アドベントカレンダーに言葉を添えて

うめおかか

アドベントカレンダーに言葉を添えて

 近所の雑貨屋で購入したアドベントカレンダーを、沙紀は出勤前の朝に開ける。そこには小さな菓子が入っていて、今日はクリスマスツリーの形をしたチョコレートだった。銀色の紙に包まれていて、一口で食べることができてしまうほど小さい。

 その様子を、背広姿に身を包んだ夫である省吾は、微笑ましく沙紀の様子を眺めている。

「もう二十五日なんだね」

「平日だけど」

 そう、今年のクリスマスは平日だった。だから仕事もあるし、年末なのでより忙しいので、クリスマス当日の準備などする気力がなかった。一応、日曜日にクリスマスマーケットに足を運んだけれど、やはりクリスマス当日にチキンやケーキを食べたい。

「なるべく早く帰ってくるよ」

「私もその予定……また閉じるの?」

「うん」

 まだ朝食の用意されていない食卓のテーブルの隅にあるアドベンドカレンダー、紙製の箱で作られたもので、一度日付の箇所を開ければ元には戻せない。蓋を閉じることはできても、開けた痕跡はしっかりと残ってしまう。

「元に戻したほうが、箱の絵柄が綺麗に見えるからね」

「まめだね」

 苦笑する沙紀に対して、省吾は全く気にも止めていなかった。一度開けて中身を取り出して、毎日交代で菓子を食べていた十二月。どちらかというと沙紀は季節のイベントごとにそこまで積極的ではなかった。だからアドベントカレンダーを購入する、という考えにも至らなかったし、むしろどうやって無事正月を迎えるかが、年末最大の目標になっている。

 毎日、楽しそうにアドベントカレンダーを開ける省吾がいたからこそ、クリスマス当日の二十五日まで続けられたのかもしれない。

「楽しいからね、あ、帰りに僕が予約したケーキとチキンを取りに行くよ」

「じゃあ私は他に適当に買ってくるけど、いいかな?」

「もちろん。沙紀ちゃんが選ぶご飯は、間違えなく美味しいからね」

「そ」

 食に対する信頼感の高い沙紀は、照れながら急いで台所へと向かった。

 クリスマスだからといって、朝食の準備や弁当の用意は普段と変わらず巡ってくるのだから。



「……久々だなあ、定時上がり」

 誰かに聞こえない程度に、ポツリと呟いた省吾は、携帯電話の液晶に映る時間を確認する。残業を回避するために、とにかく仕事を急いで終わらせてきた。けれどあまりにも早いと、別の仕事をふられてしまう。その調整に苦労した結果、沙紀よりも早く帰ることに成功した。

近所にある商店街を歩きながら、手早く予約したクリスマス料理を受け取っていく。ちょっと良い酒はすでに購入済みなので、日持ちのしない料理を買い揃えることにしていた。どうしても平日にクリスマスの料理を作る時間が取れないし、何より仕事で疲れた体で作るのは正直辛い。同棲していた頃は料理を作ったりもしていたが、年々購入することも増えた。二人だけなので料理の材料を揃えるよりも、購入するほうが安くなる場合もある。

 そんな経緯を経て、今年のクリスマスは料理を予約したので、簡単なサプライズはできるはずだ。

 せっかくのクリスマスなので、省吾としては何かをしたかった。けれど年末はどうしても忙しい、沙紀も同様なので無理はできない。

 だからできる範囲で準備はしてきた、少しでも驚いてもらえますようにと願いながら、省吾は最後の仕上げをするために家路を急ぐのだった。



 普段よりも多い夕食を終えて、コーヒーを飲みながらケーキを味わう。シンプルなチーズケーキで、メリークリスマスが英語で書かれた金色のピックが刺さったものだった。柔らかめなベイクドチーズケーキは、口の中で溶けていく感覚が味わえる。焼いてあるのに柔らかなケーキを気に入っているので、クリスマスシーズンではなくても食べに行くことがいい。安定の美味しさだ。

 それからプレゼント交換を終えて、そろそろ風呂に入って寝ようとして沙紀が立ち上がったその時だった。

「これもプレゼント」

「空箱でしょう?」

 椅子から立ち上がろうとした瞬間、省吾に呼び止められて渡されたのは、空っぽになったアドベントカレンダーの箱だった。中身の入っていない箱は軽くて、何か入っている感じはしない。

「どうすればいいの?」

 ソファーに座り直すと、すかさず省吾がすでに空いた「1」が書かれた蓋を開く。すると小さな紙が放り込まれていて、それを指先で取り出す。

「はい、どうぞ」

「紙だよね、ってこれ」

 書かれていたのは「いつもありがとう」という言葉だった。どうしてわざわざ書いて入れたのか、と沙紀の視線が省吾に訴えかける。

「空いた場所が寂しそうだから、沙紀に日頃のお礼を書いてみたんだ。あとその日に起きた嬉しいこととか」

「わざわざ?」

「うん」

 また手の込んだことをする、と呆れたものの、目を輝かせる省吾に負けて、一つずつ蓋を開いていく。

 今日もご飯美味しかったありがとうとか、遅く返ってきてくれた僕を迎えてくれてありがとうとか、他愛のない日常の感謝が書かれている。普段から交わす言葉なのに、こうして改めて紙で書かれているのを見るとどうしても照れてしまう。

「改めて文字でお礼をいうと、なんだか恥ずかしかったけど、僕は沙紀が好きなんだなって再確認できたんだ」

「……そっか」

 顔を真っ赤にして好きと言われて、それを受け止める方も顔が熱い。

「なんか恥ずかしいことになったね」

「そういうことしたんでしょう?」

 最後の一枚を取り出しながら、沙紀はさらに顔を赤くしてしまう。

 シンプルに書かれた言葉は「愛している」、普段声にすることはないのに、こうして文字で書かれて渡されると、恥ずかしいとしか思えなかった。

「クリスマスなら許されると思って」

「そう」

 確かにクリスマスに告白する人はいるから、愛を囁くようなイベントは多いだろう。

「いつもありがとう、沙紀」

「こらちこそありがとう」

 頬に優しく口づけながら、二人は顔を見合わせながら微笑むのだった。


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