VR監獄の囚人
ちびまるフォイ
仮想空間でのシミュレーション
VRゴーグルが取り付けられた。
「では、VR監獄で10年の刑とする」
裁判官が決断をくだすと、囚人はヘラヘラ笑った。
「ははは。事故を起こしてVR監獄で10年?
それっぽっちでいいのか。ラッキー」
「言葉を慎みなさい!!」
「裁判官。あんたこの決断をのちのち後悔するだろうぜ」
囚人は退廷後も余裕をかまし続けていた。
現在、増え続ける犯罪者に対して
監獄のキャパはどんどん足りなくなっている状況。
そこで生み出されたのが仮想空間で刑期を行うVR監獄。
身体こそ普通の部屋に置かれているが、
囚人が見えている景色は仮想空間というものだった。
「これをつけろ」
手錠よりも頑丈な錠前でVRゴーグルを囚人に取り付けた。
見える景色は、仮設マンションの一室から監獄に切り替わる。
「へっ。なにがVR監獄だ。
身体はここにいないんだから快適じゃないか」
「そうかな」
囚人の監獄生活が始まる。
仮想空間では意図的に時間を早められている。
現実世界では6時間でも、仮想空間ではすでに太陽が昇って沈む。
現実世界の1年が、仮想空間での10年ほど。
VR監獄で10年というのは、実感値で100年をゆうに超える。
囚人はまだそのことにも気づかない。
仮想空間で1年、現実世界での1ヶ月ほど過ぎたころ。
囚人の仮想空間にはあらたなプログラムが始まる。
《このVR監獄にも慣れてきただろう。
これから新しい刑務活動を体験してもらう》
「刑務活動だって? なにか仕事をするのか?」
映像の中のVR看守に囚人が答えた。
《いいやちがう。貴様の公正プログラムだ》
「ああそうかい。ならきっと効果はないだろうぜ」
《それはやってみればわかることだ》
「わっ!? なんだ!? 急に景色が変わった!」
これまでのVR監獄の風景から一転。
次に見える周囲の景色は、家族でドライブ中の車内。
「俺の車じゃない……どこだここ……?」
《お父さん、ピクニック楽しみだね》
《こら。お父さん運転中よ》
《だって楽しみなんだもん》
娘とおぼしき後部座席の子ども。
助手席には妻と思われる女性が座っている。
温かで幸せな家庭の一幕。
「いや……この顔……覚えがある……」
そのときだった。
バックミラーにぐいぐいと迫ってくる車が映る。
極端に車間距離をつめてあおり運転を繰り返す。
その車にも見覚えがある。
「お……俺の車……?」
《あなた! 怖いわ!》
《パパ! パパーー!》
「俺……俺が被害者の目線に……?」
かつて自分が運転していた車はアクセルを踏み込み追突。
楽しい家族団らんの車は衝撃で車線をはみだし、
別の車に追突して横転。大事故となった。
シートベルトを締めていなかった子どもは外に放り出され即死。
助手席の妻も重症。
それを自分の目で見て、追突された衝撃すらもその身で感じる。
「お……俺がやったのか……なんてことを……」
まるで反省していなかった余裕の態度は曇り、
身体から嫌な汗が吹き出ていた。
ふたたび仮想空間が切り替わり、VR監獄へと戻る。
「はぁっ……はぁっ……い、今のは……」
《これが貴様の刑務活動。公正プログラムだ。
これから毎日この体験をしてもらう》
「ふざけんな! こんな……こんなの人間じゃねぇ!!」
《お前がしでかしたことだろう?》
「ひっ……」
VR看守はAIにより制御されている。
人間の情をはじめとした譲歩の姿勢はない。
ただ無感情かつ無慈悲に何度も自分の事故を追体験させられた。
「もうやめてくれ!! 十分に反省した!!!」
《あなた! 怖いわ!》
《パパ! パパーー!》
何度体験してもなれることのない断末魔。
回を重ねるごとにマヒするどころか恐怖が倍増ししてゆく。
「お願いだ……もう許してくれ……」
《だめだ。お前のVR刑期はまだ8年残っている》
「こんなのがあと8年……!?」
《来年には次の公正プログラムを実施する》
「う、うそだ……」
事故の追体験の次は、その後の家族の喪失感の追体験。
当時のままの子供部屋を見るたびに引き裂かれそうになる胸。
あのとき、遠出を提案しなければと後悔する日々。
それらが拷問以上に辛い日々を囚人に追体験する。
「助けてくれ!! もう許してくれ!!」
囚人はもう限界だった。
仮想空間で命を断つのも無理からぬことだった。
そして気づく。
「死ねば……体験は終了するのか……」
被害者の追体験中に自殺することで、
強制的に仮想空間をリセットしVR監獄に戻ることができる。
それを知ってからは刑務活動が始まるや即自殺。
リアルな仮想空間なので痛みや死ぬまでの絶望感はそのまま。
けれどその先に控えている恐怖の追体験よりは瞬間的な苦痛のがまだマシ。
囚人は毎日繰り返し自殺を続けていった。
そしてついにその日が訪れた。
《おめでとう。VR監獄卒業だ》
「え……?」
《10年経ったんだよ。お疲れさま》
「はい……」
《もうあんな犯罪は犯さないな?》
「当然です……。あんな……思いをさせるなんて……」
囚人からゴーグルが取り外された。
そこにはもう風景すら忘れていた仮設マンションの一室。
現実への帰還となった。
「ではこれからもまっとうな人生を過ごすように」
「はい。あのところでキッチンありますか?」
「……? ああ、そこだが?」
「ありがとうございます」
囚人はキッチンに向かうと包丁を手に取り迷いなく自分の首に突き立てた。
「な、なにを!?」
「あれ……これって現実なんでしたっけ……?」
「やっと公正して現実に戻ったんだ!」
「これが現実……? うそだ……。だって妻も子どももいない……」
「ちがう! お前は被害者じゃない! もう仮想空間じゃないんだ!」
やがて囚人は力尽きてしまった。
仮想空間で繰り返された自殺シミュレーションは、
現実世界に帰還してからもその慣れで迷いなく行われてしまった。
そして、裁判官からVRゴーグルが取り外される。
「いかがですか。これがあなたがVR監獄行きを命じた場合
これから犯罪者が進むであろう未来を見てもらいました」
現実に帰還した裁判官は冷や汗が止まらなかった。
「こんなの見せられたら……何も決断できませんよ……」
裁判が始まった。
VR監獄の囚人 ちびまるフォイ @firestorage
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