おまけ回 マタンゴタンゴ

おまけ回 マタンゴタンゴ


 ここは魔女の森。ギルドの掲示板で受注クエストを受けて探索中だ。

 討伐目標はこの近辺を荒らしている大型の獣の魔物だ。


「この森には魔狼の他にも魔物は居るのかな?」


 ウォーキングウルフの群れを相手にしながら目撃情報があった付近に向かって歩いていたのだが、道中にふと気になって、そんな疑問を口にしたら、アルマにそれに反応して応えてくれた。


「えっと、居ますけどそんなに多くは見掛けないですね、この森の浅い場所はウォーキングウルフが主に縄張りにしてるので」

「ふむふむ、縄張りか、てことは他の魔物同士が同時に襲ってくる事はない?」


「探索エリアとかだとあまり無いですが、魔王やその幹部が軍を編成して侵攻してくる場合、魔物の種類やテリトリーも関係なく多様な魔物が一斉に攻めてくるようです」

「そうか、魔王が生み出して使役してるならその命令は絶対って事か……」


「そのようです、まあ魔族の方は案外自由主義らしく魔王に従わない者も其なりに居るらしいですけど、復活してまだそこまで経ってないのもありますが」


「え、そうなのか? ……復活?」

「他の種族を相手に商売とかしてる魔族も居ますよ……それに」


「……それに?」


 少し言葉を止めて考えている様子のアルマ。気になったので聞き返してみた。


「実は私も……この国に魔族の知り合いが1人居たりします」

「え? そ、そうなのか?」


「まあ一般人からすれば魔族も魔王もそう変わらないので、正体がバレると迫害の対象になり兼ねないのでその人は自分が魔族である事を秘密にしてますけど、魔族の特性でその容姿は様々ですが、知り合いは見た目も人族とそんなに変わらないですよ」


 言葉を少し溜めてたからてっきり実は私も魔族なんですよね〜、とかカミングアウトされるのかと思って焦ったわ。


「なるほど、確かに魔王軍に虐げられた者達からすれば、そういった偏見とかもありそうだけど、魔族全体が悪って訳でもないのか、何となく嗜虐的なイメージがあるから迫害されるとか聞くと、ちょっと意外ではあるけど」

「私はその友人の事を信用してますが、勇者様も出来たら内密にお願いしますね」


「分かった、まあ機会があればいつか俺にも紹介してくれ」

「!」


 どうやらアルマはその話を打ち明けるかで悩んだのかもしれない。

 今の自分には記憶がないので、魔族に対しての偏見とかも特にないのだが、即答したらアルマは少し驚いたような反応を見せた。


「? どうかしたのか」

「いえ、分かりました、魔導修道院で一緒に学んだ学友なので魔法の扱いにも長けていますし仲はそれなりに良いんですよ、自分が魔族である事に対して後ろめたさとかは感じてるみたいですが、お互いの悩みとかも相談出来る相手なんで、機会があれば勇者様にも紹介しますね」


「……えっと、その魔族の友人って、男性?」

「え?」


 何となく気になったので性別を聞いてみた。


 別にアルマと仲が良い友達だからって恋仲だとか疑ってはいないが、ククリコも性別はよく分からなかったし。もしその魔族の親友が男性で恋人とかだったら自分はどう感じるのだろうか。

 ククリコは印象的には女の子みたいだったけど、男性っぽい衣装だったので、男の子の可能性もあるかもだけど、こっちも後で聞いてみるかな。


「そんなに気になります?」


 またしても何やら濁す感じで、あざとさとかも少し感じるんだけどぉ?

