泥棒とサンタの密談
タヌキング
XXX
俺の名前は郷田
今日はクリスマスだが関係ねぇ。俺は家に入って金品を盗むだけだ。
煙突の付いた二階建ての大きな屋敷、見るからに金を持ってそうだ。今日はここに入るか、と意気込んで入ったまでは良かったのだが、ここでとんでもないアクシデントが起こった。赤い格好に白くて長い髭、大きな袋を持ったサンタクロースと屋敷の廊下で出くわしてしまったのである。
このサンタが本物なのか偽物なのかは定かでは無いが、人に見つかれば即座に逃げるのが泥棒の鉄則である。俺は踵を返して大慌てで逃げようとしたのだが……
“ガシッ‼”
サンタに後ろから右手を掴まれ、そのまま捻り上げられてしまった。
「いてて‼なにしやがる‼」
強がって大声を出したものの、サンタの力は老人とは思えぬほど強く。俺はそのまま何も出来ぬまま押し倒されて気絶してしまった。
そうして次に目を覚ますと暖炉ある部屋の椅子に座っており、目の前で例のサンタも座って居た。
サンタは赤いコートと赤い帽子は脱いでおり、帽子を目深に被っていて分からなかったが、サンタの右目には縦に一本の傷が入っており顔もごつごつして迫力がある。両手は丸太の様に太く、あの手を見たら自分が何も出来なかったことの理由になった。こんな恐ろしい男がサンタであることが信じられないが、気圧されていたら駄目である。
「やい‼ここは何処だ‼何の目的でこんなとこに連れてきたんだ‼」
俺がそう喚き立てるとサンタは眉一つ動かさずにゆっくりとこう答えた。
「ココは俺のアジトだ。騒ぎになると面倒だからお前をここに連れてきた」
「テメーのアジトだと?」
「そうだ、フィンランドの山の中だ」
「フィ、フィンランド⁉」
「そう驚くこともねぇだろ?空飛ぶトナカイで飛べばすぐだよ」
普通なら、このペテン野郎と怒鳴り散らすところだったが、このサンタには凄味がある。言っていることに一切の嘘があるとは俺には思えなかった。
「な、なら俺を日本に返せ‼別に用もねぇだろ⁉」
「まぁ待てよ、ちょっと俺と話をしねぇか?プレゼントも配り終って暇なんだよ。良いだろ少しぐらい、俺はお前を警察に突き出すことも出来たんだぜ」
「ぐぬぬ……少しだけだぞ」
下手に逆らって殴られたら抵抗出来ずにボコボコにされる可能性もある。ここはこのサンタの言う事を聞くのが最善の手だろう。
「OK、それじゃあオメーさん、サンタは好きか?」
何を言い出すかと思えばアホみたいな質問しやがって。
「嫌いだね、何せ俺の小さい頃にはサンタなんて来た試しがねぇからな」
生まれてこの方27年、サンタクロースなんてものは偽物も本物も見たことが無かった。そう今日という日までは。
まぁ、実際会ってみても感動なんてものは無かったワケだが。
「そうか、お前の親父さんはサンタをしてくれなかったんだな」
「当たり前だ、昼間っから飲んだくれて、俺やお袋を殴ってた親父だぜ?10年前に肝臓をやられて死んじまったしな」
小さい頃サンタの話題を出したら「そんなもんこの世にはいねぇんだよ‼」とぶちギレられたのは頭にこびりついて離れない嫌な想い出である。
「ほぉ、中々不幸な生い立ちらしいな。だが不幸自慢なら俺だって負けてねぇぞ、俺の家はスラム街に在ってな、暴力と薬が横行するそれはクソみたいな所だった」
今度はサンタが自分の生い立ちを語り出したが、いきなりヘビーな出だしである。
「父親は俺が生まれる前に死んじまってて、母親はクスリに手を出して現実と虚構の狭間をいつも行ったり来たりしてたな。包丁持ち出されて何度も心中されそうになったことか……この右目の傷は母親から切られた傷だ」
傷を指差しながらニコッと笑うサンタ。いやいや全然笑えねぇから。
「母親が死んだあとはストリートチルドレンとして俺は生きた。盗みもやったし喧嘩もしょっちゅうだ。そうして16の時にマフィアになった。初めて引き金を引いた時のことは今でも鮮明に覚えているよ」
その引き金を引いた時に人を殺したのか殺さなかったのかは気になるところだが、すっかりビビっちまった俺は何も言えなかった。
「マフィア幹部としての階段を順調に上がった俺だが、ある時に虚しさを感じてな。自分は何の為に生きているんだろう?って考えるようになった。その考えはドンドンとデカくなって、気付いたらマフィアをやめて、このフィンランドに来てた。そんで色々あってサンタクロースになってたわけよ。笑えるだろ?」
色々あっての部分が知りたいのだが、血生臭い事だったら怖いので、とても聞けそうにない。
「サンタクロースになってガキ共にプレゼントを配るとよ。胸がスッとするんだよ。あぁ、俺は生きてるんだって実感がするんだ。俺はようやく自分にとっての生き甲斐を見つけたんだ」
「生き甲斐か……」
今の俺に生き甲斐なんて一ミリも無い。盗みを働いている時は心は空っぽで何の感動も無いのである。奪うと与えるで、こうも違うものなのだろうか?
「なぁ、サンタさんよ」
「なんだ泥棒?」
「自分でも心境の変化に驚いているんだが、泥棒から足を洗おうと思う」
「ほぉ、そりゃ良いじゃねぇか」
「それでよ、サンタクロースになるのは大変なのかい?」
数分前までサンタのことを嫌いと言っていた人間とは思えない。俺は一体どうしてしまったのだろうか?サンタの生い立ちを聞いただけで、こうも人というのは変わるものだろうか?自問自答を繰り返したが結局のところ心境の変化の謎は全く分からなかった。
「そうさな、まずは空飛ぶトナカイを捕まえるところから始めないとな、ホッホホ♪」
サンタがようやくサンタらしい笑いをした。この後、俺はこの人を殺してそうなサンタを師事してサンタクロースになるわけだが、それはまた別の話である。
泥棒とサンタの密談 タヌキング @kibamusi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
タヌキングとクリスマス新作/タヌキング
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます