神の在りか

《登場人物》

ダズト

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。自己中心的な無頼漢。「神の欠片」に魅入られている。


リィナ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。決して善人ではないが、ノリの良い明るい女性。


ロキ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の新人エージェント。常に紳士的で冷静な男。その槍捌きは神業である。




 地平線、その先まで果てしなく、どこまでも砂と小石の丘が続いていた。激しく照りつける太陽、肌を刺す鋭い日差しと揺らめく陽炎かげろうの中を、ダズト達一行は黙々と歩き続ける。

 ここは東大陸の中央に位置するイオ砂漠。ここを抜ければ目的地アボロデアまでもう一息といった所であったが、その前に一行はイオ砂漠のオアシスにある、ダーク・ギルドの支部に立ち寄らなければならなかった。先だって手に入れた、二つ目の「神の欠片」を組織が回収する旨を伝えてきた為である。

 これまでの旅では割と三人はバラバラに、思い思いのペースで進む事も多くあったが、今はリィナを中心にある程度まとまって行進していた。

「いやはや、これほど快適に砂漠を征けるとは、全てリィナさんのお陰ですね」

荷役の驢馬は砂漠を征くに当たり、駱駝らくだに替わっていた。ロキは駱駝を引きながらリィナの技巧に感心する。

「あら、ありがとうロキ君。ほらダズトも私に感謝なさいね♪」

ロキに手を振り応えたリィナは、そのまま前を歩くダズトに話し掛けた。

「ふん、恩着せがましい。このくらいは役に立ってもらわなきゃあな」

振り向きもせずにダズトが言うのを聞いて、リィナは「……まったく」といった顔で肩をすくめる。

 リィナは極々軽い氷雪魔法を周囲に展開すると、この灼熱の砂漠に於いて、比較的快適な空間を実現させる事に成功していたのだ。おそらく気温は四十度を越えていたが、リィナの魔法内では二十度代半ばそこそこに保たれている。

何々なになに、ダズトさんも本心ではリィナさんに感謝しておりますよ」

「だといいけどね」

ロキがすかさずリィナに肩を並べてフォローに入ったが、もとよりリィナはダズトの返事に期待などしていないので、さして気分を害したわけでもなかった。

「……でも、気温は魔法で下げられるけど、この日差しは如何いかんともしがたいわね。お肌が焼けちゃうわ」

 帽子を上げてジリジリと照りつける太陽を睨むと、リィナは砂漠用のマフラーを巻き直した。付け加えると、ダズトとロキもデザインは違うが共に砂漠用のマフラーを着用している。

「ふむ、小麦色のリィナさんも健康的で良いと思いますが……」

「あら、ロキ君はそういうが好みなわけ?」

「さて?どうでしょうか」

 リィナとロキがたわいもない会話を交わしている間、ダズトは時折コンパスで自身の位置を確認しつつ先頭を歩いていたが、ここで急に立ち止まった。

「そろそろ見えてもいい頃合いだが……」

見渡す限りの砂と小石の波模様をダズトが見回す。雲一つ無い晴天、視線を遮る物は何も無いが、揺らめく陽炎がそれを邪魔していた。

「確かに、情報通りならこの辺りの筈ですね」

ロキも地図とコンパスを取り出すと、ダズトに同意して辺りを窺った。事前に聞いていたオアシスの位置情報を照らし合わせる。

「あ、あれじゃないかしら?」

リィナがダズトとロキの思っていた方角より南側を覗き込む様にして言った。

 明らかに陽炎の中に何か別の物が揺らめいてはいるが、この距離ではそれが何なのかは定かではない。

「ふむ、蜃気楼しんきろうでしょうか?ともあれ、近くまで行って確認するしかないようですね」

「チッ、面倒臭ぇ」

ロキの言葉にダズトが渋々と其方そちらへ向きを変えた。

 既に日は正午を回っている。本来であれば砂漠で、この様な最も気温の高い時間帯を征くのは危険であったが、やはりリィナの魔法によってその辺りの心配をせずにすむのは大きかった。一行は再び南へと歩き出して行く。


