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コートサイドで髪を結わえるのは嵐の試合前のルーティンのようなものだった。細くしなやかな体躯。ふわりと結ばれたサイドテール。フェミニンな雰囲気と整った目鼻立ちは、おそらく東高の教室では「かわいい」と評されているであろう。その「かわいい」くりくりとした目が、いざコートに入れば10cm以上タッパがある女を射すくめて震わせている。
「よろしくお願いしますっ」
握手を交わすと、嵐の手の柔らかさが伝わってきた。同時に私の手の震えも伝わってしまったかもしれない。
背を向けて、大げさに深呼吸してみる。震えは収まらないが、問題が少しクリアに見えてきた。
嵐は怖い。しかし今の震えは、これまでとは違う。この1ヶ月の成果がどう出るか、本当に自分が嵐を超えられるのかが怖いのだ。
最初のラリーは静かに滑り出した。嵐は速攻してくるタイプではない。レシーブタイプだ。何を打ってもきちんと返ってくる。こちらからミスしないよう冷静にラリーを続ける。
するとやや打ち頃のロブが上がってきた。これだ。これをどう打つか、だ。
「ふんっ」
40%。力を抜いたスマッシュ。
嵐は当然返してくる。しかし厳しい球ではない。100%のスマッシュばかり打っていた頃はこの程度の返球でも苦しくなっていたが、40%なら基礎打ちぐらいの余裕を持ってラリーできる。
スマッシュ、アンド、ネット。スマッシュ、アンド、ネット。スマッシュ、アンド、ネット。スマッシュ、アンド、ネット。
いつまで続くのだろう――先にそう思った方に綻びが出る。不意に、嵐のロブが浅くなる。
(あっ、今だ)
飛び付いて打った60%のスマッシュが、相手コートの床に跳ねた。
「ナイッショ!」
背中に拍手の音を受ける。後ろのベンチに目をやると、真希や黒木たちとともに久原も手を叩いていた。
いける。これはいける。長尺のラリーで酸素が足りない頭でも、総合力で圧倒できている実感が明晰だ。嵐の綺麗な顔が汗と焦りで歪んでいるのもわかる。
嵐が厄介な相手なのには変わりがない。凡ミスをしてこないし、ボディへのスマッシュはどんなに威力があっても返してくる。が、これといった決め球がなく、ラリーは先にミスった方が負けという様相を呈す。
したがって私の失点は私がミスをしたときがほとんどで、スコアはまるで私の成績表だった。
「21-13。ゲーム!」
肩で息をしながらも、21-15と21-13で試合を終える。成績表としては「可」レベルかもしれないが、前回負けた相手に余裕を持って勝てた収穫は大きい。真希も歓声を上げ、立ち上がってガッツポーズをしている。
久原はどんな顔をしているだろう。前回の敗北を見た久原の目に、この勝利はどう映っただろう。姿を求めて視線が彷徨う。
久原はもうS2の達川戦に向けてコートの向こうへ歩を進めていた。思わず目で追うと、久原もこちらへ顔を向けた。
小恥ずかしくて目を逸らしそうになる。が、勝利の高揚に任せてグータッチよろしく拳を向けてみせると、久原も拳を握り、小さくこちらへ突き出した。
初めて、久原と心が通じ合った気がした。
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