天女が棄てた羽衣⑬

 ここのところ、ネオアートのみんなの様子がおかしい。いつも以上に気が立っているのか、殺伐とした刺々しい雰囲気を感じる。これだけ毎日いろいろなことがあれば、無理もないことかもしれないけど。

 今朝も、タバコの火を押し当てられた。「灰皿がないんだけど。気が利かないわね」などと言われ、わたしが慌てて自分の灰皿を運んでこようとすると、左手首を掴まれた。そして「灰皿はここにあるでしょう?」と笑って……こんなこと、しょっちゅうだ。

 手のひらでよかった。お客様からよく見える他の部分だったら、ステージにも支障を来していたことだろう。火傷の跡はとりわけ治りづらいと聞くし。そんなみっともないことになったら、とても踊り子を続けていかれない。肌に傷が残るような仕打ちだけは、本当にやめてほしい。

 こういった行いを受けるたび、わたしの中に累積された過去の見たくないものが次々顔を出す。

 布団を水浸しにされたこともあった。小道具を粉々に砕かれたこともある。靴に砂利を入れられたり、衣装を裏返されたり破られることもしばしば。時間があれば、自分で縫って直せるけれど。

 それでも、あのお姐さんだけは違った。標的になりやすいわたしがどれだけ傷を受けても、唯一お姐さんはそのようなことをしない。

 そういう卑劣なことはやめて、どうして仲良くできないのか、外にだけはいい顔をする他の意地悪な踊り子たちに、懇々と訴えてくれた。

 どうかわたしをかばわないで、そう願ったこともある。他の姐さんたちだって、元々そんな人たちではなかったのだと思う。忙しくて鬱憤が溜まり、つい感情が乱れてしまうだけだ。そこで、きっとわたしが鈍臭いから苛々してしまうのだ。

 もちろん、数えきれないぐらいのことをされて、嫌な思いはたくさんした。わたしが袋叩きにされていい所以なんて、微塵も感じたことはない。け口になる筋合いはない。

 けれど、姐さん方は姐さん方で、きっと抱えている辛さがあり大変なのだ。それを思うと、一概に被害を訴えて告発したりやり返したりする気などとても起きない。そんなことをしたらどうなるか、考えただけでも恐ろしすぎるし。"秘密"が誰かに知れることに比べたら…と、こらえるしかない。


 あのお姐さんと舞台に乗るのが一緒の週は、いつも安心する。わたしを守ってくれる人。無論、お姐さんの目の届かない所や陰では相変わらず色々とやられるから、守りきってくれているわけではないけれど、それでもわたしの心を一本の糸で繋ぎ止めてくれているような頼もしさを感じる。

 きれいで、妖艶に舞い、圧巻の演出で喝采を浴びるお姐さん。わたしもいずれ、そんな先輩になりたいし、そうありたい。

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