 広大な砂漠の中で一点、小さな緑が生い茂っていた。直径は二十メートルも無かったが、澄んだ水をたたえた美しいオアシスが一行の眼前に現れる。この時点で太陽はかなり水平線に近づいており、今日一日は特に歩き詰めだった一行からは、少し疲れが見て取れていた。

「へー、これがオアシス?話には聞いていたけどなかなか綺麗な場所じゃない。気に入ったわ」

オアシスを初めて見たリィナが、その神秘的な光景に率直に感想を述べる。しかし、側にいたダズトがすぐさま横やりを入れた。

「そうか?なんか既視感きしかんがあるんだがな」

そのオアシスに隣接して建てられた建物を見て、ダズトがボソッとつぶやく。それを聞いたリィナも顔を上げて建物を見やった。

「……あ~ホント。こんな所で見慣れた物を見るとはね」

 砂漠のオアシスにたたずむこの建物こそ、目的のダーク・ギルドの支部に相違なかった。なぜならば建物の見た目が、これまでダズトとリィナが拠点としてきた西大陸の森に建てられたアジトそっくりだったのだ。

 意外な所で妙な懐かしさを覚えるも、それ程嬉しい気持ちになる筈もなく、現実に引き戻されたリィナはダズト・ロキと共に建物へと入って行った。

 建物に入ると、リィナは展開していた魔法を解く。途端、真夏にクーラーが効いた部屋から飛び出した様なムッとした熱気が、一斉に体にまとわり付いてきた。砂漠の夜は寒く日も暮れかけていたが、流石にまだ気温は高めであった。

「うわっ、やっぱりまだ暑いわね」

リィナは少し胸元を開けてパタパタと風を送るも、たちどころに汗ばんでくるのが分かる。

「ごめんください、どなたか居られますか」

エントランスに人影は見えず、ロキが声を出して誰か居ないか呼び掛けた。

「……へぇ、どちらさんでやんしょ?」

奥から応答があり、此方こちらへ誰かが近づいて来る。現れたのは良く言えば恰幅かっぷくの良い太った中年の男性であった。余り覇気の無い冴えない感じのごく普通の一般人に見えるが、この男もダーク・ギルドのエージェントなのであろうか。

「ありゃダズトとリィナか。久しぶりだべ」

顔見知りなのか、二人を見た男がダズトとリィナの名前を呼ぶ。

「グッツェか……ふん、相も変わらずデブだなテメェは」

「久ぶりね~、また太ったんじゃない?少しはダイエットした方がいいわよ」

「お主らも変わらず口が悪い奴らだのう。……ん、この方がロキさんか?わしはグッツェ、よろすくな。……しかし、噂通り強そうだべな~」

会って早々、辛辣しんらつな事を言われたグッツェという男は苦笑いを作った。そしてロキの姿を見つけると、礼儀正しく挨拶し好奇の視線を送る。

「どうも、はじめましてグッツェさん」

話掛けられたロキが、やはり丁寧にお辞儀をして挨拶を交わした。

「この方もダーク・ギルドのエージェントなのですか?」

「ふん、一応な。ブラッチーの副官だ」

ロキの質問にダズトがぶっきらぼうに答えた。ブラッチーというのはいつか聞いた、ダズトとリィナの直属の上司でありダーク・ギルドの幹部の名前だ。

「……という事は、この方もダズトさんやリィナさんと同じくらい強いのですね」

人は見掛けに拠らない、なんなら強力な魔法使いなのであろうとロキは思った。

「全然よ、グッツェは庶務や事務の担当なの。そっち方面の実力は折り紙付きなんだけどね~」

リィナの言葉にロキはなる程とうなずいた。大きな組織になればなる程、大切なのはそういった事務処理などの裏方なのだというのを理解していたのだ。

「ブラッチーの奴は居るか?用件は伝えておいた筈だ」

ダズトは不機嫌そうな顔でグッツェに言ったが、これは普段から不機嫌そうに見えるだけであって、何も今本当に機嫌が悪い訳ではない。

「いんや、お主らが何時いつ到着するか分かんなかったもんで、今日はブラッチー様はいねんだ。明日は来るからそん時に会うといい」

頭を横に振って言ったグッツェの言葉を聞いて、ダズトはタイミングの悪さに舌打ちする。

「はぁ~……ねぇダズト。私、少し疲れちゃったわ。今日はもう休みましょうよ」

ブラッチーの不在を聞いて気が抜けたのか、リィナは疲れをあらわにしていた。

「確かに、ただでさえ今日は一日中歩いていましたし、リィナさんには魔法も使い続けて頂いてましたからね、我々も大変助かりました。ダズトさん、今日はもう休まれては如何いかがでしょう?」

「ふん、仕方ねぇ……そういう訳だグッツェ。部屋を三つ用意してもらおうか」

ロキもリィナに同意すると、ダズトもそれに理解を示した。

「……そいつは構わねぇけんど、三部屋で一泊だとお代は……」

 ダズトはにわかにグッツェの言葉に反応すると、わざと音をたてて剣の鯉口を切る。

「『お代は』……何だ?」

「ひいっ!いや、何でも無いべさ!好きなだけゆっくりしてくんろ!」

見事なまでに恫喝どうかつに屈したグッツェは、一歩後退しながら慌てて両手をダズトに向けて激しく振るのだった。


 勝手知ったる何とやら。この建物の構造や部屋割りは、ダズトが拠点としていたアジトとほぼ変わりが無かった。慣れた感じでダズトはその内の一部屋に入って、外套を脱ぐと小さな椅子に腰を掛ける。流石に内装や調度品はアジトと違っているが、機能に違いがあるわけでもない。

 ダズトは早速、駱駝に積んでおいた自分の荷物から安物のウィスキーの瓶を取り出すと栓を開ける。そして中身を一口含んでから瓶をサイドボードに乗せた。それから暫時ざんじその体勢のままで、ダズトは静かに眼を閉じる。

「……ふん、不味い酒だぜ」

少しののちそう独りごちたダズトは、おもむろにふところから「神の欠片」を二つ取り出すとサイドボードの上に転がした。ウィスキーの瓶に当たってカツンと乾いた音が響く。

 この二つの欠片、見た目では全く区別がつかないのだが、ダズトにはどういうわけかはっきりと見分ける事が出来ていた。一方は最初に手に入れてダズトと共鳴した欠片、もう一つは先日ウル・ホルンの遺跡で怪物を倒して手に入れた物である。

(こっちはオレには興味がねぇようだな……まぁ、その方が面倒臭くなくていいが)

新しく手に入れた方の「神の欠片」を指で軽く弾いて転がすと、ビリヤードのようにもう一つの欠片に衝突して止まる。玉突きされた方の欠片も一転がりすると動きを止めた。その瞬間、その欠片から柔らかな緑色の光が滲み出すも、数秒で消えていく。

「チッ……」

その様子を見てダズトは忌々しく舌打ちした。あの妙な夢と「神の欠片」のあいだに因果関係が有るのかは判らないが、ウル・ホルンであの夢を見て以降、この欠片はダズトを不快にさせるような共鳴を行わなくなったのである。代わりにたまにダズトが欠片を出してみると、今のように淡く発光し出す事が多くなったのだ。これが一体何を意味するのかは、ダズトは元より誰も知るすべはない。

(……もしかしてそれぞれ欠片ごとに意志のようなものがあるのか?)

 ウル・ホルンの欠片は今の所ダズトは勿論もちろん、リィナやロキにも何の反応を示してはいない「神の欠片」とは何なのか、欠片を集めるとどうなるのか、そして欠片に魅入られるとはどういう事なのか、ダズトは明日ブラッチーに問いただすつもりでいた。

(とはいえ組織が簡単に真実を教えるとも思えんが……)

ダズトは転がった二つの欠片を見ろしながら、再びウィスキーを口に付ける。

(……さて、明日も面倒臭ぇ事になりそうだな)

 寒い砂漠の夜をウィスキーで体を温めつつ、ダズトは少々物思いに耽るのだった。

 ダズトはここまで比較的順調に旅を続けてきたと言っていいだろう。はからずも新たな「神の欠片」を手に入れ、目的地のアポロデアまでもがもう一息という所まで来ている。しかし、ダズトはここにきて何か嫌な予感めいた胸騒ぎがし出していた。それは明日、上司のブラッチーに会う事が起因しているのかも知れないが、それ以外にも気になるものは幾らでもある。そしてその不安を掻き消す為に、酒を煽っているようにも思える自分がいるのが、何よりも気に入らなかったのだ。


 次の日、ダズトが一階の広間におもむくと、リィナとロキは既に起きて来ていた。

「ダズトおっはよ♪」

「おはようございますダズトさん」

リィナはオレンジジュースをロキは紅茶をそれぞれ飲みながら、入って来たダズトに朝の挨拶をする。

「ふん……ロキはともかく、リィナは珍しく早ぇな」

早朝というわけでは無いが、まだそれ程遅くない時間に来た筈のダズトが、普段は余り朝に強くないリィナに皮肉を言う。

「お陰様で、昨日は早く休めたからかしらね。でも女の子が朝の準備に時間が掛かる事は仕方ないんだから。ダズトもそこらへん理解しなきゃモテないわよ」

「……言ってろ」

口では分が悪いと見たダズトが、呆れた顔をしてリィナの言葉を受け流した。その様子を見てロキがまたククッと小さく笑いを漏らす。

 ここでもう一人、大きな影が広間に入って来た。

「おはようごぜぇますだ、ちょうど皆様お揃いで。ブラッチー様がそろそろ来られると思うんで、二階の応接室にお集まり下せぇ」

グッツェの言葉に促されるとリィナは急いでオレンジジュースを飲み干し、ロキは半分程紅茶を残して立ち上がった。三人は目を合わせると、揃って二階へと上がって行く。


「ああ?誰もいねぇぞ」

応接室に入るなりダズトが少し荒げた声を出した。これから直属の上司と会って色々問いただすつもりもあってか、多少気持ちが入れ込んでいるのだろう。

「これから来るんでしょ、慌てず待ちましょう」

リィナは冷静にそう言ったが、やはりリィナも表情から「文句の一つは言ってやる」という気概が見て取れた。

「私もブラッチー殿にお会いするのは、ダーク・ギルドに入った時以来ですね」

ロキは二人のように不満気な感じはないが、思うところがあるのか顎を摘まんでブラッチーの到着を待つ。

 一種の緊張感の中、不意に一行は魔力が震えだすのを感じた。

「時空震ね、来るわよ」

リィナの台詞と同時に、三人の前に転移魔法による光の柱が出現する。そして……

「オイッス~!久しぶりだな、お前ら元気でやってっか~?」

片手を挙げて元気良く挨拶をしながら、すこぶる明るい三十歳前後の陽キャ男が飛び出して来た。

 男は黒いダブルのスーツに身を包み、サングラスを掛けている。と、ここまではそれ程でもないのだが、頭にはテンガロンハットを被り、その腰にはホルスターを吊り下げたガンベルトが巻かれていた、そしてそのホルスターにはリボルバー式の拳銃が刺さっている。

 この妙な出で立ちの男がダズト達の上司であり、闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の幹部ブラッチーであった。

(相変わらずダセェなコイツ……)

(うわぁ……本当いつ見てもセンス無いわね)

(ふぅむ、ちまたではこういう格好が流行はやっているのでしょうか?)

三人の冷ややかな視線など一切いっさい気にする事無く、ブラッチーはやたら高いテンションのまま話を続けていった。

「おいおいおい!何だ挨拶が無いぞお前らぁ」

「失礼しました。ブラッチー殿、お元気そうで何よりです」

ロキが代表して頭を下げると、ブラッチーは満更でもなく笑みを浮かべる。しかしダズトとリィナは変わらず無言であったためか、ブラッチーはダズトの方にゆっくりと歩き近づいていった。

