パーティにはヒーラー <性術士> が必要です
桃色眼鏡
第一章: 性術士
(1) ヒューマンズ・ギルド
その街は活気に包まれていた。商品を求める声が飛び交う市場、武具を打つ槌の音が響く工房。小さい街ながらも、行き交う人々の目には一様に輝くものが秘められている。
しかしカイルはそんな市井の様子には目もくれず街の奥へと進んでいく。賑やかな酒場街を抜け、人気の無い廃屋と廃屋の間を歩く。やがて街の喧騒が遠のいた頃、カイルは閑散とした空間にたどり着いた。寒々しく吹きすさぶ風が、音もなく枯れ葉を巻き上げる。空を舞う木の葉は広場の奥、古びた木造の大きな建物の前で地に落ちた。
それは酒場のような外観であった。しかし辺りには人気も無い。酒肴の匂いはせず、むしろ微かに血の臭いすら感じられる。それはお世辞にも、心休まる一時を提供してくれそうな場所とは思われない。だがそれは間違いなくカイルの目的地であった。建物の扉の上の看板に「ヒューマンズ・ギルド」という文字が刻まれているのを確認し、カイルはその入口に手をかける。
外からは何の音も感じられなかったが、建物の中は人の声で溢れていた。テーブルを囲み雑談する集団。腕組みをしながらじっと掲示板を眺める騎士。それぞれが思い思いに時間を過ごしている。ただ一つ通底していたのは、そこにいる全員が武装しているということであった。彼らが皆冒険者であることは疑いようがない。
高鳴る心臓を押さえ、カイルは歩を進める。しかしカイルの存在に目をやる人はいない。多少拍子抜けの気持ちを覚えつつも、部屋の奥に据えられた木製のカウンターへとカイルは向かった。
カウンターに居た女性はカイルの存在に気づくと、手元の書類から視線を上げ彼に向かってにっこりと微笑む。そしてカイルが口を開くよりも先に明るい声色で話し始めた。
「こんにちは、冒険者さん!このギルドは初めてですね?」
冒険者と呼ばれたことに気恥ずかしさを覚えて少し顔を赤くしつつも、カイルは言葉を返す。
「はい、初めてです。冒険者として登録を行いたく、こちらに伺いました」
値踏みするかのようにちらりとカイルの姿を見やってから、カウンター越しの女性はすぐにまた陽気な調子で話し出す。
「それは良かった!ようこそ、ヒューマンズ・ギルドへ! 今は他のお客さんもいらっしゃらないので、ここで一通りの説明をさせていただきますね。あ、私はここで受付をしているアカネと申します。以後お見知り置きを。ご存知のことも多いかとは思いますが、規則として色々と説明させてくださいね」
アカネと名乗った女性はやや早口で一息に語り、ごほんと一つ咳払いをすると再び説明を始めた。
「まずはこのギルドについてです。ご存知の通り、私たちが住むこのワイデンボウルの地はゴブリン、ドワーフ、ダークエルフに主権を奪われて久しく、この地の全てが彼らに支配されています。所謂、漆黒同盟と呼ばれる連合に与する種族たちですね。彼らは他種族に服従を求め圧政を敷き、今やこの大陸のあらゆる所で非道な搾取が行われています」
カイルはその現状を身を以て知っていた。鞭を携え村を闊歩する官吏、家に踏み込み金品を奪い取っていくダークエルフ。カイルは目を閉じただけで、在りし日の彼らの姿をありありと思い浮かべることが出来る。
アカネにとっても説明は楽ではないようで、物憂げな表情でどこか遠くを見ながら言葉を紡ぐ。
「中でも最も酷い扱いを受けているのがヒュム族です。前時代の統治者として、そして彼らと最後まで戦った種族として、恨みと憎しみを買っているためです。現在、我々ヒュム族の同胞の多くが、彼らに奴隷として扱われています。……奴隷と言いましたが、労役に使われるくらいならまだマシな方です。ダークエルフ達はヒュム狩りと称して、自分たちに従わないヒュムを探しては悪戯に彼らの命を奪います。ゴブリン達は繁殖用にとヒュムの女性を捕えては、家畜小屋で一生ゴブリンの子を生むことに従事させられます。この街の外に一歩踏み出せば、そこには地獄が広がっている。それがこの世界の、現状です」
そこでアカネは目を閉じた。それは遠方で苦境に身を置く同族に捧げる黙祷だろう。カイルも目を閉じて彼らの幸福を祈る。
数呼吸の間を挟んでからアカネは再び目を開ける。そしてパンと小さく手のひらを合わせると、先程までよりトーンの高い声で話を再開した。
「そこで、ヒュム族の復権を目指し秘密裏に設立されたのが我ら『ヒューマンズ・ギルド』というわけです!私達は圧政と不平等を撒き散らす漆黒同盟の排除を目指し、日夜力を蓄え、彼らと戦っているのです!けれどまだまだ戦力が足りません。ほとんどのヒュムは依然として奴隷のままですし、たとえ奴隷ではなかったとしても、戦闘を行える、あるいは行う意思のある人はそう多くありません。だから、まだ駆け出しだったとしてもあなたのような冒険者志望の方は大歓迎!ってわけです!」
先程までの悲痛な雰囲気を吹き飛ばすかのようにアカネは両手を横に大きく広げ、今日一番の笑顔をカイルに向ける。駆け出しであることを見抜かれたことに些か恥ずかしさを覚えつつも、カイルは姿勢を正して改めてアカネに向き直る。
「微力ながら、ヒュム族の未来のために力を捧げる所存です」
カイルの答えがあまりに簡潔だったのでアカネは先があるかと少し間を置いたが、それ以上カイルに語る意思がないことを悟ると、期待していますねと言って再び話の主導権を握った。
「ということで貴方さえよければこれからいくつかの事務作業を行って早速冒険者として登録させていただきたいのですが、ここまでで何か質問とか、あります?」
カイルは顎に手を当てて考える。アカネに説明してもらった内容で、世界とギルドの事情は、元々殆ど知っていたこととはいえ改めて理解することができた。とはいえ田舎の故郷から出てきたばかりのカイルにとって分からないことはまだまだ山積している。何か一つ聞くとしたら何がいいだろうか。少しだけ考えて、カイルは最も聞きたかったことを質問した。
「ギルドにはパーティという制度があると聞いたのですが」
「ああそれはですね、」
アカネが答えようと口を開きかける。その時、カウンターに向かっていたカイルの隣から声がした。それは鈴の鳴るような、あるいは風が吹くような、爽やかな女性の声だった。
「パーティについてなら、私が教えてあげましょうか」
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