魔王の館ってこんなに可愛い可愛いしてていいの?【短編】【完結済み】

弥次郎衛門

第1話

――――――――――


この作品は【幸/ゆきさん】さんの【小説フリー素材】から【魔王の館ってこんなに可愛い可愛いしてていいの?】というタイトルのアイデアを拝借して作られたものです。


【幸/ゆきさん】さん、ありがとうございます。


――――――――――



 暗く湿った不毛の大地をフラフラになりながら歩いて来た勇者は魔王城の城壁にもたれ掛かると溜息をついた。


「ようやく、ようやく辿り着いた」


 勇者は腰に下げたポーチから瓶を取り出すと蓋をあけて一気に中身を飲み干した。


「ポーションもこれで最後か……」


 勇者の傷がみるみるうちに塞がっていき、顔に生気が戻ってくる。瓶をポイっと捨てた勇者は「さて、どうするか?」と呟いた。


 このまま魔王城へ突入すべきか? しかしそれでは勝率は低いだろう。


 では戻るか? それも危険だ。ここからは人間界は遠い。安全圏まで戻る前に力尽きる可能性だってある。


 少し無茶をし過ぎたなと勇者は自嘲しながら反省をすると心を決めた。 進もう、と。


 どちらも危険であるなら。正直、ここで果ててもいいと勇者は思った。


 自分の帰りを心から待ってくれていた母はもういない。魔界に辿り着いたころ、四天王と死闘を繰り返していた最中に、母は故郷の村で息を引き取ったと聞いた。


 自分を送り出した王や貴族連中は、自分のことなど何とも思っていないだろう。拾い物の、変えの利く傭兵程度にしか思っていない。たかだか10ゴールドと武器としてひのきの棒一本を必要以上に厳かに下げ渡して送り出す。その程度のものと思っているのだ。


 世界の平和なんて、正直もうどうでもよくなっていた。胸を張って帰りたかった場所はもうないんだから。心の底から喜ぶ、見たかったあの笑顔はもうない。


「よしっ! 行くか」


 もたれていた壁から背中を離した勇者は魔王城の扉に向かって歩き、両手でグッと扉を強く押した。


 ギギギッと扉が開くと、暗かった広間と廊下にぽぽぽぽぽっと蝋燭の灯がともる。


 勇者が一歩、足を踏み入れた時だった。足元に違和感を感じて視線を落とす。すると足に抱きつく、二足歩行の猫の姿があった。


「ケ、ケットシー!!」


 勇者は驚いて剣の柄に手を掛けた。足に抱きつかれるまでまったく気配を感じなかった。この距離で強力な魔法でも使われようなら、たまったものではない。


「にゃっ!!」


 慌てる勇者を、ケットシーは潤んだ瞳で見上げて鳴き声をあげた。


「はぁっ……!」


 勇者は胸のときめきを抑えられず、剣の柄から手を放して胸元を抑えた。「にゃ~」とケットシーは気持ちよさそうに勇者の足に顔を擦り付けている。


「くっ…… 新手の精神攻撃かっ!」


 気を取り直した勇者は再び剣の柄に手を掛けるが、パッと離れたケットシーは「にゃにゃ~」と鳴きながら手招きして歩き始めた。


「ついてこい、ということか……?」


 勇者はそう呟くと、警戒しつつもついて行くことにした。かなりの長い距離を歩き、何事もないことで少し警戒を解いた時だった。勇者は、しまった!と歯噛みした。


「やはり罠か……」


 いつの間にか魔物に取り囲まれていた。サーベルキャット、一角ウサギ、ケルベロスにウォーベアまでいる。


 野生の獣でもある魔物たちだけあって気配を消すことに長けている。まったく殺気を感じさせず近づいてきていた。


 しかし何やら様子がおかしい。一角ウサギは勇者の足元をぴょんぴょんと楽し気に飛び跳ね、サーベルキャットは体を擦り付ける。ケルベロスは鼻先を勇者の顔に近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐとペロっと舌をだして勇者の顔を舐めた。


 そしてウォーベアは勇者の背中に回り、後ろから優しくギュッと勇者を抱きしめる。


「え? なに???」


 混乱する勇者だったが、なんだか心が温まってくるのを感じて心地よかった。


「にゃにゃ!」


 ケットシーが、こっちこっちと言っているように手招きする。心地よい雰囲気に完全に警戒を解いてしまった勇者は導かれるままに後をついて行く。魔物たちをぞろぞろと引き連れて。


 やがて大きく豪華な扉の前まで来るとケットシーはそれを指し示し、「にゃっ!」と一声力強く鳴いた。


 開けろということか?と、手を掛けて押して扉を開けると豪華な空間が広がっていた。玉座の間であるようだ。


「はっはっはっ、よく来たな勇者よ!」


 勇者が顔を上げると、広間の先、階段を数段上がったところにある玉座から一人の人物が立ち上がった。というより、玉座からぴょんと飛び降りた。


「魔王か!?」


 勇者の目に映ったのは、肩まで伸びる黒髪の幼女。背中にはコウモリの羽のような黒い羽があり、頭に二本の角が生えている。


「いかにも。我が魔王である。 ふっふっふ、勇者よ。 さぁ、我を存分に楽しませてみせよ!」


 魔王の笑みに気圧されるように勇者は一歩後ずさった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る