「えらく静かじゃないかダズトぉ、最近大活躍してるのにどうした?まさかホームシックか?ん?」

ニヤニヤとした顔で腕を組んだシャッツォがダズトの前に立つ。

「……別に、いつも通りだ」

普段より一層に愛想の無い顔と語気で、ダズトは敢えて視線を合わせずに答えた。ブラッチーはニヤついたまま「ふん」と鼻を鳴らす。

「へぇ~そうか……ならこれからも、その調子で我らがダーク・ギルドに貢献してくれ。頼むぞ!」

ブラッチーが向かい合ったダズトの肩をバシバシと強く叩いた。只でさえダズトはブラッチーを嫌っているのだ、こうもウザ絡みされては堪忍袋のが持つ筈がない。

「……てぇな!大人しくしてりゃ調子に乗りやがって……!」

激昂したダズトが反射的に剣の柄に手を掛けた所で、リィナが二人の間に割って入った。

「ちょっとダズト!ほら、少し落ち着きなさいな。ブラッチーも無闇にダズトをからかうのはやめてよね」

止めに入って来たリィナをブラッチーは一瞥いちべつし、大仰に手を上げながら数歩引き下がると、今度は大きく口を開けて笑いだす。

「はっはー!短気は損気だぞダズトぉ?軽いスキンシップじゃないか、そんなカッカするなよ」

悪びれる様子も無く余裕の笑いを続けるブラッチーを、ダズトは剃刀かみそりのような鋭い目つきで睨み付けた。

「……チッ、テメェはいつか殺す」

まだ怒りは収まっていなかったものの、リィナの言う通りここは一旦冷静になって剣の柄から手を遠ざける。

 一頻ひとしきり笑ったブラッチーがそれを見て、今度はロキに話し掛けた。

「こんな狂犬みたいな奴と組むとロキも大変だろ~?苦労してるんじゃないか?」

またブラッチーの嫌味な振りにも、ロキはいつもと変わらぬ柔らかな態度で応える。

「いえいえ、ダズトさんもリィナさんも良い先輩です。楽しくやらさせて頂いております」

「ほぉ~、そうか。それは良かった」

ロキの優等生な返しにブラッチーは若干つまらなさそうな顔を作ったが、直ぐにまたニヤついた笑顔を貼りつかせた。

「ま、確かにお前にはこれくらい上手くやってもらわなきゃあ困るからな」

「……前から思ってたんだけど、何かロキ君は特別扱いするのね」

ブラッチーの言葉に少し引っかかったリィナが、以前から思っていた疑問を口にする。

「そりゃロキは幹部候補で組織に入ってきているからな、万年平エージェントのお前らとは違うさ」

「ああ、そうなのね。まあロキ君なら……納得だわ」

意外にもこれにリィナはそれ程驚か無かった。「ふ~ん」と言った風でロキの方を見ると、目の合ったロキが僅かに肩を竦める。

「そういう事だ。お前らは今のうちに未来の幹部であるロキ、そして組織の中で更なる高みへ昇るであろうこのオレに、せいぜい媚びを売っておけよ」

「そうね、せいぜいそうさせてもらうわ」

その傲慢な物言いに辟易へきえきしたリィナは、不機嫌そうに帽子を深く被り直すと、ブラッチーに知られぬように小さく溜め息を吐いた。

(……ダズトと合わないはずね)

 ここでブラッチーはきびすを返し応接室にあった執務用の立派な机に向かうと、そこの高級そうな椅子に腰を下ろす。そして机に肘を乗せて両手を顔の前で組み、どこかで視たようなポーズを取った。加えて、これまたどこかで聞いたような台詞を続ける。

「くくく……挨拶はこのくらいにして、そろそろ本題に入ろうじゃないか」

(……今時マジかコイツ)

(何それっぽい雰囲気だしてるのよ)

(むむむ、これは以前リィナさんから教えて頂いた「ツッコミ待ち」というやつなのでは?)

かなりベタな展開に半ば呆気にとられた三人。その冷ややかな視線が再度向けられるも、ブラッチーは全くお構い無しに神妙な顔を作って小芝居を続けていく。

「そうだな……どれ、まずは手に入れた『神の欠片』を見せてもらおうか」

 仏頂面のダズトが懐から二つの欠片を取り出すと、無言で二人を隔てている大きな机の上に放り投げるように転がした。乾いた音を立てて転がる二つの欠片は、ブラッチーの前で見事ピタリと止まる。

