6

 昼休み。階下の教室を今日も覗く。1年E組に、百合草の姿はなかった。

 教室を改めて見回していると、視線がぶつかった。百合草の友達の、青縁メガネだ。

 百合草が「聞いてみる」と言ったのは、この青縁メガネに聞いたということだろうか。そう思うと目が留まったままになって、不自然に見つめてしまう。すると青縁メガネが立ち上がって、教室の入り口まで来てくれた。

「何でしょう」

「いや、百合草はいないかなって」

 すると青縁メガネは、怪訝な表情をした。

「……バドミントン部のキャプテンさんですよね? 知らないんですか?」

 えっ?

 どうして、私が百合草の昼休みの様子を知っていなければいけないんだろう。というか、知らない方が普通だ。

「……本当にバドミントン部のキャプテン?」

 青縁メガネが、怪訝を超えて疑いの目で私を見る。

 キャプテンらしくキャプテンの仕事をできていない、ということまでほぼ初対面の相手に見透かされてしまったのか。

 恥ずかしい。自分という存在が。

 恥を忍んで、答える。

「バドミントン部のキャプテンやらせてもらってる、石川っていいます。本当に百合草が何してるのか知らなくて……」

「中屋です」

「え?」

「私、中屋っていいます。つーちゃんの……百合草ちゃんの友達やらせてもらってます」

 友達なのだろうとは思っていたけど、中でも自ら友達だと言い張れるほど強固な友達らしい。

「で、本当に知らないんですか」

 念を押されて、こちらとしては困るほかない。そんな私の顔を見て、中屋は溜め息をついてから話し始めた。

「昼休み、バドミントンの練習をしてると聞いたんですけど。ウソなんですか?」

 ええ? いや、なんだそれ。聞いたこともない。

「じゃあ、見に行きましょう」

 そう言うと中屋は私の手を掴んで引っ張った。


 昼休みの体育館には、誰もいなかった。もちろん、百合草の姿もなかった。

 じゃあ、何なんだ。

 中屋に目を向けると、中屋も「何なんだ」という顔で私を見つめていた。

 百合草はなぜ昼休みに姿を消すのか。そしてそれをなぜバドミントンの練習と呼んでいるのか。私と中屋の間に浮かぶ疑問符は、百合草に友達でも知らない一面があるということを示していた。

「で、石川さんは、つーちゃんと何を話したかったんですか?」

「うーん、いや……」

 伝言を頼むようなことではないし、ぱっと説明できることでもなくて、言い淀む。

 でも、そういえば、ダブルスのことについて百合草は「聞いてみる」とか言っていた。もしこの中屋とかいう友人に聞いたのだとしたら、何かわかることがあるかもしれない。

「……ダブルスのことなんだけどさ」

「ああ、ペアを組んでいるそうですね」

 やはりそこは伝わっていたのか。

「……聞いてるかもしれないけど、あんまりうまくいってなくって」

「いえ、そこまでは聞いてませんね」

 およ、と心の中でずっこける。

 私の一人芝居をよそに、中屋は、メガネのつるを上げながら言った。

「つまり、ダブルスに問題があり、つーちゃんと色々話し合っているが、それでも解決しないと。そういうことですね?」

「……え?」

「え?」


 午後の授業中は、授業どころではなかった。

 中屋から繰り出される理詰めの言葉一つ一つが小惑星のようにぐるぐると回っていた。

『石川さんはダブルスがうまく行かない理由について何か仮説を立てているんですか?』

『ダブルスって二人で協力して戦うんですよね?』

『どうして二人で協力して課題解決しないんですか?』

 めまいがするようだ。

 中屋は運動部ですらない。吹奏楽部だと言っていた。

 そんなバドミントンのバも知らない相手に、私は納得のいく説明が何もできなかった。

 確かに、中屋の言う通りなのだ。ダブルスだから、問題があったら二人で話し合えばいい。というか、話し合わなきゃいけない。話し合うしかない。

 でもそうしなかった。進むべき道の脇に他の道が延びているような気がしていた。百合草が嫌ならペアを組み替えてもいいし、そういう本音を酌み取るのが難しいならまず百合草のことを知った方がいい——。

 本来の道をまっすぐ見据えるのが嫌だから、そうして脇道ばかり見ていた。脇道というか、逃げ道だ。

 なんで目の前の道から目を逸らしていたのか。——それはやっぱり、身も蓋もない事実が待ち構えていそうだったからだ。

 ——「百合草は私と組むのが嫌」とか。「百合草は単にやる気がない」とか。

 膝がちりちりしていた。脳が汗をかいていた。

 そして、中屋はこうも言っていた。

『つーちゃんにやる気がないのなら、私としては歓迎です。私が石川さんに声をかけたのも、つーちゃんにバドミントンを辞めさせたかったからです』

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