感情を顔を伏せることで抑え込んだ僕は、唇に作った笑みを浮かべるとペットボトルに手を伸ばしたーーーー。
〈scene end〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます