俺(パパ)+俺の幼馴染(ママ)+俺の妹(娘)=家族

リアルソロプレイヤー

第1話 ラブレター事変(娘)

 いつもの放課後。

 いつもの通学路。

 俺――夏陽ハルは幼馴染――秋月フユと一緒に下校をしていた。

 一緒に河川敷を歩くフユは一言で言えば美少女だ。

 金色の長い髪に青い瞳。小柄ながらもスタイルは抜群だ。

 幼馴染の俺でさえ時折見惚れてしまう程である。

 そんな彼女と下校していると、背後から声が聞こえた。


「パパ‼ ママ‼」


 それは幼い子供の声。

 恐らくは小学生の声。

 それも俺とフユにはよく聞き慣れた声である。


「なんだ。季節、お前も今帰り――」


 俺は振り向きながら声を掛けた。

 すると俺の、フユよりも小さな――一二〇センチの体に激しい衝撃が走る。

 気づいた時、俺は背中から地面に倒れ込んでいた。

 そして俺の体の上には、赤いランドセルを背負った長い黒髪の女の子が乗っている。


「会いたかったです、パパ‼」

「……だからパパはやめろ」


 俺に飛びついてきた女の子。

 彼女の名前は夏陽季節。俺の妹である。

 断じて俺とフユの娘などではない。


「ハル君、大丈夫?」

「これが大丈夫に見えるのか? 滅茶苦茶背中が痛い」


 俺の顔を覗き込んでくるフユ。

 その表情には若干の驚きが見えた。

 まあフユからすれば突然だったし。


「とりあえず降りろ、季節。重くて死ぬ」

「大丈夫ですか、パパ‼ 死なないでください」

「うん……だからね。そろそろ降りようか。マジで限界だから」


 俺は丁寧に季節を説得して、何とか俺の体から降りさせることに成功した。

 それからはフユに引っ張ってもらい、なんとか体を起こすことに成功した。


「それでどうしたんだよ? お前がお転婆なのは知ってるけど、季節らしくないぞ」


 俺が知っている夏陽季節という妹は確かに元気少女だ。

 それでも誰かを押し倒したりなんてしない。

 あくまでもいつもは礼儀正しい少女である。

 その彼女が俺を押し倒すなどほとんどない。

 ……さて、なんでこんなことをしたのやら。


「パパに質問です。恋ってなんでしょうか?」

「…………え?」


 俺は困惑した。

 だってまだ小学二年生の妹がだよ。

 恋について尋ねて来ているのだから。

 少なくても俺はそういう話題が苦手だ。


「そういうことはフユに聞きなさい」


 だからこそ全てをフユに丸投げした。

 ウチの学校で最も告白をされたり、ラブレターをもらっているフユなら、ちゃんとした解答を期待できると思った。だがしかし、どうやら俺は人選を誤ったらしい。フユは一度だけ俺の方へ冷たい視線を向けると、珍しく季節に対して明らかな作り笑いを浮かべて答えた。


「ノーコメント」


 これが漫画なら、フユの額には怒りマークが浮かんでいたと思う。

 それぐらい彼女は笑顔でも怒りのオーラを纏っていた。

 流石の季節もそれ以上尋ねることはなく、視線をまた俺の方へ戻す。


「パパ……」


 いやいや。俺に答えを強制するなよ。

 まあもう俺が答えるしかないけどさ。


「恋っていうのはアレだ。好きの上位互換みたいなやつだ」

「季節、パパとママのこと大好きだよ。……これって恋?」

「それは家族愛! 恋とはまた別モンだ」

「なら恋って何ですか?」

「……俺にもよくわからん」


 妹からの問いに無回答は我ながら酷いと思う。

 だけど仕方がないじゃないか。

 俺だって嘘を教えたくはない。

 特にそれが身近な誰かなら尚更だ。


「それにしてもなんで急に恋なんだよ?」

「それがその……今日、らぶれたー? というものをもらいました」

「よし。お前にラブレターを渡したクソガキの住所を今すぐ教えろ」


 俺は鞄を放り投げて、指をコキコキと鳴らしてみせた。

 それを見ていたフユが軽く俺の頭を叩き、特攻をかまそうとしていた俺を止める。


「痛いぞ、フユ」

「大人げない真似は辞めなさいよ」

「高校生は立派な子供だ。だから断じて小学生同士の交際なんて認めない」

「ハル君がシスコンなことは知ってるけど、流石に季節ちゃんの恋愛事情に口出し――」

「誰がシスコンだ。俺は兄として季節をまだ嫁にはやれんと言っているだけだ」

「そういうことは普通、お父さんが言うものよ」

「しょうがないだろ。ウチには親父なんていないんだから。俺が季節を邪な男共から護る」

「ふ~ん。季節ちゃんは助けるんだ」

「なんだよ、その言い方は?」

「別に~」


 先ほどから明らかにフユの機嫌が悪そうだった。

 でも俺は一切気にすることなく、季節のラブレター事件に意識を集中させる。


「それで季節。大前提として聞くけど、お前はその男の子のことが好きなのか?」

「好きだよ。学校の皆が大好き‼ もちろん、パパとママのことも大好きだよ‼」

「なるほど。つまり俺は学校にいる男を全て排除すればいいと……」

「ハル君はどうしてそう極端なのよ‼ 今のは言葉の綾じゃない‼」


 また頭を殴られた。それもさっきよりも明らかに強い力で。

 フユは運動音痴なくせにパワーは強い。昔から殴られている俺の脳が若干心配だ。


「それよりハル君。この様子だとたぶん季節ちゃん、恋として好きな子はまだいないわよ」

「なんでお前にわかるんだよ?」

「……ハル君には絶対に教えない」

「はい?」


 フユはそれだけ言うと季節の目の前まで赴き、屈んで目線を季節と合わせた。

 それから季節の目を真っ直ぐに見つめて伝える。


「季節ちゃんには特別な好きってわかる?」

「特別な好きですか? 季節、皆好きだよ」

「うん。季節ちゃんは優しい子だものね。でも好きにも運動会みたいに順位があるの」

「どうしてですか? どうして皆同じぐらい好きじゃダメなんですか?」

「じゃあ季節ちゃんは学校の皆と、私やハル君ならどっちの方が好き?」

「……わかりません。どっちも選べません」

「ならずっと会えなくなったら、どっちの方が悲しくなっちゃうかな?」

「お前、流石に小学生にする質問じゃ――」

「ハル君は黙ってて」


 フユの青い瞳が俺を睨む。

 明らかに口出しをするな。

 そういう強い思いが溢れている。

 それにしてもまだ小学生の季節には難しいだろ。

 高校生の俺ですら、イマイチ恋が理解できていない。

 好きの種類の一つではあると思うが、そもそも好きには種類が多すぎる。

 果たして俺が他者に抱いている『好き』は、本当に俺が思っている通りの好きなのか。

 友愛。恋愛。博愛。慈愛。家族愛。その他にも数多くの好きという種類がある。


 俺はフユのことも季節のことも好きだ。

 俺としてはそれを家族愛として捉えている。

 でも果たしてそれは本当に家族愛なのか?

 言われてみれば、俺にもよくわからない。

 だけどフユはまだ博愛主義者な季節に、好きに序列があることを教えようとしている。


「……季節、嫌だよ」


 しばらくして季節の顔から何かが地面に落ちる。

 それは雨でもないのにコンクリートの地面を濡らして。

 今もボロボロと季節の顔を伝い流れ落ちている。


「季節、パパとママと離れたくないよ~」


 季節は泣いていた。滅多に泣いたりしない強い子のはずなのに。

 俺やフユと二度と会えないことを想像して、ボロボロと泣いていた。

 それを見てフユはどこか優し気な笑みを浮かべる。

 これは紛れもない愛情による笑みだ。

 フユは俺と違い、季節に『ママ』と呼ばれるのを喜んでいる。

 そんなフユが季節に「離れたくない」と言われて喜ばないはずがない。

 フユは優しく季節の涙を指で拭いながら伝える。


「ごめんね、季節ちゃん。意地悪な質問だったよね。でも私はいなくなったりしないから」

「……本当?」

「うん。私も大切な人が突然いなくなる悲しみは知ってるから」


 秋月フユは過去に実の両親に捨てられているらしい。

 原因は皆が魅力的と捉えている金色の髪と青い瞳だ。

 フユを初めて見た人間は大半が勘違いするが、彼女は歴とした日本人である。

 確かに古い先祖に海外の血が一滴だけ紛れているが、それも数百分の一に過ぎない。

 そんなのただの誤差だ。切り捨てても問題ない数字だ。

 しかし知らなければ、誰だって疑ってしまう。

 父親が別の人物なのではないかと。

 そしてそれが、秋月家が崩壊した理由だ。

 その小さな疑いから両親から互いのパートナーへの愛情が失われた。

 両親たちの互いへの愛情が失われ、今度はフユへの愛情が失われた。


 フユの両親が姿を消したのは同時だったらしい。

 同時にフユが五歳のゴールデンウィークに姿を消した。

 幼いフユを遊園地に一人置き去りにしたうえで。

 これらは全て、フユの叔母から聞いた話だ。

 だから全てが本当かどうかは俺にもわからない。

 でも一つだけわかっている事実がある。

 それはフユが両親に捨てられたという点だ。


「だから私は季節ちゃんの前から絶対に消えたりしないよ」


 季節の震える手を握ってフユが伝える。

 その目は真っ直ぐに季節を見つめていた。

 すると季節は顔を俺へと向けてくる。

 そしてどこか不安そうに尋ねてきた。


「パパもいなくならない?」

「安心しろ。俺にはここ以外行き場なんてないからな」

「素直じゃないわね。季節ちゃんのことが心配で離れられないだけなのに」

「うるさい。実際問題、兄妹なんだから簡単に離れられるわけがないだろうが」

「二人とも季節とずっと一緒?」

「そうだな。お前が俺やフユ以上に大切な人間ができるまではな」

「その前にハル君は妹離れしないとよね」

「それぐらい簡単にできるわ。まだ小さいから過保護なだけだ」


 俺はフユと季節に近づくと、そっと季節の頭を撫でる。

 俺と今の季節の身長は同じぐらい。

 傍から見れば、同級生が隣から泣いている子の頭を撫でているようにしか見えないだろう。だけど俺達にとっては特別な行為でしかない。


「それに俺はお前の父親代わりでもあるからな。それはお前が俺を嫌おうが変わらねぇよ」

「季節、パパのことを嫌いになんて――」

「その言葉にどれだけの父親が騙されて来たことか。……いや、俺は父親じゃないけどさ」


 ウチには最初から親がいない。

 育て親ならいるが、俺もそいつを親とは認めていない。

 そもそもウチに親がいないのは俺が原因である。

 俺が両親を捨てたうえで裏切ったからだ。

 でもそれは季節には何の関係もないこと。

 だから季節から親を奪った俺には、こいつの親代わりをする責任がある。

 ただそれだけの話でしかない。


「だとしたらハル君は、子連れOKな人をお嫁さんにするしかないわね」

「それなんだよな。季節はいい子だけど、今時高校生で子連れとか脈ナシだよな」


 突然のフユの言葉に俺も、フユの方へ顔を向けて思わず同意する。

 俺にだって人並の恋愛願望はある。

 だから学校での恋愛話には敏感だ。


「どうして? パパのお嫁さんはママなのに?」

「…………」

「…………」


 季節の指摘に俺もフユも思わず口を閉ざす。

 別にそういうことを考えたことがないわけじゃない。

 俺もフユのことは好きだ。でもそれは本当に家族愛でしかない。

