第11話 ハングリーグリズリー
第十一話 ハングリーグリズリー
背後をずっと追跡してくる仲間の魔法使いに止めてくれと訴えた。
すると願いが通じたようで追従するのを止めてくれた。
ずっと気になっていた不安要素だったので、解決して安堵した。
ギルドで討伐の依頼クエストを受けて魔女の森にやってきた。襲ってくる魔物を蹴散らしながら森を探索して奥に進むと、討伐対象の痕跡と思われる場所を発見した。
「ありました、この痕跡を見た感じだとかなり大きな魔物みたいですね」
周辺は若い木々が倒木して散乱しているのだが、アルマに言われて見てみると、倒れずに爪痕の残された木があり、その幹を見てみると討伐対象の大きさも容易に想像が出来る。
「爪痕の位置の感じだと魔狼とか魔猪ではなさそうだが……」
「そうですね、おそらくは熊のような魔物だとは思います」
その巨体を起こして、両方の腕をクロスして振り下ろされたような爪痕からは、確かに大きな熊のような生物だと予想される。
倒木した辺りを見た感じだとなにやら争った跡のような感じもするが、辺りを見ても他の生物の亡骸や血痕などは特に見当たらない。
周囲をよく観察すると、そこには乱雑に動き回ったような大きな足跡を無数見つけた。そして、その大きな足跡の他にも複数の小さな足跡もあるようだ。
足跡を見た感じだとそれは森の更に奥の方に続いているようだった。
「この一回り小さい足跡は魔狼か?」
「痕跡を見るとどうやら魔物はそちらの茂みの更に奥に居るみたいですね、どうします、勇者様」
「うーん、何か思ったよりもヤバそうな感じなんだが……」
個人的には、命を大事に、の精神で撤退も考えたい状況なのだが……
「取り敢えずこのまま慎重に進んで状況を確認しよう、それでどんな魔物なのか視認して無理そうなら撤退の方向で、もし襲撃された場合は状況判断して、勝てそうならそのまま挑む方向で、無謀な感じならアルマの氷の魔法を使って足止めをしてから全力で逃走する感じかな、でも個人的には勝算があれば戦いたいところではあるな」
「わかりました、そうですね、せっかくギルドで依頼を受けてここまで来たんですから、出来たら討伐したいですからね」
まだ討伐目標を発見していないからか、今回は特に少女の指示などは伝わって来なかったので、自分で考えて判断した事をアルマに伝えた。
聞こえてるのかは何とも言えないが、背後の少女にもこちらの意向は今ので伝わったかな?
「それにしても木々が多いからか何か暗くなってきたな」
この辺の森は先程の泉の周辺と比べて木々が密集して森が深くかなり暗い。
時折、梟やカラスと思われる鳴き声も聞こえてくる。
魔女の森と呼ばれてるだけあり、不気味な雰囲気が漂っていた。
そのまま警戒しつつ慎重に足跡を辿りながら進むと魔物の影があった。音を立てず確認すると、どうやらワーキングウルフの群れとターゲットが交戦中のようだ。
グガァァア!、ガウガウガウ、ゴキャァ、ギャイン、ウガァー!!
魔狼の群れが連携しながら戦ってるのが、おそらく探していたであろう討伐対象と思われる大型の魔物だ。見た目は巨大なヒグマのような姿だ。
そして魔物達が激しい咆哮を上げて争う姿は、野生の弱肉強食の世界を体現したような凄まじい光景であった。
「ま、魔物同士で争う事もあるのか?」
「魔物にはそれぞれの“テリトリー”と呼ばれる縄張りがあるので、お互いあまり干渉はしない筈なんですが……原因は多分あの魔熊の特性のようですね」
「あの魔物は一体なんなんだ?」
「えっと、確かあの魔物は――」
なるべく小声でそう聞くと、アルマはアナライズによる解析と、以前に王国の図書室で読んだ【魔物図鑑】で見た魔熊の記憶を思い起こし、そこに記載されてた情報を教えてくれた。
それによると、あの魔物は【ハングリーグリズリー】と言う名称で、別称で腹ペコ魔熊とも呼ばれていて、王国に住む農業や林業を営んでいる生産者から恐れられているようだ。
本来は大人しい気性らしいのだが、一度空腹状態に陥ると、理性を忘れて畑や農作物を荒らし、更には家畜となる魔物すら襲い掛かって、満腹になるまで暴れ回るらしい。
普段あまりこの近辺では見掛けないようだが、餌を求めてこの森を
ウガァ、ギャイン、ワンワンゥゥ、ガォォン!
