第1話 始まり

 俺の名前は秋山 宗太郎あきやま しゅうたろう

 訳あって不登校児で、今はカーテンを閉め切った薄暗い汚部屋でPCゲームをしている。

 髪はボサボサ、灰色のスウェットを着ているこんなダメ人間である俺だが、小学生の頃は『神童』と呼ばれていた。

 成績優秀・スポーツ万能で容姿もイケメンの部類に入るため、当時の俺はよく言えば明るくて、悪く言えば傲慢な性格だった。


 しかし、俺のプライドは中学受験の失敗という最大級の挫折によってへし折られた。


「まさか、この俺が――!」


 当時はそんなことも思ってたっけな。

 そして二歳年下の妹が俺が本来行くはずだった中高一貫校に合格し、両親もいつしか妹に期待をかけるようになり、俺のことはどうでもいいみたいに放任し始めた。

 だから俺が家から近いだけの治安が悪い公立中学校に行っても、家から近いだけの偏差値五十の共学高に行っても何も言ってこないのだ。


 ……インターホンの音が聞こえる。

 俺はPCゲームを中断し、階段を下りて玄関の鍵を開けてドアを開けた。

 父はサラリーマン、母はパートのバイト、妹は当然学校にいるため、仕方なく俺が出ることになった。

 夕暮れなのか、色々なものがオレンジ色の光に照らされている。


「あの、秋山 宗太郎さんですよね?」


 ……ハッ!

 そうだ、意識を目の前に戻さなくては。

 透き通るような美声で俺のフルネームを呼んだ女は、俺が通っている四季坂高等学校しきさかこうとうがっこうの制服をきっちりと着ており、ストレートロングヘアの美少女だった。

 しかも服の上からでも分かるぐらい胸が大きい。

 見た目から類推すると俺と同い年ぐらいか?


「……で、お前何しに来たの」

「あの、すみません。それは家に入れてもらってから説明しますので」

「……はぁ、分かったよ」


 俺は仕方なく女を家に入れた。

 色々あって俺と彼女はリビングのちゃぶ台に対面して座っている。

 女は自分の鞄から大量のプリントを取り出し、それをちゃぶ台の上に乗っけた。


「……大方、俺のってところか?」

「そうです」


 俺は大量のプリントをそのまま放置した。

 わずかな良心が『人を待たせた状態(?)で部屋を出るのはダメだろ』と警告してきたからだ。


「それで、本題は?」

「……あなたに学校に来てほしいんです」

「……は?」


 いきなり何を言い出すかと思えば、まさかの俺の根幹を揺るがすような発言をしてきやがった。

 女の面持ちは真剣だ。ジョークの類では無いのは分かった。


「私はあなたを救いたいんです。あなたは私のクラスの唯一の不登校児なので……」

「……つまりお前のエゴって事か」

「はい、認めたくないですけどそういうことですね」

「……まずさ、お前名前は?」

「……あっ! な、名乗るのを忘れてました……。私の名前は夏宮 なつみや りんです……」

「夏宮、か。さっきの発言を鑑みるに俺と同じクラスの人間か?」

「はい。私は一年四組の学級委員長です」

「ほぉう。どうりで――」


 どうりで、不登校児の更生なんて考えるわけだ。

 だが俺の答えは決まっている。


「俺は学校には行かない。お前の偽善とエゴには付き合ってられない」

「……やはりそういうと思ってました。ならば――」


 真剣な声色になった夏宮は立ち上がり、俺の目の前まで来て――。


「えっ!?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 なんと夏宮は、俺の右手を自分の胸に持って行ったのだ。

 ……柔らかい。

 つい、俺の手が動いて夏宮の胸を一揉みしてしまったが、彼女は微動だにしない。


「……胸を揉んだのに、何も言わないんだな」

「言いません。私の胸ならいくらでも揉ませてあげます。なので明日から学校に来てください」


 これでこいつの覚悟が生半可なものじゃないことは確認できた。

 ……これが普通の女ならば、感じたりしたり、そもそも胸を揉ませないのが大半だろう。

 面白い――そう思ってしまった。


「なぁ、俺が元気を無くしたりしてまた不登校になりたいってなった時、支えてくれるって約束してくれるか?」

「……約束します。私のクラスから不登校児を出したくないので」

「……救いたいとか何とか言っておきながら、それが本音か。でも思ったより汚い女で安心したよ」

「普通、人間の汚点を見たら幻滅するものなんですけどね。あなたは変な人間ですね」

「ははは。とりあえず、今日はもう帰ってくれないか?」

「……帰る前にメールアドレスを交換しませんか。じゃなきゃあなたを支えられません」

「上手い言い訳を考えたな。分かったよ」


 こうして俺と夏宮はメールアドレスを交換し合い、夏宮はそのまま帰っていった。

 ――明日、学校行ってみるか。

 あ、決して夏宮の胸を揉めたからじゃないぞ。

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