3

 天才。

 今の入交一葉しか知らない者はそう言うだろう。

 流れるようなフットワーク。柔軟なシャトルタッチ。完璧なコントロール。

 開会式前の基礎打ちの時間、遠目にフロアを眺めても打球音だけで一葉とわかる。その巧さは頭一つ、いや三つも四つも抜けている。


 幾十のシャトルを打つ音とシューズの音が体育館を満たす中、会場アナウンスが響く。

『2巡目の基礎打ちが始まります。基礎打ちを交代してください』

 シャトルを手にコートに入り、半面で基礎打ちをする。

 基礎打ちの相手は百合草だ。

 さっき、真希を基礎打ちに誘ったらこう言われたのだ。

『私は大丈夫。ストレッチしてくるから、百合草ちゃんと基礎打ちしといて』

 大丈夫とはどういうことだろう。

 クリアを打ちながら、おぼろげにそう思って観客席の方を見る。

 真希は腕を挙げて腹斜筋を伸ばしながら、シャトルの整理をしていた。


 基礎打ちが終わって帰ろうとしたとき、急に肩を掴まれる。

 はっとして振り向くと、一葉の黒い瞳があった。

「せや、忘れてたんやけど」

 一葉はそこで言葉を区切って、真っ直ぐ私を見つめる。いつになく真剣な目に吸い込まれる。

「個人戦の前に、団体の決勝があるやんなあ。2シンで待ってるで」

 一葉はそれだけ言って、返事も待たずに戻っていった。


  ◆


「「「三城ー! ファイオーファイオーファイオー!」」」

 円陣を組みコートへ向かう。

 団体の1回戦は宇津野高校が相手だ。自軍のオーダー用紙に目を通す。


D1 水口麗・久原光

D2 石川鏡花・百合草つばめ

S1 黒木彩

S2 久原光

S3 石川鏡花


 やはり何度見ても、真希の名前がない。

 先ほど、オーダー用紙の提出前のミーティングで、真希がオーダーを説明した。私はそのとき既に違和感を覚えたが、口には出さなかった。

 真希が、車座になった部員たちを眺め回しながら語ったことはこうだ。黒木に期待を込めてトップシンを任せたこと。黒木と久原、百合草は団体が初めてなのでみんなでサポートしてほしいということ。そして私、石川鏡花は3シンとして1年生の取りこぼしに備えてほしいという旨。

 そうした話はあったが、真希が出ない理由は説明されなかった。


「ファーストゲーム、ラブオールプレー」

 第1ダブルスが始まる。

 麗がネットすれすれの上手いショートサーブを放つと、相手が半端な高さのロブで返してくる。

 すかさず久原が跳び上がり、スマッシュを叩き込んで決めた。

 ――スマッシュ速くなったな。

 私だけが修行から帰還したような気分だったが、その間に久原たちも着実に伸びている。

 11点で折り返してからも、危なげのない展開が続く。この分だとすぐに2ダブが回ってきそうなので、コートサイドで軽くアップを始める。

 圧勝の流れでも、真希は全力で声を出して麗と久原を応援していた。

 その体育館の端まで届きそうな声を聞きながら、再び首を傾げる。トップシンを黒木に譲ったのはわかる。大会のだいぶ前からそれは言っていたから。しかし、ダブルスにも出ないというのは? いくら苦手なダブルスでも、真希なら百合草よりは強いはずだ。なぜダブルスにすら出ない? まさか、私と組むのが嫌だったから――?


  ◆


 私と百合草のダブルス、黒木のシングルスも快調にストレート勝ちを重ね、宇津野高校戦を3-0で終える。事前のリサーチ通り、宇津野はほぼ初心者チームだった。次の立進館高校も、楽勝と言わないまでもストレートで破った。


 外の日差しが黄色みがかってきた頃、トーナメント表に書き加えられた赤のマジックペンを目にして、武者震いする。隣のヤマから上がってきたのは、やはり東高校だった。

 これが準決勝。これさえ勝てば決勝へ。しかしこの壁がかなり分厚いと踏んでいるのは部員全員、共通の認識だった。ミーティングの空気も心なしか張り詰めている。

 まず口を開いたのは厚美だった。

「東高は1回戦も2回戦も達川・宮川の1ダブを崩してなかった。1シンの嵐もねっ」

 厚美が手元のメモ帳に目を落として偵察結果を述べると、真希はありがとうと告げて話を継いだ。

「東がオーダー崩してくる可能性はまだあるけど、それを想定してもしょうがなさそうだね。正面でぶつかれそうだし、こっちも正面で行こう。ただし」

 真希が私の顔に視線を移す。

「1シンは鏡花ちゃんにやってもらう。嵐を倒してほしいからね」

 嵐を討伐する。予め告げられていたことだが、全員を前に言われると口が渇く。唾を飲み込み、無言で頷いた。


  ◆


D1 水口麗・久原光

D2 黒木彩・百合草つばめ

S1 石川鏡花

S2 久原光

S3 黒木彩


 出来上がったオーダー用紙を、厚美とともに大会本部へ提出しに行く。

 オーダー用紙はニ人一組で提出するのが三城ウチの決まりになっている。何らかのミスで相手チームにオーダーが漏れたら致命的だからだ。例えば東高がこのオーダーを知ったら、達川宮川をバラして宮川をD2に、嵐をS3に当てるだけでほぼノーリスクで2本取れてしまうことになる。真希もいない中で、あとは達川がどこかで1本勝てばそれで東高の勝利だ。

 それを考えると、入交一葉が決勝はS2に出るとわざわざオーダーを漏洩したのは、よほど自信があるのか、よほど三城をナメているのか。一方で、決勝まで上がってくる前提ということは、買いかぶられているとも言えるのだろうか。

「くしゃくしゃにしないでよっ!?」

 厚美の声で、オーダー用紙を持つ手に力が入っていたことに気付く。

 真希の綺麗な字で書かれた、石川鏡花の名前。一葉に売られた喧嘩を買うためにも、このS1は勝たなければいけない。

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