戦況はハングリーグリズリーがその巨大な体躯と、その腕から繰り出される爪撃でウォーキングウルフを圧倒していた。その威力は一撃で魔狼を葬る程だ。
しかし魔狼達も群れで連携し持ち前の素早さを生かしながら魔熊を翻弄しながら反撃する。様子を見るとハングリーグリズリーの方も手傷を負っているようだ。
ガァァ、バキバキバキッ、グルルルルゥ
だが最初は6匹以上いた魔狼も徐々に数を減らし残りは3匹。
群れの数も減り逃走を図るも、魔熊はその大きな両腕から放たれた爪撃で周囲の木々を薙ぎ倒し、その倒木で道を塞いで行動を妨げる。
追い込まれた魔狼達は、一撃、一撃、とその数を減らし、最後の1匹が飛び掛かり反撃する。
ガウァー、ザシュッ、ギャイン!
しかし敢えなく最後のウォーキングウルフもその爪の一撃で地に伏した。
「……怖っ」
そのあまりの戦闘の激しさにピヨヒコ達は絶句するのだが、それを背後から追従していた画面の中の少女は、その光景に、歓喜し、奮起し、興奮し、ヤル気に満ちた表情でそれを観ていた。
◇
「やっぱり戦闘はこうじゃなきゃね、イベント演出も何か凄い迫力だし、楽しくなってきたかも」
魔物同士の抗争をイベントムービー演出で観て、桜子はそんな感想を述べた。
戦闘前なので敵の強さは未知数だが、森の道中で戦った狼の魔物よりも歯応えがありそうなので、モチベーションが上がった。
装備は心許ないけど戦ってみないと戦力差も分からないし、それにまだ初期のクエストで、既に手傷を負ってる状態みたいなので、そこまで苦戦しないとは思う。
ボス戦の前に何かこのまま挑むか撤退するかの選択肢まで出てきたけど、事前にセーブもしたし主人公の意向もさっき聞いたので、取り敢えず挑んでみる事にした。
弱点属性は炎みたいだけど、背後からだと先制攻撃も可能なようなので戦闘の手順を想定する。
それに魔物の特性の話をしてた際に、主人公が何か念じて戦法をいくつか指示してきて、試してみたら出来たのでこれも使ってみよう。ヘイト管理が重要みたいだけど、後衛のアルマも居るのであまり無理せずに、ばっちり頑張ろう、の精神だ!
◇
ウォーキングウルフとの戦闘を終えたハングリーグリズリーは倒した魔狼の亡骸を漁っている。
そっちに集中しているのか、こっちにはまだ気が付いてない様子だ。
そして倒された魔狼からは黒い靄のようなものが溢れ徐々に霧散していた。魔熊はそれを美味しそうに喰らい始めた。どうやら魔物に内包されてた魔力を補食し吸収してるようだ。
魔狼の骸はその後に消失したが、捕食されたからかドロップアイテムなどは出ないようだ。
この場に来る前にも木々が倒木して争った後があったが、どうやらそこで魔狼達を追い回しながら移動していたようだ。戦っていた群れの数も元々はもっと居たのかもしれない。
今の戦闘を見た感じだとハングリーグリズリーはかなり狂暴で強そうなのだが、魔狼との戦闘で手傷も負っているようなのでアルマと戦闘の流れを考えつつ挑むことになった。
最終的には背後の少女の決定ではあるのだが、取り敢えず無茶な吶喊ではないようだ。
思ったよりも冷静な判断をしてくれるようで少し安心した。
「それじゃアルマの魔法が主体にはなるけど、まず俺から先制攻撃を仕掛ける感じで」
「わかりました、指示された手順で立ち回ってみますね」
依頼されたクエストを受注したのに、このまま戦わずに尻尾を巻いて逃走したら、勇者としての資質も問われそうなので、画面の少女の意思に関わらずピヨヒコも腹を決める。
アルマが言うにはどうやら魔物がこちらに気付いてない状態での不意討ちなら、最初の1ターンの間は相手に行動される事もなく攻撃が出来て、事前に詠唱する事で魔法による攻撃も敵視を取られずに先制行動が可能らしい。つまり相手に気付かれていない今が絶好のチャンスって訳だ。
さあ、準備は出来た。
「アルマは距離を取りつつ立ち回り、絶対に無理はしないように」
「はい、勇者様も魔熊の反撃には気を付けて下さいね」
そう言ってアルマは呪文の詠唱を始める。
ピヨヒコも覚悟を決めて、魔物に向かう。
テレテレテレテレテー、ジャンジャジャン、ジャーン♪
それと同時にいつもとは違う激しさが増した戦闘曲が何処からか流れ出す。
「いくぞ、どりゃぁぁぁ!!」
先ずはピヨヒコの先制行動だ。
魔狼を補食していてまだこちらに気付いてない魔熊に全力の一撃を繰り出す。
勇者として背中からの不意討ちはどうかとも思うが、勝てばよかろうなのだ。
ザシュッ!!
