天女が棄てた羽衣㉒

 唐突に終わりを告げたツネさんの独白に、ママは若干蹌踉よろけた。

「お、終わり?最後の部分、ものすごく気になるんだけど」

 最後には、ゆず葉はもみじさえも敵対視して本当の孤軍になってしまった────その言葉が意味するところは何なのか。

「い、色々あんだよ。これは話がややこしくなるから…」

「事件の前日、ゆず葉さんはもみじさんの衣装に針を仕込んでいたんです」

 私たちが驚いて振り向くと、知らぬ間に仕事を一段落させていたみるくが二階席に上がって来ていた。

「ダメですよツネさん。隠さず全てお話しなきゃ」

 みるくは状況にそぐわぬ朗らかさで言った。

 彼女はもしかしたら、自分の知っている事実を吹聴することに愉悦を覚えるタイプなのかもしれない。

「お前、いつからいたんだ」

「やだな、今来たばっかりですよぉ。話の内容は、大体わかっちゃいましたけど」

 みるくは左手でコーヒーを常男に差し出した。

「そろそろカフェイン切れかなと思って。いらないんですかー?」

 渋々コーヒーを受け取ったものの、何でもいいから反駁したい様子のツネさんは、私たち二人を指差して毒づいた。

「バカ、俺一人の分だけ持って来てもしょうがねぇだろ。客人に」

「ですからご用意してますって。ナツコさん、瑠奈さんも、どうぞ」

 みるくが右手に持っていた盆にはしっかり二つのマグカップが湯気を立てていた。

 私たちは礼を言うと、それぞれカップを取った。

「ね、わたくし、気が回るでしょう」

 みるくに微笑まれたツネさんは、ぐうの音も出せずに引き下がった。

「お砂糖とミルク、いります?」

「い、いえ、お気遣いなく」

 私が遠慮すると、みるくはそのまま盆を台の上に置いた。

「ツネさんも、いつもブラックで飲むんですよ。『ミルクはいらない』んですって。そしてわたくしのことも。ねっ?」

 みるくはいたずらっぽくツネさんの前に上体をかしげた。ツネさんはバカ、と鼻で一蹴する。やっかみ合ってはいても、従業員同士の仲の良好さが見て取れた。

「お前には今後も、機材に指一本触れさせるつもりはないからな」

「もー、ほんとに頑固ですよねぇ」

 蚊帳の外に出された私たちに気付いたみるくが、苦笑しながら補足を加えた。

「わたくし、劇場をお手伝いするからには、ツネさんがやっているような音響照明の作業もしてみたいんです。女性ならではの感性の方が、アーティスティックに踊り子さんを引き立てることができると思うし」

「ああ、そうなんですか」

 確かにそれは、一理ある試みかもしれない。

「なのにツネさん、いまだにボタン一ついじらせてくれないんですよ」

「一日や二日で板に付く仕事じゃねぇんだ。百年早いよ」

「だーかーらぁ、それこそ早めに後継者を育てないとダメじゃないですかぁ。ツネさんだって、いつポックリかわかんないんだし。まぁ、わたくしは踊り子になる予定ですけど」

「だったら尚更ダメだ!継ぐ気もないのに、面白半分の腰掛けでやられちゃ困る」

「でも、最近一人で全部こなすのキツいんでしょう?よくボヤいてるじゃないですかぁ」

「お取り込み中ごめんあそばせ」

 ママが申し訳なさそうに割って入った。

(先刻聞き取りをしくじりかけた私でも、さすがにこのやりとりから得られる情報はないと判断できた)

 楽しげな口論でじゃれていた二人は、我に返ったようにママを見る。

「その、若い踊り子が年増の踊り子になんかしたって話」

「ゆず葉さんともみじさんですよぉ!」

 みるくが手を叩いて笑った。

「ですから、ゆず葉さん、もみじさんの衣装に針を仕込んだんです。畳針みたいな太くて長いやつ」

「どうしてそんなことしたの?ていうかどうしてアナタがそれ知ってるのかしら?」

「母と同期の踊り子さんが、その公演に乗っていた踊り子さんと親しかったので、昔話として又聞きしたことがあるんです。ツネさんほど詳しくはないですけどね。

 だけど肝心のツネさんがこんな調子で煮え切らないなら、わたくしが代わりにお話ししますよ。よろしいですね?」

 みるくが念押しすると、ツネさんは諦めたように黙って俯いた。一度語り出したみるくを止めることは不可能らしい。

「それはもう、衝撃の出来事だったみたいで。まず、ゆず葉さんって、本来はとっても真面目でショーにもストイックで、それでいてちょっと融通が効かないというか、動きが鈍いところがあったんですって。加えて気弱。

