まさかこんなことになるとは……。

「おはよう、レイナ。今日からよろしく頼む」

 

 日が変わって木曜日。教室に入ると、早速ミリアルドが声をかけて来た。

 わあ。ミーシャの眼圧が凄いことになってる。

 昨日も先輩たちから質問攻めにあったが、今日の心労はその日じゃないな。

 でも、危ない橋を渡らなければ欲しい結果は得られない。

 周囲の視線を受け流しながら、ミリアルドの近くまで行った。


「おはようございます、ミリアルド様。ミーシャ様も、おはようございます」

「…………何をしたかは問いませんが、こんなことで私の気が変わると思わないでくださいね」


 うわぁ。めっちゃ嫌われてるねえ。

 ゲームだとこんなに冷ややかな言葉は投げられなかったのに。

 どういう風に返そうか迷っていると、ミリアルドがむっとしながら言った。


「そんな言い方はないだろう? 挨拶されたのだから、素直に返せばいいではないか」

「ミリアルド様は、この女の本性を見ていないからそんなことが言えるのですよ。きっと、慰めたのも取り入るための嘘ですわ」


 するどいね。その通りだよ。

 私の言葉じゃなくて、ゲームの言葉を借りただけだからな。

 しかし、あの言葉に感銘を受けていたミリアルドは、烈火のごとく怒りだした。


「なにを言うか! いくらミーシャでも許さんぞ! レイナは俺が俺であると認めてくれて、周りの想いにもう少し寄り添えと言ってくれたんだ! それを、嘘だと!?」


 え、そこまで怒る?

 ほら、ミーシャも目を丸くしてビビってるよ。

 まさかこんなに怒られると思ってなかったんだろうな。

 私もだよ。

 ミーシャは珍しくオドオドしながら、暗闇で物をさぐるように言葉を選んでいた。


「私はそこに居合わせてはいないので、ミリアルド様がなにを言われたかは又聞きになります。確かに良いことをおっしゃっていたようですが、まるで初めから用意されていたような長ゼリフだったように思いますが……」


 すごいね。その通りだよ。ミーシャの前では嘘をつけないな。

 なんて思っていたら、ミリアルドは低い声で、全く関係ないところを指摘した。


「……また間者を使ったのか?」

「え?」


 急なことで、ミーシャもきちんと反応できていない。

 その返しが不服だったのか、ミリアルドはさらに切り込んでいった。

 

「また他のご令嬢の耳を使ったのかと聞いている」


 あ、そっか。ミリアルドが話していないなら、なんでミーシャが話の内容を知っているのかってなるもんな。

 ミリアルド的には気になることなんだろう。

 険しい顔をした彼に、ミーシャは弱腰になりながら声を絞り出した。


「わ、私はミリアルド様が心配だっただけです。弟ぎみのことをそんなに気に病んでいたのでしたら、私に相談していただければ――」

「話をそらすな。今は盗み聞きのような行為について聞いている」

「盗み聞きなんて! ミリアルド様に取り入ろうとする者に対して警戒することのなにがいけないのですか!?」


 しばしの沈黙。

 騒がしいはずの教室が、しんと静まり返る。

 先に静寂を破ったのは、ミリアルドだった。

 

「……もういい。分からないならしばらく口を聞きたくない」

「そんな! 許してください、ミリアルド様! 私にできることならなんでも致しますから、それだけは!」

「なんでもするならば、反省して欲しい。それまでは寄ってくるな」


 うへー。さすがにそれは冷たすぎるんじゃないですかミリアルドさんよぉ。

 自分を愛してくれる人にそんなこと言ったら、相手が冷めてもおかしくないよ。

 ってか、ミーシャと話せないならミリアルドに近づいた意味がない。

 ここは私が間を取り持つべきだろう。


「あの、私は気にしていませんから。ミーシャ様と仲良くしたいとお願いしましたのに、本人がいないのは……」

「そうだな、すまない。だが、こんな状態の彼女といては、レイナも苦しかろう。少し頭を冷やさせて、それからにすると良い」


 ミーシャはなにも言わずにこっちを見ている。

 その目に怒りはなく、ただ虚に私の姿が映るだけ。

 下手にキレてるよりこっちのが怖いんだが?

 なんて思っていると、ミリアルドが背を向けて歩き出した。

 おい、待て! このままミーシャを放置する気か!?


「ミリアルド様! ミーシャ様を置いていかれるのですか!?」

「俺がいると冷静になれないだろう。レイナも来い。ここにいると何をされるか分からんぞ」


 たしかにそうだけど……。

 でも、ミーシャをこのまま放置して良いのかな……。

 誰かが寄り添ってあげないとまずいと思うんだけど。


「……傷心している方を放っておくのは可哀想だと思います。誰かがそばにいてあげないと」

「一人で考えたいこともあるだろう。そっとしておいてやれ」

「でも……」

「いいから行くぞ」


 私の手を引いて、無理矢理教室の外に出るミリアルド。

 手を引かれている私も、当然外に出ることになる。

 あー、ミーシャと話せると思ったのにー。


 まさかこんなことになるとは……。

 ミーシャと仲良くなるためにミリアルドに近づいたのに、ミリアルドとの距離が近づいて、ミーシャとの距離がめっちゃ離れた。

 まじでこの先どうなるの?

 こんなの知らないんだけど。

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