 自然となのかわざとなのか分からないけどあまり良くない癖には感じる。


「いや、別に、少し気になっただけだし云いたくないなら言わなくてもいいけど」

「ふふっ」


「なっ!?」

「あ、いや、ごめんなさい、心配しなくてもその魔族の友人は女性ですよ」


「べ、別に心配なんてしてないけど」

「そうですかー」


「ぐぬぬ……」

「それと話を戻しますがこの森に生息する魔物ですけど、魔狼の他にはキノコの魔物と蛇の魔物は出ますね、そんなに強くないですが、どちらも状態異常の攻撃を仕掛けてくるので注意が必要です」


「ぬ、状態異常? また延焼状態とか感電状態になる感じ?」

「いえ、そうではなくもっと一般的な――」


 テロテロテロテロ、テーラーラー♪


 アルマの言葉を遮るように何処からか流れていた演奏が戦闘曲に切り替わる。


「またウォーキングウルフか?」


 警戒して身構える。すると茂みの奥から2匹のキノコの姿の魔物が現れた。


「あ、この魔物がそうですね、マイコニッド、マタンゴとも呼ばれる魔物です」

「……何かそのままキノコって感じだな」


 フンフン、フフン~♪


 なんだか楽しそうに踊ってるんだが、大きさは1メートル位で見た目的にはキノコに細長い手足が生えた様な感じだ。何故か2匹で寄り添いあい、曲に合わせてまるでタンゴでも踊ってるような動きをしている。恋人同士とかなのだろうか?


「……何か踊っているだけで攻撃して来ないし、俺の行動ターンっぽいな」


 密接してる魔物に近寄り、剣を構えて2匹同時を狙って横から斬り付ける。

 恋人同士だとしても魔物は魔物だ、油断してたらこちらが殺られるので容赦はしない。


「勇者様、胞子には気を付けてくださいね」

「あぇ!? 胞子?」


 何やらアルマに忠告されたが既に攻撃モーションに移っている。 


 ザシュ


 彼女を庇うように守りマタンゴがその攻撃を受ける。このキノコ何か紳士だ。

 と、あれ、切り付けた剣がめり込んで途中で止まったんだが。


 すると斬られたマタンゴが動き出す。

 体を震わせてその傘から細かい胞子を噴き出した!!


 フンスフンス、ブワァァア……":;';:„ ボフッ


「うわぁ、何だこれ!?」


 ダメージは特にないのだが、これがアルマが言ってら胞子にゃの……

 ううん、うつらうつら、こくり、こくり…………はっ!?

 ね、眠い、何だこれ、ダメだ、魔物との戦闘中に寝たら流石にヤバい!!


 気合いで睡魔に抗わないとぉ……スヤァ


 マタンゴの“睡魔の胞子”によりピヨヒコは夢の世界にいざなわれた。


「ああ、勇者様!」

「Zzz...zz...」


 フムフムー♪


 もう一体のマタンゴがその声に反応したのかアルマに向かって突進してくる。


「くっ」


 体当たりによるダメージは殆ど無いがアルマは詠唱するのを忘れていた。

 マタンゴは火に弱いのでファイアボールでも簡単に蹴散らす事は可能なのだが、その慢心が油断に繋がった。ピヨヒコは傍らでスヤスヤと幸せそうに寝ている。


 少し思考するアルマ。自分の行動ターンなのだか、その杖を振りかぶる。

 そのターゲットは……


 すやすや、宿屋で時間が飛んだとか聞かされたけどちゃんと眠気も感じるしこうして寝ることも出来るんじゃないか、う~ん、やっぱりちゃんと寝た実感がないと気分もスッキリしないよなぁ、むにゃむにゃ、あと5時間くらいこのまま寝ていたいなぁ……Zzz...zz... ポコッ!!


「いたっ!?」

「あ、勇者様、起きましたか、大丈夫です?」


「あぇ、ここは?」

「しっかりしてください、まだ戦闘中ですよ」


 どうやら寝ていたようだ。何か鈍器のようなもので殴られた気がする。

 おそらくアルマが自分の杖で殴って起こし助けてくれたんだと思う。


「戦闘? ああ、そうだった、悪い、何か寝てたみたいだ」

「マタンゴの胞子の影響です、睡眠以外の状態異常を引き起こす事もあるので気を付けてください」


「ああ、わかった、ところで何か殴られた気がするんだけど、アルマが起こしてくれたのか?」

「え、えっと、いえ、もう1匹のマタンゴが寝ている勇者様に襲い掛かって来たようです」


「そ、そうか、油断してすまない」

「私も手負いのマタンゴに追撃したのですが、まだとどめはさせてません」


「……ああ、分かった」


 アルマに杖で殴られた実感はあるのだが、本人が嘘を吐いてまで否定してきたので、ピヨヒコもそれ以上は追求するのを止めた。と言うかサラッと嘘を吐いてきたね、ちょっと意外だ。

