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天才。
今の入交一葉しか知らない者はそう言うだろう。
流れるようなフットワーク。柔軟なシャトルタッチ。完璧なコントロール。
開会式前の基礎打ちの時間、遠目にフロアを眺めても打球音だけで一葉とわかる。その巧さは頭一つ、いや三つも四つも抜けている。
幾十のシャトルを打つ音とシューズの音が体育館を満たす中、会場アナウンスが響く。
『2巡目の基礎打ちが始まります。基礎打ちを交代してください』
シャトルを手にコートに入り、半面で基礎打ちをする。
基礎打ちの相手は百合草だ。
さっき、真希を基礎打ちに誘ったらこう言われたのだ。
『私は大丈夫。ストレッチしてくるから、百合草ちゃんと基礎打ちしといて』
大丈夫とはどういうことだろう。
クリアを打ちながら、おぼろげにそう思って観客席の方を見る。
真希は腕を挙げて腹斜筋を伸ばしながら、シャトルの整理をしていた。
基礎打ちが終わって帰ろうとしたとき、急に肩を掴まれる。
はっとして振り向くと、一葉の黒い瞳があった。
「せや、忘れてたんやけど」
一葉はそこで言葉を区切って、真っ直ぐ私を見つめる。いつになく真剣な目に吸い込まれる。
「個人戦の前に、団体の決勝があるやんなあ。2シンで待ってるで」
一葉はそれだけ言って、返事も待たずに戻っていった。
◆
「「「三城ー! ファイオーファイオーファイオー!」」」
円陣を組みコートへ向かう。
団体の1回戦は宇津野高校が相手だ。自軍のオーダー用紙に目を通す。
D1 水口麗・久原光
D2 石川鏡花・百合草つばめ
S1 黒木彩
S2 久原光
S3 石川鏡花
やはり何度見ても、真希の名前がない。
先ほど、オーダー用紙の提出前のミーティングで、真希がオーダーを説明した。私はそのとき既に違和感を覚えたが、口には出さなかった。
真希が、車座になった部員たちを眺め回しながら語ったことはこうだ。黒木に期待を込めてトップシンを任せたこと。黒木と久原、百合草は団体が初めてなのでみんなでサポートしてほしいということ。そして私、石川鏡花は3シンとして1年生の取りこぼしに備えてほしいという旨。
そうした話はあったが、真希が出ない理由は説明されなかった。
「ファーストゲーム、ラブオールプレー」
第1ダブルスが始まる。
麗がネットすれすれの上手いショートサーブを放つと、相手が半端な高さのロブで返してくる。
すかさず久原が跳び上がり、スマッシュを叩き込んで決めた。
――スマッシュ速くなったな。
私だけが修行から帰還したような気分だったが、その間に久原たちも着実に伸びている。
11点で折り返してからも、危なげのない展開が続く。この分だとすぐに2ダブが回ってきそうなので、コートサイドで軽くアップを始める。
圧勝の流れでも、真希は全力で声を出して麗と久原を応援していた。
その体育館の端まで届きそうな声を聞きながら、再び首を傾げる。トップシンを黒木に譲ったのはわかる。大会のだいぶ前からそれは言っていたから。しかし、ダブルスにも出ないというのは? いくら苦手なダブルスでも、真希なら百合草よりは強いはずだ。なぜダブルスにすら出ない? まさか、私と組むのが嫌だったから――?
◆
私と百合草のダブルス、黒木のシングルスも快調にストレート勝ちを重ね、宇津野高校戦を3-0で終える。事前のリサーチ通り、宇津野はほぼ初心者チームだった。次の立進館高校も、楽勝と言わないまでもストレートで破った。
外の日差しが黄色みがかってきた頃、トーナメント表に書き加えられた赤のマジックペンを目にして、武者震いする。隣のヤマから上がってきたのは、やはり東高校だった。
これが準決勝。これさえ勝てば決勝へ。しかしこの壁がかなり分厚いと踏んでいるのは部員全員、共通の認識だった。ミーティングの空気も心なしか張り詰めている。
まず口を開いたのは厚美だった。
「東高は1回戦も2回戦も達川・宮川の1ダブを崩してなかった。1シンの嵐もねっ」
厚美が手元のメモ帳に目を落として偵察結果を述べると、真希はありがとうと告げて話を継いだ。
「東がオーダー崩してくる可能性はまだあるけど、それを想定してもしょうがなさそうだね。正面でぶつかれそうだし、こっちも正面で行こう。ただし」
真希が私の顔に視線を移す。
「1シンは鏡花ちゃんにやってもらう。嵐を倒してほしいからね」
嵐を討伐する。予め告げられていたことだが、全員を前に言われると口が渇く。唾を飲み込み、無言で頷いた。
◆
D1 水口麗・久原光
D2 黒木彩・百合草つばめ
S1 石川鏡花
S2 久原光
S3 黒木彩
出来上がったオーダー用紙を、厚美とともに大会本部へ提出しに行く。
オーダー用紙はニ人一組で提出するのが
それを考えると、入交一葉が決勝はS2に出るとわざわざオーダーを漏洩したのは、よほど自信があるのか、よほど三城をナメているのか。一方で、決勝まで上がってくる前提ということは、買いかぶられているとも言えるのだろうか。
「くしゃくしゃにしないでよっ!?」
厚美の声で、オーダー用紙を持つ手に力が入っていたことに気付く。
真希の綺麗な字で書かれた、石川鏡花の名前。一葉に売られた喧嘩を買うためにも、このS1は勝たなければいけない。
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