力強く振り抜いた斬撃がその身体を斬り裂く!!
ウガァァ!?
不意討ちだったので避けられる事もなく魔熊に痛烈な一撃が入る。
どうやらバックアタックだと普段よりも強いダメージを与えられるみたいだ。
魔熊がこちらを振り向くが、突然の出来事に戸惑っているようにも見える
このターンは反撃される事はないので、アルマの魔法が先制で発動する。
「今だ! アルマ!」
「サンダーボルト!!」
ドンガラガッシャーン!! ビリビリビリ!!
グガ、グガガァァ!?
「わっ、あぶ、危なっ」
アルマの杖から放たれた鋭い雷撃が、眩い閃光となり魔熊を貫く。
こちらも不意討ちでの詠唱魔法だったからか何時もより威力があるようだ。
想定以上の雷撃の規模で、ピヨヒコもその間近にいたので、危うく捲き込まれるところだった。
と言うかちょっと当たった。ダメージはないと説明されたが、身体に電流が走りビリビリする。
しかし気合を入れて感電には耐えれたので、スタンはしてない。
魔熊はピヨヒコを睨み付けこちらの次の攻撃に身構えようとするが、電流によるスタンが効いたようで動けない様子だ。その隙を見逃さず持ってた剣で追撃する。
マタンゴとの戦いで習ったクリティカルを狙い、首筋辺りの皮膚の薄い部位を鋭く斬りつける。
ザシュッ!!
手応えのある痛烈な一撃が再び魔熊に入る。
だが斬られたにも関わらず、魔熊は唸り声すら上げずにその攻撃に耐える。先程の魔狼との戦いで手傷を負っているにも関わらず、臆する事なくこちらを見ている。
食事の最中に邪魔をしたせいか、その瞳には激しい怒りの感情が窺えた。
ウガァ! グルガァ!! ゴルラァァア!!!
その巨大な体躯を見てピヨヒコは先程の魔狼の無残な姿を思い出す。スタンしてるにも関わらず怒りに任せて魔熊が恐ろしい呻き声で咆哮する。
同時に恐怖の感情が心の底から湧いてくるが、勇気を持ってそれに抵抗する。
「くっ、アルマ、もう一度だ!」
「わかりました、サンダーボルト!」
先程の事もあるので今度は少し距離を取る。
魔熊の行動は阻害したので、詠唱をしてたアルマが再び魔法を放つ。
ズドーーン!! ビリビリビリ!!
ウガガガァァ! ウルガァァ!!
再び放たれた雷撃はその場で構えていたハングリーグリズリーに直撃した。
しかし魔熊は上体を起こし両手を大きく振りかぶり、電流を放散させる。
二度目は魔熊も抵抗に成功したようで、感電状態にはならなかったようだ。
そして3ターン目の突入する、行動順はまたピヨヒコからだ。
連続スタンこそしなかったが、ここまでは作戦通り、順調だ。
「このっ、くらぇ!」
ピヨヒコは魔熊に近付いて攻撃を仕掛ける。
再び首元を狙ったが、今度は魔熊も動き出しその太い両腕で斬撃を防ぐ。
斬撃のダメージこそ与えたが、身体に直撃はしなかった。
これまでの攻撃に怒り逆上したハングリーグリズリーは、両手を高く身構えて、唸りながらその爪撃をピヨヒコに振り下ろす。
ゴラァァ!! ガキィィン!!
ピヨヒコは構えた盾で直撃を何とか防ぐが、その重い一撃に耐えきれず、身体を吹っ飛ばされる。
しかし直ぐに起き上がって体勢を整える。もし盾がなかったらと考えると、冷えた汗が頬を伝う。
そして魔熊と視線が合うのだが、その瞳を見ると先程までの野生の本能とはまた違う、何か強い意思のようなものを感じる。食事の邪魔をしたのがそんなにお気に召さなかったのだろうか。
グルルルゥ……
その瞳がギラリと鈍く輝く。どうやら相手も本気になったようだ。
食うか食われるか、それもまたこの世界の摂理だな。
◆
「いくぞ、どりゃぁぁぁ!!」
ザシュッ!!