「ほぉ……!これは確かに『神の欠片』!」

是見これみよがしに大袈裟な声を出しブラッチーは二つの欠片を見比べる。

「……で、これはどちらがお前と共鳴した方なんだ?」

「……向かって右だ」

唐突なブラッチーのといに少し不意を突かれるも、ダズトは心のこもらぬ声で答えた。ブラッチーはその欠片を手に取って一通り観察すると、予想外にもダズトに投げ返す。

「では共鳴した方はもう暫くお前が持っていろ。……確認しておくがこっちの欠片はダズトはおろか、リィナやロキにも反応はしていないんだな?」

ブラッチーは念を押すように妙な質問をしてきたが、欠片を受け止めたダズトは答える気が無いのか、口を真一文字に結んだままで手の中の欠片を固く握り締めていた。そんなダズトの態度にやきもきしたリィナが代わりに口を開く。

「……してないわ。ねぇブラッチー、この際だから『神の欠片』がどういった物なのか教えて貰えないかしら?」

 ブラッチーは芝居がかった姿勢を変える事無く、顔の前で組んだ手の隙間からくぐもった笑いを漏らした。

「くくく……。幹部候補のロキはともかく、本来はお前らのような末端エージェントに教える必要は無いが……、今回は特別に少しだけ教えてやるとしようか」

見下みくだした物言いにダズトとリィナは一瞬カチンとするが、少しでも情報を得る為にここはひとまずこらえる。

 ブラッチーは前で組んでいた手をほどき、ゆっくりと立ち上がると今度は腰の後ろで両手首を握った。そして、回れ右をして背後にあった大きな窓に向かうと、硝子ガラスに映ったダズト達三人を見つめる。

 この三文芝居にダズトは苦虫を噛み潰したような顔をするが、横に居たリィナに肘で小突かれて何とか耐えていた。

「簡潔に言えば『神の欠片』とはこの世界に満ちる全ての魔力のみなもと……原初、根源と言っていい。魔力以外の力も勿論含まれるが、この場合は解かり易く総じて魔力としよう」

ダズト達はえらく格好を付けて語り出すブラッチーにうんざりするが、話の内容自体にはかなり興味があるのも事実であった。

「……その昔、この世界が生まれた時、魔力の根源たるモノが何処どこからか現れ、この世界を魔力で満ちさせた。そして幾億年かの時を経て、いつしか魔力の根源は十三個に別れ、世界中に散らばっていった……それが『神の欠片』だ」

いやにねっとりとした口調でもって語っていくブラッチー。と、ここでリィナがスッと手を挙げた。

「その魔力の根源たるモノは何処から、何の目的でこの世界に来たのよ?あと何で十三個に別れて世界中に散らばったのかしら?」

「……さてな、それこそ神のみぞ知るとこだろう」

ブラッチーは顔だけ横を向けると、気取った流し目でリィナを見つめた。リィナは挙げた手を耳の隣まで戻すと、目線をブラッチーから外す。

(つまり現状、何も判って無いって事ね……)

リィナの思っている事を感じ取ったのか、ブラッチーが再び前を向き硝子越しに視線を移した。

「……推測だが、我がダーク・ギルドの研究ではおそらくその魔力の根源たるモノは、この世界に溶け込もうとしていたのではないかと考えられている」

「溶け込む?『神の欠片』は元々この世界と一体になろうとしていたと?」

ロキは顎に手を付け、ブラッチーの話を興味深く聞いている。

「そうだ。だが全て溶けきる前に、世界中に満ちた魔力の方が先に飽和してしまったのではないかといわれている」

「つまり『神の欠片』とは、この世界に混ざりきらなかった魔力の塊……という事でしょうか」

「流石はロキ、理解が早い」

ブラッチーは満足そうに頷くと、更に饒舌じょうぜつになっていく。

「別れた十三個、全ての欠片の魔力の総量はこの世界の全ての魔力量と同等かそれ以上とも云われている。半分を魔力でかたちつくられたこの世界で、それを手にするということは……分かるな?」

(『世界が手に入いる』ってそういう意味なのね。あながち間違いでもないけど、ちょっと大げさかしら。結局はその力の使い方でしょうに)

