ゾンビの中から不死の王が生まれました

山岡咲美

前編

(マズイ、マズイ、マズイ、マズイ……)


 オレは今、そう心の中で叫び続けていた。


 高校の技術工作室、大きな音を出す機械類を使うため、教室がある本館からかなり離れた分館二階にある技術工作室の奥にいた。


 もっと正確に言うならば、その技術工作室に付属した、技術工作倉庫にまとめて立てかけられたダンボールと木材の間に隠れていた。


 オレは今、かなりマズイ状況にあった。



 *



「にゃーにゃー、彷徨衣さまよいくん、放課後、ファミレスいかない?」


(ファミレス?)


 オレは三年一組の教室の自分の机で今日授業で使った教科書とノートを整理し、黄色と黒のシマシマ模様のスクールバッグにそれをしまおうをしていた。


 安全対策と言う名の派手で目立つスクールバッグ、どこにいても雷工業かみなりこうぎょう稲雷北工業高校いなかみなりきたこうぎょうこうこうの生徒と分かる目立つ仕様……


(学校の嫌がらせ? それとも生徒が悪さでもしたらすぐバレるようにオレは鈴付けられてる?)


「制服はいたって普通のブレザーなのに……」


「何? 彷徨衣くん」


「えっ? ああいいよ、勉強会か?」


 オレは『にゃーにゃー』とキャラ付けの激しい、幼馴染みの猫村友子ねこむらともこを椅子から見上げる。


「違うにゃ〜、デートだにゃ〜」


「デート? オレとともがか?」


 オレは少し眉をひそめ不満そうにするが、別に不満というわけでも、照れ隠しというわけてもない。


 オレ達にとってはなんのへんてつもない何時いつもの会話だ。


 教室にはだいたい三分の一くらい残っているクラスメイトも、そんな会話をからかうわけでもなく、淡々と帰りじたくや、放課後の予定を話している。


「なんか文句でもあんのかにゃ?」


 友が肩からかけたオレと同じスクールバッグのショルダーストラップを握りしめ、少し怒った。


「ねーけど、でも、オレさっきの授業終わりに先生に頼まれて、技術工作室の前に電動ドリルが戻されてるか確認して倉庫に戻さなきゃいけないんだ」


「電動ドリルにゃ?」


「そ、なんか園芸部が使ったらしいんだけど、鍵を借りて倉庫に入れず、技術工作室の前に置いてったらしいんだ」


「あー、確か技術工作室の備品って安全のために鍵かけた場所に保管するルールだったにゃ……」


「そっ、で、さっき授業終わりに頼まれた」


孤独こどく箱根細工部はこねざいくぶだったから工作室はなれたもんにゃ!」


「そうそう」


 ちなみに孤独はオレの名前、箱根細工の方は色の違う木を組み合わせて模様を作る伝統工芸品だ。


「じゃ友、先にいつものファミレス行ってて、オレはドリル片付けて先生に鍵返してから行くから」


「わかったにゃ〜」



 *



 リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ‼‼


 ビクッ‼


「何⁉」


(非常ベル⁉)


 オレは技術工作室の倉庫棚の定位置に電動ドリルを保管し、指先確認の最中だった。


「火事か?」


(友?)


(いや、友は先に出たはず……)


 オレは慌てて、倉庫の扉をぬけて、技術工作室の扉へと向かった。



 *



「孤独……」


「友?」


 リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ……


(あれ? なに????)


「友? なにして……」


(痛い?)


(首?)


(噛まれて……)


 オレの首に突然友が、猫村友子が噛みついていた。


「やめろ‼」


 オレはオレの両腕を掴んで噛みついていた友を反射的に引きはがす。


 ガダンッ‼


 友はその反動でよろけ、鼻からアゴにかけての顔下半分をコンクリートの壁へと激しくぶつけた。


「友っ‼」


 オレは反射的に友へと駆け寄ろうとするが、変な首の曲がり方をしたまま、壁に頭で寄りかかる友を見て、足がブレーキをかける。


(友?)


「ゴドグッ……グン……」


 友が壁から立ち上がり、外れたアゴでこっちを見つめる……


 ガタンッ‼


 ガチャガチャガチャガチャ‼


 オレは慌てて技術工作室の扉を閉めて鍵をかける。


 鍵は何度も滑り、引っかかったが、何とか閉められた……。


「ゴドグッ……グン……」


 ドンドン!


「ゴドグッ……グン……」


 ドンドン!


「ゴドグッ……グン……」


 ドンドン!


 扉の外で友がオレの名前を呼んで扉を叩いている。


「友、先にファミレス行かなかったのかな……」


(オレを待ってた?)


 オレは首から流れ出る血をハンカチでおさえながら、外の様子を技術工作室の窓から除く。


(ああ……これ……あれだ……)


「ホラー映画のやつだ……」


 オレは窓の外に逃げ回る生徒達とそれを噛み殺そうとする生徒達を見下ろした。


(フラフラする)


(血、止めないと……)


 オレは技術工作室倉庫に入り、技術工作室倉庫の扉に鍵をかけた。



 *



(マズイ、マズイ、マズイ、マズイ……)


「これ、マズイやつじゃ……」


 オレは技術工作倉庫に立てかけられたダンボールと木材の間に隠れ、何とか止血をこころみていた。


(外に出て助けを求める?)


(いや、無理だ……)


「あれなんだよ……」


(いや、わかってるけど……)


 なんて、言葉はバカバカしくて出したくなかった。


「何か熱っぽい……」


(噛まれたせいか?)


一か八いちかばちかか逃げるか? それともここで助けを待つ?」


(ダメだ……頭が回らない……)


 リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ……


 遠くの方で非常ベルの音が聞こえてるようだ……



 オレの意識が遠のく…………。

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