何だぁ!? あ"ぁん?
背後から聞こえた間抜けな声に気が付き、振り返るが身体に痛みが走る。
状況を判断すると、背後から誰かに斬られたらしい。誰じゃ我ぇ、ゴラぁ!!
「今だ、アルマ!」
「サンダーボルト!!」
戦闘開始を理解するも、先制されてそのまま動けずにいると、鋭い雷撃が身体を貫く。
ドンガラガッシャーン!! ビリビリビリ!!
グガ、グガガァァ
「わっ、あぶ、危なっ」
どうやら魔法による電撃を受けたようで激しい痛みと電流が身体を走る。
しかもスタン状態に陥ったようで身体が痺れて動けない。
男の方も何やら慌てているが、近くに居たので雷魔法に捲き込まれたようだ。
しかし相手はスタンまではしなかったようで、再び動き攻撃を仕掛けてくる。
身構えようと抵抗してみるが今の電撃のせいでこちらは体が硬直して動かない。
目の前の男は強い意思でこちらを睨み付け、剣を構え斬り付けてきた。
ザシュッ
再び激しい痛みが走る。
反撃したいが電流の痺れがまだ残っているのかまだ身体が動かない。
ぐぬぬ、誰じゃいコイツらは!? 痛みよりも、怒りの感情が沸き上がる。
今の己の置かれている状況を【ハングリーグリズリー】は改めて整理する。
先ほど魔狼の群れを仕留め、傷も癒えぬままやっと食事にありついて落ち着いた矢先に、背後から見知らぬ男に不意討ちで斬り付けられ、更に別の誰かに雷の魔法で追撃を受けたのだ。別に己らには何もしてないのに、酷い扱いだ。
少し離れたところに女が居る。どうやらコイツが魔法を使って来たようだ。
思いもよらぬ出来事にハングリーグリズリーは沸々と、どす黒い負の感情が込み上げてくる。
コイツらは一体何なんだ? 何で食事の邪魔をする!!
腹減った! 腹減った!! 腹減った!!!
ウガァ! グルガァ!! ゴルラァァア!!!
空腹状態のまま魔狼との戦闘では手傷も受けて、とても万全な状態とは言えないが、食事の邪魔をする輩は誰であろうと容赦はしない! 邪魔する奴は皆殺しじゃあぁ!!
「くっ、アルマ、もう一発だ!」
「わかりました、サンダーボルト!」
そんな声と共に再び雷の魔法が放たれる。
さっきから離れた場所からチクチクと、なんとも鬱陶しい女だ。
男の方も今度は巻き込まれないように距離を取る。
まだ身体が痺れていたので、その雷撃が再び身体を貫いた。
ズドーーン!! ビリビリビリ!!
ウガガガァァ! ウルガァァ!!
激しい痛みと電流が身体を走る。さっきは不意討ちでスタンまで食らったが、今回は抵抗する。
身体を起こして両手を振り上げ電気を放散させる。
二度目で耐性も付いていたので今度は身体も動くようだ。あのクソアマぁ、絶対に許さんぞ!!
「この、くらぇぇ!」
更に再度、男の方が近寄ってきて追撃を仕掛けてきた。どうやらこの男は自分より速く行動するようだ。両手を構えて身体に直撃するのを防ぐが腕を斬られる。
手傷は負ったがやっと行動順だ、好き勝手しやがってからにこんちくしょう!!
くらえ我ぇ、ゴラァ!!
ゴラァァ!! ガキィィン
怒りに任せて目の前の男に両手を振り下ろし、その爪で攻撃する。
男は盾を身構えて爪撃を受け止めるが、耐え切れずにそのまま吹っ飛ぶ。
しかし直ぐに体勢を立て直してきた。そしてその男と目が合う……!
すると……ドクンッ……と、体の中心が強く脈打つのを感じた。
なんだ、これは……
己の中に流れる禍々しい原初の思念の奔流が思い起こされる。
そうだ……自分はこの男を知っている。
ハングリーグリズリーは己の魔物としての『存在意義』を思い出す。
そう、この男『勇者』に挑まれ、誠心誠意、全力で戦う事こそが自分をこの世界に生み出した『魔王』から与えられた【使命】なのだ。
グルルルゥ……
己の使命を全うする。
遂にその時が来たのだとハングリーグリズリは感情を昂らせる。
怒りも空腹も忘れて、頭が冴えて冷静になる。
そして思う、不意討ちを仕掛けてくるような卑怯な男が勇者とは嘆かわしい……と。
◆
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