 とは言え油断してスヤスヤと寝ていた自分に対して気を遣い、杖で殴って起こしたとは云いずらかったのかもしれない。


 別に起こす為に殴ったなら咎めたりしないし、寧ろ有難いのだが……状況によっては俺も仲間を殴ってでも正気に戻さないといけない場面がくるかもしれない。

 冷静な判断をしたアルマに感謝しつつ自分も肝に命じておこう。


「それと勇者様、マタンゴを剣で切るなら横から斬るより縦から斬った方が効果的かもです」

「む、そうなのか? わかった、試してみる」


 そう言うとアルマも今度は魔法を使うようで詠唱を開始した。

 前のターンの内に目が覚めたので、ピヨヒコも行動が出来るようだ。

 アルマに云われたように手傷を負わせたマタンゴに対して縦から斬り付ける。


 ザシュ!


 フンスー!……ガクッ

 フムー!! ガーン!!


 すると先程とは違いサクッ、と刃が通り、そのままマタンゴの身体が割けた。

 黒い靄を出して1匹が消滅する。


「おお、スゴい、なんだこれ、さっきと違ってすんなり剣が通ったぞ」

「それは魔物の性質によるものですね、マタンゴの場合は身体の菌繊維が縦に繋がっているので、それに合わせて斬りつけたのでクリティカルが発生したんです」


 既に詠唱を終えたのかアルマが応えてくれた。


「クリティカル?」

「勇者様、後ろです、気を付けてください!」


「え?」


 ガシッ、ブワァァ……”’;„"„ ポフッ


 戦闘中に悠長にお喋りするなど論外だ。ピヨヒコは再び油断した。

 相方を倒されて怒ったのか、残ったもう1匹のマタンゴがピヨヒコの背中に張り付いて、身体を振るわせ胞子を撒き散らす。


 フムフムー!!


「ヤバい、また寝てしまう!」


 そう思い今度はピヨヒコも眠気に対して抵抗行動を試みる。さっきは戦闘中に寝てしまったが、アルマの前で二度も同じ失態は出来ない。

 それに状態異常は段々と耐性が付くとも聞いたので、気合いを入れれば寝ないで耐えらゃれるはずにゃろ……ありゃ??


「はれ、にゃにこれ? 頭がボ~とひて、にゃんかふらふらするぅ?」

「ああ、勇者様!?」


 残されたマタンゴの“狂乱の胞子”によりピヨヒコは錯乱した。

 そしてマタンゴはそのまま背中に張り付いて“寄生状態”でピヨヒコの行動を制御し始めた。


     §


「……えぇ?」


 魔法使いのアルマは困惑した。ファイアボールの詠唱は既に済んでるけど、もしこのまま魔法を発動したらピヨヒコまで延焼に巻き込んでしまう。

 まるでこちらの魔法を予測していたかのようなマタンゴの行動だ。このキノコ何か賢いぞ。


「くっ」


 アルマは仕方なくファイアボールを放たずに詠唱をキャンセルする。

 すると杖に溜めた魔力は霧散して、その輝きを失う。

 そのまま待機行動をすれば次の行動で先制も出来るが、詠唱を破棄しないと別の行動が出来ない。


「勇者様、正気に戻ってください!」

「み?」


「あ、無理そう……」


 呼び掛けてみたが、錯乱したピヨヒコはまるで某大作RPGに出てくるスライムのような丸い目をしていた。そして背後のマタンゴに操られるままにアルマに襲いかかる。


「ひぇ、ま、待って、勇者様、正気に戻って!」


 その剣で斬られたら流石にマズイと思ったが、そこまで繊細な指示は出来ないようだ。逃げようとしたアルマだったが、後ろから抱き付かれて羽交い締めにされ、拘束された。


 そしてそのまま容赦なく胸を揉まれた、むにゅ


「ふぇ!? あ、んっ……っ」


 ピヨヒコの大胆な行動にアルマは困惑する。

 マタンゴに操られているのだが何故か的確に胸を鷲掴みされた。もし正気な状態でこんな行為をされたら……思わずそんな妄想をしたら、次第に鼓動は高鳴りその頬が赤く染まる。