立てた人差し指を頬の横に寄せてリィナは首を傾げた。

「問題はこの魔力の源には意志が在ったということだ」

「意志……エネルギー体に自我が宿るとは、まさかそんな事が」

ロキがいぶかしげに思いながらも目を見開く。

「ふふ、そのまさかだ。なあダズトぉ、お前ならよく分かってるんじゃないか?」

硝子越しにブラッチー、そしてリィナとロキの視線が一斉にダズトに集まると、ダズトは居心地が悪そうに眉間に皺を寄せて無言で舌打ちした。これを肯定と捉えてブラッチーは話を続ける。

「これが困った事に元々その意志は一つだった筈だが、十三個に別れた『神の欠片』は長い年月を経て、それぞれ個別に違う意志を有してしまったという事だ」

「ふぅむ、本当に欠片が意志を持つとは。……しかし、それがどの様に問題なのでしょうか?」

驚きを隠せぬロキはさらなる疑問を口にした。

「要は人が『神の欠片』の力を引き出すには波長が合って、さらに欠片の意志に気に入られなければならないのさ。しかも欠片によっては精神を乗っ取られて身体を奪われたり、力を制御出来ず暴走させたり……と、まあリスクが大きい。さぁて、ダズトお前はどうなんだろうなぁ」

ブラッチーの意地の悪い笑いが硝子越しにダズトに向けられると、明らかに怒りを覚えたダズトが、逆に硝子に映った像を介してブラッチーを睨み付けた。

「そう怖い顔をするなよ、オレはお前を心配して言ってるんだぜ。……報告によれば最初こそ暴走したものの、最近は安定しているようじゃないか」

「ふぅん……魅入られるとか精神をむしばまれるとか、そういう事だったのね~」

得心したリィナが傍らに立つダズトの横顔をまじまじと見つめる。

「あ!じゃあもしかしてダズトは『神の欠片』の力を引き出す事が出来るのかしら?」

「オレもそこが気になっている。『神の欠片』から自在に力を引き出し、扱えるとしたらとんでもない戦力になるからな。……実際どうなんだ?えぇダズトぉ?」

この疑問にリィナとブラッチー、そしてロキもがダズトの返答に関心を寄せた。

 三人の視線に苛立ちをつのらせながら、ダズトは前をだけを見据えて口を開くと、吐き捨てるように言い放つ。

「……ふん、知るかよ。扱えようがなかろうが、どちらにしろオレはこんなモンに頼るつもりは一切無ぇぜ。これまでも、これからもだ」

「何だとぉ!?神の力だぞ!?よく考えろダズトお前!それ絶対損してるぞ!」

ブラッチーは勢いよく振り返ると、サングラスを押し下げて驚きの顔で直接ダズトを見つめた。

「……っぷ、アハハハ♪流石ダズト、とことん負けず嫌いね。例え神様が相手でも☆」

「ふふふ……いやはや何とも、ダズトさんらしい」

逆にリィナとロキは驚く事なく、ダズトの言葉を聞いて笑い出す。そんな二人にダズトは複雑な表情を浮かべるも、これ以上何も語らずに無言を貫いていた。

「全くなんて奴だ……もういい、この話は終わるぞ」

 呆れかえったブラッチーがサングラスを掛け直す。そして、一度深呼吸をすると改めて三人を見回した。

「さて、ここからがようやく真の本題だ。これからお前達にはホウオウ諸島に行ってもらう!」

「ホウオウ諸島?それってここからだとアポロデアとは真逆じゃない」

 ここイオ砂漠は大陸のほぼ中央に位置している、アポロデアに行くにはここより南西に向かうが、ホウオウ諸島は大陸東端の外海に浮かぶ島々であった。

「待って下さい、ブラッチー殿。我々は今、アポロデアに在ると思われる『神の欠片』を追っているのですが……!」

寝耳に水、突然の話にロキが珍しく動揺する。ここでブラッチーは制すようにロキにてのひらを向けた。

「まぁ聞け、その情報はこちらでも把握している。調べによればアポロデアに『神の欠片』が在るのはほぼ間違いない。ホワイト・ダガー最強の戦士、サリバンが護衛している事も確認済みだ」

「ならば……!」

「慌てるなロキ。いいか、逆に考えればアポロデアの欠片は安全なのだ。所在もはっきりしていて別の組織に取られる心配も無いのだからな。ならばずは他の欠片を確保しに行った方が合理的だろう?」

