登校
1-B
第1話
高校生活初めての春が過ぎ、軋む教室のドアを開けるコツが分かるようになってきた。
そんな中、キミは、平凡だって思ってた日常を180度変えてしまった。
ほら、あたしがドアを開けた瞬間ーーーー。
朝の光と廊下の喧騒に押されながら「1-B」と掲げる教室のドアを引く。
柔らかな白にふと目が止まった。
次の瞬間、彼の笑顔が飛び込んでくる。
あ、ダメだ。
薄っぺらい教室のタイルがばりんと砕けて青空に放り出されるような興奮と浮遊感。
動けずにいると、彼と一直線に視線が繋がる。
「森崎おはよ」
「おっ、おっはよー。今日はあったかいね〜」
あはは、なんてぎこちなく笑いながら、なんとか自分の席に着く。
大丈夫。ここは安全地帯、大丈夫。落ち着け。
「ホントあったかいよねー。学ランなんか着てられない。」
胸元のワイシャツでパタパタ風を送る姿が眩しすぎて見られない。
「だ、だから、学ラン着てないんだ。それパーカーだよね?」
「うん。一足先に衣替え〜。どお?似合う?」
似合います‼︎この学校一、いやこの地区一そのオフホワイトのパーカーがジャストフィットしてますとも‼︎
心の叫びは言葉にならず、激しく首を縦に振って肯定する。
「はははっ‼︎そんなに首降ったら頭とれちゃうよ?でも、さんきゅ。」
ほっぺたがキュッと上がって目尻が下がって、嬉しそうに笑う。
同意だけでも伝わったみたいでよかった。
ふと会話が途切れ、彼はさっきまで話していた男友達との会話に戻ろうと身体を向き直す。
ちょっと安堵して、すごく残念で。
そんなあたしの恋のキューピッドよろしくカバンからお弁当が転がり落ちて彼の足元で止まる。
ひょぇえーーーー。
「ご、ごめんっ‼︎」
くぉのあたしのお弁当めーー‼︎
失態に焦って拾おうとかがむあたしの目の前で、彼がそっと大切な物を拾うようにお弁当を取り上げる。
「はい、どうぞ。…森崎っておっちょこちょいなのな。」
意外〜と変に感心している彼。
恥ずかしすぎる…。
「森崎って毎日お弁当だよね?部活も料研だし、もしかして自分で作ってるの?」
手のひらに乗せたまま、お弁当とあたしを交互に見やる。
のぁっ⁈お弁当⁉︎料理研究部なんて超マイナーな部活のこと、知ってるし⁉︎
「うん、そ、だけどっ‼︎全っ然彩りとか考えてないの‼︎下手くそだし、全体的に茶色いしっ‼︎」
答えるのに精一杯で自分の評価をガンガン落としてることにも気がつかずまくしたてるあたし。
「はははっじゃあ、おばあちゃん家のお弁当だ。俺おばあちゃんっこだったから、そういうの懐かし〜。」
にこにこしながらあたしの話を丁寧に拾ってくれる彼。
「ちなみに、今日の部活では何作るの?」
「へっ?レ、レモンカスタードケーキ……」
こんなに気温の上がる日には爽やかな風味がちょうどいい。
レモンとか、爽やかな感じ彼がにぴったりだよなぁ。
レモンカスタードケーキを一口ずつ口に運ぶ姿を妄想して、思わず心の中でうへへ、となる。
「じゃあ、ちょうだい。」
「ふへふっ⁉︎」
「…あ、他に誰かあげる人いた?レモンカスタードケーキとか、あんまり甘くなくて美味しそうだなーって思って。」
びっくりした‼︎びっくりした‼︎
危ない妄想が口から出たのかと思った‼︎
きょとんとした目で見つめてくる彼に、どうやら妄想は漏れてなさそうだと安心する。
「森崎?」
「あ、うんうん‼︎全然大丈夫っモーマンタイ‼︎」
あ、でも部活終わるの5時過ぎだからそれまで待っててもらうのは申し訳ないなぁ…クール便で送る…いやいや、明日作り直して持ってくるか…それとも、家の玄関にそっと置いとくとか…。
「森崎ー?そんなに心配しなくても部活終わるの待ってるから大丈夫だよ?」
「ほわっ‼︎うん、うん、わ分かった‼︎えっと、何人分くらい用意しよっか?お友達も食べるよね?」
安心させるように微笑み、穏やかに告げる君。
なんで悩んでること分かったんだろう…。
ふと疑問が湧いたけど、それより今は今日の最重要事項をミスなくやり遂げねば‼︎
「え?俺が食べるだけだから一口でいいよ。もったいないし。」
『もったいない』
…そ、それは『まずくて残ったら素材がもったいない』という意味?それとも万が一『もったいなくて友達には食べさせたくない』という意味ですかーーーー‼︎⁉︎
「わわわ分かった‼︎間宮くんの分だね‼︎了解‼︎ガッテン承知の助‼︎」
もはや、麗若き乙女の言葉ではない。
自分の妄想に鼻血が出そうである。
「うん、じゃあ放課後5時ごろ教室にいるから。楽しみにしてる。」
はい、とお弁当を手渡して、彼は友達の輪の中に戻っていった。
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