「ゆ、勇者様……あの、は、離してください、んっ」

「アルマ逃げろ、こいつは俺が抑えているからぁ!」


「ひゃ!?」


 ピヨヒコは錯乱しながらもそんなセリフを吐いた。どうやら幻でも視ているようだ。


 正気じゃない事を確認したのにアルマは何故か少し安心した。

 身体を触られて戸惑ったが、その台詞で少し冷静にもなった。


 フムフム〜


 どうやら操っているマタンゴも同時に行動扱いになるようで、再びアルマの行動順だ。

 しかし慌てたのでまたしても詠唱はしてない。

 それにこの状況では延焼効果のあるファイアーボールは使えない。


 どうしようか考え、取り敢えず拘束を解く為に身体を動かし抵抗する。しかし胞子でピヨヒコの潜在力を引き出しているのか全く振りほどけない。


「あー、もうっ、強くて振りほどけないし、勇者様、正気に戻ってください!」

 

 そう呼び掛けるが、それと同時にある懸念が生まれる。

 もしこの状況で勇者様が正気に戻ったとして、私は今のこの状態を見られて耐えられるのか……


 答えは否だ! すごく恥ずかしい!! きっと今後の冒険が気まずくなる。

 そんな事を考えてたら、マタンゴの指示で拘束してた錯乱状態のピヨヒコが再び動き行動を行う。

 その大きな手でアルマの大きなおっぱいを再び揉みし抱く。


 ガシッ、むにゅむにゅ、もにゅ


「え、ちょっと!? ひゃん、勇者様……あっ、んっ……っん」


「アルマ、どうして逃げない、何でそんな顔をしてるんだ!?」

「ふぇぇ!?」


 どんな幻を視てるのか分からないけど、そんな台詞を耳元で囁かれて戸惑う。

 待って、顔? 私は今一体どんな貌をしていたの!?

 アルマは耳まで真っ赤にして自分のとろけた顔を思い浮かべた……!!


 フムフム~


 この拘束行動にダメージはないのだが何故かこのマタンゴは拘束を解かない。

 仲間が居れば有効だとは思うが、このままではずっとこの状況が続いてしまう。


 ずっと? いや、ずっとは困る! いやそれより、もしかしたらそろそろ……


「うぅ……」

「!!」


 まずい、このままだと勇者様の錯乱状態が時間経過で解けてしまう。


 アルマは再び必死の抵抗行動を試みる。

 しかし錯乱したピヨヒコはそれを強引に阻止する、抵抗するとそれだけ身体を密着させて、強く拘束して抱き付いてくる。


「むむむ……む、無理いぃ、ふ、振りほどけないぃ!」

「絶対に逃がさないぞ、アルマは俺が守るんだぁ!!」


「ええ!? あっ……ん……くっ!」


 ピヨヒコの力強さとその台詞にドキドキしながらもアルマは決断する。

 そして次のターン、詠唱を開始する。ターゲットは背中のマタンゴだ。


 その詠唱に気が付いたマタンゴは、寄生したピヨヒコに再び指示を出す。

 またしても拘束行動だ。アルマは背後から抱き付かれて身体をまさぐられる。

 それに何かさっきから腰の辺りに硬い感触が……? 


 これって……まさか!!