 恋人とか以前に既に内側に入ってしまっている。

 それが恋愛へと退化するとは到底思えないのだ。


「パパはママのことが嫌いなの? お別れしちゃうの?」


 また季節が泣きそうな顔をしていた。

 さてさてどうしたものか。

 俺が考えていると――


「ハル君」

「どうし――」


 フユに呼ばれてそちらを向いた時だった。

 俺の唇に何か柔らかい感触が伝わってきた。

 驚いたまま、眼前に視線を向ければ、そこにはフユの整った綺麗な顔があった。

 青い瞳は若干潤んでいて。それでも真っ直ぐに俺の顔を見つめている。

 また顔全体は明らかに赤く染まっており、その熱が俺の方まで伝わってきたように俺の顔も熱を帯びていく。そして俺はようやく気付く。

 自分たちが今、キスをしているのだと。


「バッ……いきなり何するんだよ‼」


 しばらくして顔を離したフユ。

 彼女は顔を後ろに逸らしていた。

 それでも顔が赤いのが分かった。

 なぜなら耳まで赤く染まっていたから。

 対して俺も、自分の顔から熱が消えないのを自覚していた。

 それどころか、妙にフユのことを意識してしまっている。


「言っておくけど、今のが私のファーストキスだから‼」


 顔を逸らしたままフユが叫ぶ。

 その声音には照れが感じられた。

 ……今、本当に照れたいのは俺なのだが。


「それよりも季節ちゃん。これでわかったでしょ。パパとママが互いを大好きだってこと」

「はい‼ パパとママが仲良しで季節も嬉しいです」

「いやいや。俺としては嬉しいとかよりも……」


 俺は自身の口に手を当てる。

 確かな感触が今も残っている。

 これは不味い。いくら何でも同じ家に暮らしている男女がこういうのは不味い。

 流石にこれは俺でも意識せざるを得ない。

 それにまさかフユのやつ。


「お前、まさか俺のことが――」

「勘違いしないでよね。今のは季節ちゃんを安心させてあげるためにしたこと。どうせハル君、まともな返事、思い浮かばなかったでしょ。それにハル君とのキスぐらいどうってことないもの。昔からキスぐらい何度もしてるじゃない‼」


 でもそれはあくまでも頬にだろうが。

 口と口のキスなんて一度も――


「とにかく。季節ちゃんは妙な心配をしないこと‼ それとハル君は勘違いしないこと‼ わかったら返事をしなさい‼ わからなくても返事をしなさい‼ わかったわね‼」

「はい‼」

「……はい」


 笑顔で返事をする季節と、無理矢理返事をさせられた俺。

 なるほど。別にフユは俺のことを好きでもなんでもないのか。

 だとすると……俺はどうすればいいのだろうか?

 少なくても俺は今、すごくフユのことを意識している。

 だって俺も今のがファーストキスだったし。元々フユには好感を抱いていた。

 それはずっと家族愛のようなものだと思っていた。

 だけど今のキスで明らかに何かが変わったような気がする。

 正確には戻ったと言った方がいいかもしれない。


 まだ俺が季節の親代わりになりたての頃、フユに抱いていた確かな感情がある。

 恐らく人はアレを恋愛というのだろう。

 しかし今の俺は既にフユへ家族愛を向けている。

 それを今更恋愛へ戻すことなどほぼ不可能に近い。

 だから俺はこの感情を見なかったことにする。

 今のはあくまでも季節を騙すための演技。

 そう定義しなければ、俺の心は耐えきれない。

 それぐらい俺は『恋』に免疫がない。


 俺の親もどうせなら、そういうものに免疫がある体質に作ってくれれば良かったのに。

 まあ一切病気もせず、薬や毒なんかも効かない体も便利ではあるけど。

 それでも俺は『恋』という感情を少なからず理解できる体の方が良かった。

 そうすれば、俺の中で何かが変わることもあり得たはずだから。

 でも今、そんな何かは起こりそうもない。

 ただシステムに異常を起こさないように、異常を正常だと自らを納得させた。

 俺がやったのはそのような行為だ。


 秋月フユはただの一緒に暮らして子育てをする幼馴染。

 夏陽季節は歳の離れた俺が一生面倒を見ていく妹。

 恐らく。俺から二人へ対する認識が変わることはない。

 だからフユが季節の本当の母親になったり、季節が俺の本当の娘になることは一生ない。

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