 そういった諸々が積み重なって、先輩お姐さんたちの苛立ちの対象になっていたそうです。

 明らかに度を越した注意や叱責に対し、なんとか健気に我慢していた彼女も、ついに限界が来て、そんなことをしてしまったのかな」

 みるくは目を伏せたが、それでも口は回り続けていた。

「楽前日、もみじさんはショーの途中で、盆の中央に来ると全身崩れるようにうつ伏せに倒れ込むという演出を行いました。『天女の復活』みたいなテーマで、前置きとして元々そういうシーンがあったんです。ところがその瞬間、けたたましい悲鳴が上がったようで。楽屋の方まで聞こえてきたそうです。

 もみじさんが衣装を剥ぎ取るように脱ぐと、なんと左乳房に極太針がズブリ!と刺さっていたんですって」

 光景を想像して、私はゾッとした。痛みと恐怖がまるで我が身に伝わってくるようだった。

「運良く心臓には達してなかったみたいで、命に別状はなかったのですが──もともと彼女がとても豊満な巨乳だったことも幸いしたとか──、その姿を見た観客たちは一拍間を置くと、大爆笑したようなんですよ。そんなに滑稽な出立ちだったんでしょうかね、理解に苦しみますけど。

 針が刺さった痛みと観客からの嘲笑。二重の苦しみと恥に耐えながら、もみじさんは楽屋袖に引っ込んでしまったみたいです。

 それで後々、針を仕込んだのがゆず葉さんだったと判明して…」

「どうしてわかったの?」

「本人の自白だそうですよ。彼女へのいじめはピークに達していたから、もはや誰も信じられなくなっていたのかなと」

 ママは到底納得できない様子で問い返した。

「でも、年増──もみじさんだっけ?──は加担していなかったわけでしょう」

「人っていじめられると、疑心暗鬼になって助けてくれる人さえ信用できなくなることがあるんですよ。果てにいじめてくる本人たちではなく、救いの手を差し伸べてくる相手にこそ憎悪を抱くようになる。わたくしも…学校でそういう目に遭っていたからわかるんです」

 みるくの口調は常に一本調子だったが、早々に察したママは即座にフォローを入れた。

「ごめんなさいね。辛いことを思い出させていたら。アタイも…そういった経験はあるから知ってるわ」

 ママは物憂げな笑みを浮かべた。ママの過去の人生経験は全くと言っていいほど聞いたことがなかったが、この人も筆舌に尽くし難いような辛酸を舐めてきたのかもしれない。

「それが本心からの優しさだったとしても、偏った見方しかできなくなるのよね。『この偽善者が』とか。今となっては、申し訳ない話だけど。だからアナタの経験もゆず葉の心境も、そういうことであれば理解できるわ」

「ふふ。わたくしたちは、"はじき者"同士ですからね」

 みるくは何も気にしていないふうで爽やかに続けた。みるくのあっけらかんとした佇まいは、きっと強さの証なのだ。

「そうね。アナタは踊り子の娘。アタイはオカマ。人って枠からはみ出した珍しい存在に触れると、つい怖くなって攻撃しちゃうものなのかもね」

「わたくしの場合、本名も妙ちきりんですから」

「ふぅん…?それで、自白したゆず葉はその後どうなったの?」

 ママはあえてみるくの本名には触れず、噂の概要を促した。

「お察しの通り、壮絶だったようですよ。雨や槍のように先輩のお姐さん方からの叱責や暴力がエスカレートして、楽屋からいよいよ彼女の居場所が剥奪されたとか。

 いじめに反撃するのって、場合によっては窮鼠の猫噛みというか、相手をひるませるのに一役買うこともありますけど、やっぱり現実は、より袋叩きに遭う方が多いですから。

 加えて、唯一頼りにしていたもみじさんを一時の血迷いとはいえ傷つけて、裏切った形なわけでしょう?

 自分自身への失望。それが自殺への決定打だったと、わたくし思うのですけど」

「そこから、ゆず葉は、祟り神みたいな怨霊になったと?」

 私の推測にみるくは曖昧に頷いた。

「確証はないので、断言はできませんが。翌週以降、彼女をいじめていた踊り子たちは、次々に謎の自死を遂げていったそうです。それも、彼女と同じく、。あまりに立て続けだったから、偶然として片付けるには妙ですけどね」

 みるくはそこで、ツネさんと意味ありげに目配せをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る