「……っ ///」


 アルマはそれがナニか理解した。触られてる恥ずかしさも合間って心臓の鼓動が高まり顔が更に赤くなる。それでも恥ずかしさに耐えながら詠唱を続ける。


 そんな一連の行為を画面の中から眺めている少女が居た。


     ◇


「いや、なにこの展開、普通の雑魚戦で突然こんな状況になるの?」


 桜子はその2人の様子を眺めながら、少し頬を赤く染めてた。


「どったの姉ちゃん?」

「え!? いや、べ、別に~、それより――」


 まずい、今この場には弟も居るんだ。まだ小学4年のとしをには別に気にもならない戦闘シーンなのかもしれないが、私は非常に気まずい。

 適当に理由を付けて弟のとしをを少しの間、部屋から追い出す事にした。


 てか、このゲーム油断するとエッチぃ感じの展開になったりもするの?

 聞いてないんだけどぉ!?


     ◇


「う、うーん?」


 ここは何処だろう? 何か周りが白い霧で覆われているんだけど?


 確か変なキノコの魔物と戦っていて……あ、そうだ、まだ戦闘中だった!!

 目の前を確認すると、今にもアルマに襲い掛かろうとしているマタンゴが居た。


 行動順の事も忘れてピヨヒコは必死にそのマタンゴを抑えつけようと飛び掛かる。

 どうやら自分の行動ターンだったらしく何とか束縛に成功した。


 ピヨヒコはマタンゴの狂乱の胞子により錯乱して幻覚を視ていた。


 むにゅ んっ……っ


 ガシッ、と両手で抱き付いてマタンゴを抑えたのだが、何か手触りが気持ちいい気がする。

 キノコの魔物だし身体も柔らかいのかもしれない。


 それに何かさっきよりも体長が大きいような、こんな大きさだっただろうか? いや、それより今はアルマが心配だ。俺がこの魔物を拘束してる間に安全な場所まで距離を取ってもらおう。


「アルマ逃げろ、コイツは俺が抑えているからぁ!」


 だがアルマはその場から動こうとしない。

 霧のせいでその表情はよく分からないが一体なにが起きたんだろう。


 そのまま膠着状態が続くが行動ターンなのか拘束してたマタンゴが抜け出そうと暴れだす。くっこの、力を込めるとそこまで力がないのか何とかそのまま拘束状態を維持出来た。


 しかしアルマは何で逃げないんだろう? もしくはこの押さえている状態なら、杖で攻撃しても有効的だとは思うのだが……


 ピヨヒコはそんな事を考えながらマタンゴの動きを押さえ込む。

 拘束を解いて自分の武器でマタンゴを斬り付ける判断はしないようだ。


 そもそも決定権は自分にはないので背後の少女の判断に任せるしかない。

 今は後ろを確認する余裕もないのだが……何か背中に違和感を感じる。


「……勇者様……!」


 何処からか自分を呼ぶ声がした気がした。しかし周囲を確認しても白い霧で覆われているだけだ。と言うかここは何処だ? いつの間にか霧で森が覆われたのか?


 それにやはり背中が重いような気もするのだが、気のせいだろうか?

 そしてよく見るとアルマは何故か悲しそうな表情をしている様にも見える。


 すると抑えていたマタンゴが再び暴れだし動かないアルマに向かおうとする。

 ピヨヒコはその拘束を更に強め抱き付いてそれを阻止する。


 ガシィ、むにゅむにゅ、もにゅ あっ、んっ……っ……ん


 柔らかいマタンゴの感触も何か気になるが今はアルマが心配だ。


「アルマ、どうして逃げない、何でそんな顔をしてるんだ!?」


 だがやはり返事はない。もしかしてアルマもさっきの自分みたくマタンゴの胞子を浴びて立ったまま状態異常になっていたりもするのか?


 それにしてもこのマタンゴはやっぱり何処か触り心地、と言うか揉み心地? が良く、むにむにしていて感触が気持ちいい。それに何か抱き付いていると不思議な安心感がある。


 と言うか何か変な喘ぎ声みたいなのが聞こえた気がするんだが、もしかしてメスなのだろうか?

