悪役令嬢対策は家族会議で

雲丹屋

前編:方向性が想定外過ぎる

 公爵令息に異世界転生した。


 幼少期から記憶があったわけではなく、流行り病で高熱を出したのがキッカケで思い出したらしい。元の自分の記憶や知識もちゃんとあるが、自我はかなり日本にいた自分に置き換わったような気がする。鏡に映った西洋貴族な顔が今ひとつしっくりこない。


 なんとかベッドから起き上がれるようになったところで、父親である公爵から呼び出された。


「入れ」


 窓を背に、デカい執務机に肘をついて手を組んでいる公爵は、物凄く悪役顔だ。たしか宰相だか副宰相だかのはずだが、悪代官として成敗されるキャラ造形だ。アンタ、逆光でそのポーズは様式美が過ぎるぞ。


 公爵が人払いを命じて、使用人達が部屋を出ていく。

 うわぁ。嫌な雰囲気。

「逃げちゃダメだ」と心のなかでネタを唱えつつ、礼儀正しく部屋に入ると、椅子に座るように言われた。


 来客用の椅子には先客がいた。

 公爵夫人……ピンときていないがこの転生先の自分の母親だ。

 と言っても高位貴族の家庭なので、子育ては親がしないから、あまり面識がない。

 向こうも久しぶりに見る俺の顔が珍しいのか、まじまじと見ている。……やばいな。中身が別人になったとバレたら困る。


「もう具合はいいの?」

「あぁ……うん」


 公爵夫人は椅子に座る俺を見て、眉をひそめた。


「何かあったの?」

「……いや、別に」


 なんだろう。物凄く視線が痛い。親に都合の悪いことを聞かれる居心地の悪さって、異世界でも共通なのか。


、お母さん、怒らないから全部、話しなさい」

「はぁっ?!」


 転生者だとバレるとかいう程度の問題ではなかった。バレ方の方向性が想定外過ぎる。




「じゃぁ、どうしてこんなことになったのかの理由はあなたもわからないのね」


 神様とか精霊とか偉大な意志とか制作スタッフとか、その類には会っていないと話すと、母……前世の母親が転生した公爵夫人は、深々と大きなため息をついた。うん。これはうちの母だ。

 親の方も流行り病の熱が引いた時点で転生していることに気づいたらしい。この流行り病ヤバすぎだろう。


「うちではあんたが一番こういう感じのことには詳しそうだったから、あんたが原因だと思ってたのに」

「知らないよ。俺のせいにすんなよ」

「お父さんは、変な方向にはりきってるし」

「は?」


 俺は公爵の方をガン見した。

 え?親父もなの?


「架空戦記か歴史改変やる気満々らしいの。あんたからも止めてやってちょうだい。孔明がいないから孔明の罠が使えるとか、国の宰相がする話じゃないでしょ」

「止せよ。親父がハマってたのはコーエーの罠だろ。シミュレーションゲーム感覚で国政すんなよ」

「マサヒロ。まずはかわいいメイドを雇おう」


 そういう母さんの前で同意しにくい話をふるな。制服については落ち着いてから相談させろ。




 膝を突き合わせて話をした結果、どうやら家族旅行中に自動車事故にあったのが、あっちの世界での最期らしい。


「家のこととかお葬式とかちゃんとやってもらえるかしら」

「清水のおじさんがなんとかしてくれるんじゃないか」

「あー、あんな片付いていない家の中、はっずかしい」

「それより、清水のおじさん、通帳とか保険とかわかるかな」

「戻るわけにいかないんだから悩んでも仕方がないだろ」


 会話が現実家庭的過ぎて、異世界感がない。


「待って。話してたら思い出してきたんだけど、大阪旅行の時ということは車におばあちゃん乗ってたわよね」

「あっ!能勢口のおばあちゃん。いたいた」


 おばあちゃんも転生していたらきっと大変だろう。


「このパターンだと順当にいったら私のこっちでの母になっているはずよね?」

「お前のこっちの世界での母親といったら、隣の国の王太后じゃないか。マズすぎるぞ」

「とにかくまずは電話……じゃなくて手紙を出しましょう。地味に不便ね。ローテク社会」

「幸いあっちの国は伝染病の被害はうちの国よりマシらしいから、お義母さんは記憶が戻っていないかもしれないぞ」

「何言ってるの!年寄なんて何がきっかけで熱を出すかわからないんだから」


 両親が対応を相談している間、俺は事故前の記憶を必死に手繰っていた。

 おばあちゃんだけじゃない。

 ……もう一人乗っていた。


「ねぇ……ヒッチハイクの子いたよね?」

「ああっ!」

「どうしましょう!他所様の大事な娘さんを」

「トラック相手のもらい事故だから、どうしようもないだろう」

「親御さんに顔向けできない」

「……死んでるし」


 親子揃って深々とため息をついた。一家揃ってトラック転生とか笑えない。


「だとすると、その子も転生してる可能性が高いよな」


 そうだ。あのヒッチハイクの彼女もこっちにいるかも。

 かなり可愛かった。

 正直、めっちゃタイプだった。

 道の駅で声かけられて、二つ返事で乗せた。

 世界をまたいで再会なんてしたら運命的な出会いと言えるんじゃないだろうか。


「そうね。じゃぁ、うちの娘がそうなんじゃないの?」

「あ……」


 俺はこっちの自分には妹がいたことを思い出した。

 妹も流行り病で熱を出して、症状が一番重くて未だに回復していないらしい。

 え?運命の彼女が実の妹?

 そういうジャンルですか?




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