5

「百合草」

 教室の入り口からその姿を見つけて、声をかける。

「はいっ」

 お喋りをしていた百合草がすぐに反応して、こちらへ駆けてきた。正対すると、体格の良さと薄味ながら品のある顔立ちが目につく。

 で、何を聞くんだっけ。

「百合草って……」

 百合草って、どんなやつだ?

 シンプルな質問なのに、口に出せなかった。……たぶん、直截的に本人に聞くことではない気がした。

 もう、懸念の根本を問いただすしかない。一旦息を吸い込んで、言う。

「あのさ、ダブルスなんだけどさ……正直、私とは組みにくいって感じ?」

 極力軽い口調に努めたのだが、どうだろう。

 私と百合草を足し算して黒木日下に負けるなら、それは相性が悪いとしか考えられない。もしそうだとしたらペアを組み替えるしかない——。

 そこまで読み取ったのかはわからないが、百合草はゆっくりと首を傾げた後、無邪気に口を開いた。

「じゃあ、また聞いてみます!」

 百合草はそう言って、さっきまで喋っていたクラスメイトのもとへ戻っていった。

 き……きいてみる? 

 誰に? まさか、クラスメイトに……?

 百合草が、ポニーテールに青縁メガネというまた珍しい装いをしたクラスメイトとのお喋りを再開する。

 くいっとメガネを上げたその子と、百合草越しに目が合った。


 その日の練習では、ペアを組み替えてみた。黒木・百合草と私・日下。

 これで、百合草が私と組んだ時だけ弱いのかを検証する対照実験になると思ったんだけど——。

「21-18」

 私・日下ペアが勝ったところで、それが実力によるものなのかどうか判断しようがない。

 正直、私と組んでいるときの百合草は手を抜いているんじゃないかという懸念があった。しかし手を抜くといってもやる気がないとか明らかに粗雑とかそういうことではないので、何とも追及しづらい。こうして相手側に立ってもらったところで、やはり判断がつかない。

 それに、百合草がそんな不遜なことをするようには思えないのだ。だから、百合草のことを知らなければいけないわけだけど——。

「百合草。誰と組みやすいとか……組みにくいとか、あった?」

「はいっ、みんな組みやすいです!」

 そう言われると、そうじゃなくてさとも言いづらい。

 そもそもダブルスが下手なんだろうか。でも、夏季大会で黒木・百合草が組んだときはそうは思わなかった。だとするとやはりやる気がないのか? しかし練習中よく声出しもしているし、これも違う気がする。

 部内ランキング的に、百合草を外してもっと下と組ませるというのは勇気が要るし、相応の理由も要る。ではやはり百合草から感じる違和感を突き止める他ない。

「あー、ケサランパサランだー」

 体育館脇の通路で、百合草の視線が中空を泳ぐ。

 その無邪気な横顔を眺めて、私の頭に浮かぶのは「?」しかなかった。


  ◆


 来週、ダブルスの部内ランキング戦をやると鈴木先生が言った。

 相変わらず私と百合草のペアでは麗・久原はもちろん黒木・日下にも勝てていない。勝てそうな兆しもない。

 もう、これは仕方ないと割り切るべきだろうか。

 それぞれがそれぞれなりに頑張って、実力差という平衡状態が生まれている。百合草にはもっと頑張ってもらいたい。けど、期待をすることと理想を押しつけることは何が違うのだろうか。

 みんなそれぞれ頑張っているのだ。バドミントンは個人競技なのだから、「もっとできるはずだ」なんて横から口出しはできない気がする——。

 部活終わり、一人で部室棟の廊下に座っていることが増えた。何が解決するわけではない。何もしていないのだから。だけどそれでも、帰っていく同級や後輩を見送りながら頭を悩ませる。

 私が百合草に言えることは何があるだろうか。もっと強くなれ、とか? なんだそれ。

 まぶたの裏に久原の姿がちらつく。硯山で、ライオン岩のそばで怒鳴られ、突き飛ばされたときの姿。あれぐらい芯があって、正面からぶつかることができたら。久原みたいに——。

「まだ帰らないんですか、先輩」

 久原のラケットケースが揺れて、カチャリと音を立てた。

 去ろうとする背中に、ぽつりと投げかけてみる。

「個人競技ってさ、どこまで口を出していいんだろう」

 久原は私が喋ったこと自体に意外そうな顔をして、物珍しげに首を回した。目が、ぎょろりとしていた。

「バドミントンは対人競技ですよ。相手がミスばかりだと練習にならないでしょう?」

 久原が今度こそ廊下から去っていく。

 その言葉は風のようにさらりと、しかし石のように重かった。


 できるだろうか。久原みたいに——。

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