 キノコの魔物に性別があるのかは分からないけどカップルで踊ってる様子だったし、相方の方は何処か紳士的な感じだった気がする。


 魔物の肉は食材にもなるがこのマタンゴも倒せばこの柔らかいキノコも食材として手に入るのかもしれない。それでも素直に喜んで良いのか悩む。


「うぅ……」


 おそらくは仲の良い恋人同士のマタンゴだったので、魔物とは言え少し罪悪感は感じるのだが、その命を食する事で自分の糧にされてもらおう。


 少ししんみりしてると再びマタンゴが暴れだす。そうだった、物思いに耽ってる場合じゃない、このままだと目の前で立ち呆けている無防備なアルマが危ない!!


 何がなんでもこの拘束を解くわけにはいかない。

 ピヨヒコは思いっきりその身体に抱き付いて力強く絶対に離さないようにした。


「絶対に逃がさないぞ、アルマは俺が守るんだ!!」


 むにゅ あっ……ん……くっ!


 恥ずかしげもなくそんなキザな台詞を吐いて、その柔らかいマタンゴの身体の感触を感じながらも拘束を強めて、決して逃さないようにした。


 しかしここまで身体を密着していると変な高揚感を感じると言うか……何となくだが、ちょっと如何わしい気分になってくる……ムクッ


「!?」


 え、いやいや、嘘でしょ!? 相手は魔物だぞ?

 いくら何でも無いわ、例えメスだとしてもこんなキノコの魔物に反応するとか!?


 困惑しつつも先程からちょくちょく聞こえる喘ぎ声に耳を傾けると自然と身体の一部が堅くなる。

 え、ちょっ、ちょっと待って、おちん、ゲフン、落ち着け、俺のキノコ!!


 いくら触り心地のよい柔らかい感触だとしても魔物に欲情したとか、しかもアルマの目の前で!?


 ピヨヒコは焦る。キノコとは思えない良い匂いまでしてきて鼻腔を刺激する。

 何かちょっと前にも嗅いだことがあるような気もするのだが思い出してる余裕はない。

 取り敢えず冷静になれ、鎮まれ、た、耐えるんだ!!


 そ、そうだ、きっともう少ししたらアルマも正気になるはずだ。


 すると願いが通じたのか目の前のアルマが動きだして杖を身構えた。

 良かった、どうやら正気に戻ったようだ。

 魔物に身体が反応した事をバレないように顔を引き締める。


 このまま抑えているのでその杖で攻撃を頼む!

 そう心の中で伝えたら、それに応じるようにアルマはなにやら詠唱をし始めた。


 え、ちょっと、アルマさん? 魔法を使うの?

 このままだと俺も一緒に巻き込まれるんだけど!?


 戸惑うピヨヒコ。しかし、アルマの詠唱は止まらない。そして――


「サンダーボルト!!」


 キノコの焦げる香ばしい匂いが辺りに漂った。


      §


「はぁ……」


 アルマは二度とマタンゴには油断も容赦もしないと心に誓った。


 先程のウォーキングウルフの群れとの戦いでも氷結魔法を使ったので、今のうちに自分で用意していたマジックポーションでMPを回復する事にした。


 伝えるタイミングを逃していたけど、回復ポーション類は自前でもそれなりに用意はしていた。

 でも勇者様はこちらを気遣ってくれたのか購入したマジックポーションを全部渡してくれた。

 回復アイテムを片方に偏らせるのは多少リスクもあるのだが、その気遣いには素直に感心した。


 それに魔族の友人の事もすんなり受け入れて、自分にも紹介して欲しいと言った。

 あまりに無警戒なので驚いたけど、でも嬉しかった。

 つい意地悪な事も言ってしまったけど、何かその反応も含めて、可愛いと思った。


 この勇者様はとても優しい人だ。


 頼りになるかはまだ分からないけど、マタンゴの胞子で幻覚を見せられていた時に言っていた、本心と思われる発言は、力強くて頼もしくて、ちょっとカッコいいと感じた。

 常識に疎くてよく変な質問もされるけど、素直に聞いてくれるし頼られてるので嬉しくも感じる。


 魔王を倒すにはまだまだお互いに未熟ではあるけど、そこは私がちゃんと支えないと。

 だって、それが私に与えられた“使命”なんだから。


 側で倒れ寝ている勇者様の“マイコニッド”も感電でのスタンの影響で既に収まっているようだ。なるべく見ないように視線を背けるのだが、何となく注目してしまう。


「それにしても、男の人ってあんなに……」


 そ、それに勇者様に身体を触られて、最初は戸惑ったけど、別にそこまで嫌ではなかったかも、大きな手が逞しくて、布越しに指が擦れて、それでだんだん気持ち良くなって……それに私の身体に反応して勇者様の方も、あ、あんなに大きく、硬く、悶々……


