センボウ

 頭が!

 頭が強めのマッサージ機で揉み込まれるようにぐりぐりとね繰り回される!

 目の前の景色に重なるようにして、めくるめく極彩色の映像が流れていく!


 それは女の顔をしていた。

 女と言うか少女だった。

 少女と言うか美少女だった。

 美少女と言うか、二次元美少女だった。

 二次元美少女が私を囲む幻想が、いいやアニメーションが脳内に直接注ぎ込まれた!


「ハハハハハハハハハハ!どうです!悩ましいでしょう!苦しいでしょう!」

 

 勝ち誇ったようなマンボウの声!


「知っていますよ!あなた達は感情の昂りを制御出来ない欠陥生物!自らの本能に組み込まれた異性の好みに少なからず合致する物を見せられると、脳が快楽物質を過剰分泌!情緒は不安定になり心拍は上昇し、痙攣、吐血といった症状を引き起こしながら最悪の場合は死に至る!」


 様々な外見、様々な声、様々な属性、様々な組み合わせで流れていく桃源郷の如き理想世界の映像!


「私はそれらの類型を一通り網羅し、電磁波を利用してあなた方の脳に再生させる術を習得しました!これだけで一部の異常性愛者を除き、8割の人間を駆逐可能!分かりましたか!?理解出来ましたか!?ならば絶望しろ!人類の終末の深海めいた暗さに溺れて堕ちていけええええええ!!」


 私は、

 私は網膜に焼き付けられるようなその光景によって口角を吊られ下顎の力を抜きだらりと締まりのない表情へと顔面をとろけさせながら、


「え?それで?」


 これ以上ないくらい「拍子抜け」という感情を滲ませた声を溢した。


「………」

「………」

「え?」

「え?いや、え?」

「あ、え?」

「うーんと、え?」

「なんともない、んですか?」

「少なくとも、命に別状は……」

「え?あれ?おかしいな……?だって………」

「あの………」

「タンマ。タイム。ちょっと今原因を………」

「あの、マンボウさん」

「何ですか。今必死に不具合の修正を」


「ほぼ全ての人間は、魅力的なアニメキャラクターを見ても、死なないんですよ?」


「なん、ですって……!?」


 自らが宣言したこの世の終わりをその目に映すが如く、マンボウは瞳から光を失った。


 いや、よくよく考えたら魚なのだから最初から目玉は暗かったような気もする。


「だって、『とうとみが閾値に達すると致死量となり、危険』なのだと、インターネットには、確かに…!SNS上でもひっきりなしに死亡事故発生の報告が……!」

「マンボウさんマンボウさん」

「あ、あなたは嘘を吐いている!知ってるんだぞ!人間は情報一つで殺されてしまう最弱生物なんだ…!僕は調べたから分かってる!僕はマンボウだ!騙そうとしたって——」


「マンボウさんに関するデマゴーグ、最初に広めたのはインターネットですよ?」


 彼はビタンとその身を座布団の上に落としピクリとも動かなくなってしまった。


 彼は悟ったのだ。

 人とマンボウ、それらはどちらも同じなのだと。

 情報に負ける最弱生物だったのだと。


 数分程経っただろうか。

 居た堪れなさから数時間にも千秋せんしゅうにも感じた沈黙の後、彼はカレイのように私を見上げてこう言った。


「偏見への怒りを語りながら、その口で偏見を吐いたという、此れはまさに自信満々暴挙、略して『マンボウ』という事で、ここは一つ」


 私は、

 「この時間なんだったんだ返してくれ」と瞬間湯沸かし器的激しさで憤ったが、

 マンボウよりも幾分か大人なのでぐっと飲み込み、

 代わりにこう言った。


「帰れ」

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