「むむむ……ではホウオウ諸島に『神の欠片』が在ると?」

尚もロキは納得し難い様子であったが、ブラッチーの説明には引き下がらずを得ない。

「そうだ。ついでに言えばホウオウ諸島の欠片を手に入れれば、全十三個の欠片の内、既に十個が我がダーク・ギルドが手中に収める事になる!」

「何っ……!?」

「え~!もうそんなに集まってたの!?」

このブラッチーの発言は、ダズトを始め三人共一様いちように驚きを隠せなかった。

「くくくダーク・ギルドの力を甘く見るなよ。既に我が組織は世界征服に王手を掛けているのだ!残る欠片は忌々しいホワイト・ダガーが所持している。その内の一つがアポロデアという訳だ」

 ここでつかの静寂が訪れる。今聞いたブラッチーの話を三人が、各々吟味するように咀嚼そしゃくしていた。

 一拍ののち、最初に口を開いたのはロキである。

「……了解致しました。ホウオウ諸島へ赴き『神の欠片』を回収いたします。しかし、アポロデアの件は間違い無く……」

「安心しろロキ。サリバンとの決着はお前に一任する、そういう契約だからな。但し決着が付いた後は分かっているな?」

「その時は約束通りに、我が武をダーク・ギルドの為に惜しみなく振るいましょう」

ロキは何時になく厳しい表情でブラッチーに頭を下げた。

(ふ~ん、何とな~く組織とロキ君の関係性が見えてきたわね~)

リィナは肩に掛かった髪をくるくると指で回しながら、ブラッチーとロキの会話に聞き入っている。やはりロキがダーク・ギルドに入った理由にも興味があるのだろう。

 ロキを説き伏せたブラッチーが胸を張った。

「よし、では吉報を待つとしよう。……そうだ、この件はダーク・ギルドの他の部隊も動いているからな。いいか、くれぐれも手柄を取られるんじゃないぞ!」

「は?どの部隊よ」

リィナがピクリと反応すると、不審そうな目をブラッチーに向ける。

「おそらくシャッツォのとこの奴らだろうな」

「……ってことは、あの三馬鹿トリオじゃない。私あいつら嫌いなのよね~」

顔見知りなのか、リィナはあからさまに嫌な顔しながら横を向いた。

「……チッ、また面倒臭ぇ事だな」

ダズトも歯噛みすると、そう小声で呟く。

「……さて、オレはお前達と違って多忙なんだ!そろそろおいとまさせてもらうとするぜ!」

そう啖呵を切るとブラッチーを転移魔法による光の柱が包み込んだ。魔道具を使用していない所を見ると、彼自身の魔法なのだろう。たちまち光に沈んでゆくブラッチーの影が大きく手を振り上げた。

「それじゃあな、お前ら!歯ぁ磨けよぉ~!」

ブラッチーの別れの挨拶が木霊こだまする。それまで「とっとと帰れ」といった顔をしていたダズトも、この去り際の言葉を聞いて急激に真顔に引き戻されていた。

 三人はブラッチーが去った後も、しばし無言で立ち尽くす。

「……古いな」

「古いわ」

「古いですね」

 絶望的なブラッチーのセンスに付き合いきれなかった三人は、まさしく面白くもない下手な漫才を無理やり観させられたような気分であった。ともあれ新たな指令を受け、三者は様々な思いを胸中に抱きつつも応接室を後にしていく。

 アポロデアを目の前にしての反転。ホウオウ諸島へ向かう事になった一行に、果たして今度はどんな運命が待ち受けているのだろうか。只一つ言えるのは、またしても激しい戦いの予感がひしひしと迫って来ている事だけであった。


 真っ赤な熱砂を越え征く先は、青く広がる大海原が待ち受けているだろう。緑の島々が浮かぶその場所で、次は如何なる黒い策謀が張り巡らされているのだろうか。黄金にも勝る輝きを放つ「神の欠片」を巡り、また白刃が閃き交錯してゆくは必然。紫電の如き眼光で未来を見据えながら、ダズト、リィナそしてロキの闘いはまだまだ続いていくのだ。

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