 ピヨヒコが起きないのを良いことにアルマは妄想に耽っていた。


     §


「……アルマ?」

「ひゃいっ!?」


「アルマ、大丈夫か?」

「ゆ、勇者様、コホン、目が覚めましたか?」


「えっと、あれ、どうなったんだっけ?」

「マタンゴが二匹出現したのでそれを2人で倒したんですよ」


 アルマは再び誤魔化す事にした。これは必要な嘘なんだと自分に言い聞かせる。

 如何わしい妄想をしていた事を悟られてはいけない。


「そうだっけ? あ、そう言えばそうだった、マタンゴの胞子で寝ちゃってアルマに起こされて、そのあと、何だっけ? 何か柔らかいものを掴んでいた感触があるんだけど、それにアルマが何か目の前で……」

「……っ///」


「アルマ?」

「いえ、その後もちゃんと勇者様が活躍して見事に敵を倒したんですよ」


「そうだっけ?」

「そうですよ!」


 何か記憶が朧気なのだが、アルマがそう言うならそうなんだろう。

 取り敢えず無事にマタンゴに勝利した。


 そしてどうやら【マイコニッドの茸】を2つ手に入れたようだ。

 魔物の食材なので肉屋でも売れるとは思うがこれは自分達で食べてみたい。

 手触りが良く柔らかくて良い匂いだったからきっと美味しいはずだ。


 落ち着いたのでそのまま再び探索を続ける。


「そう言えばアルマの助言でマタンゴに縦から斬り付けたら本当に威力が上がったん気がしたんだけど、クリティカル? て言うのか?」

「ですね、要は相手の弱点を狙った攻撃ですね」


「ふむ、つまり急所になる攻撃か、確かに相手の特性や弱い部位とか把握していれば、武器での通常攻撃でもダメージが上がりそうだけど、戦闘中だと魔物もただ突っ立っている訳でもないだろうし難しそうだな」

「その辺の武器の取り扱いとか基礎知識は、ギルドの特別講習でも実戦を交えて詳しく教えて貰えますよ、それに基本的なスキルも武器に合わせて1つ教えてくれるので」


「え、スキルまで覚えられるの!?」

「受講料は少し掛かりますけど、時間とお金に余裕があれば受けてみるのもありかと、私も座学の方は一通り受けましたし、まあ私の武器は魔法に適したタイプの杖なので、技スキルは使用してもあまり訳には立ちませんが……」


「ふーむ、覚えとくかな、もしかしたら後で行くかもしれないし」

「それにクリティカル判定は魔法にもありますね、先程も説明しましたが相手の弱点を付いた属性魔法だと、通常よりも与えるダメージが大幅に増えるので」


「魔物の特性に合わせた戦い方か……」

「クエストに挑んでいればある程度は自然と身に付きますけどね」


「そう言えば討伐対象は大きな獣の魔物なんだっけ?」

「そうですね、おそらく炎の魔法が有効だと思われます」


「ふーむ、炎ねぇ……」


 それならもしかしてアレが有効なんじゃないか? あ、でもこれ俺が思い付いても背後の少女に伝えられないと実践では使ってくれない感じか? どうしよう、俺から話し掛けても反応しないし。それに今はアルマも居るし。でも戦闘で有利に戦えそうだし、ダメ元で強く念じて伝えておくかな。


 それとアルマに聞いた補助魔法も場合によっては使えそうなので、これも一緒に伝えておこう。

 むむむっと強く念じたら、通じるかもしれないし、と言うかなんか辺りに良い匂いが漂ってるな。


 香ばしく焼けたキノコの匂いを嗅いで、少しお腹が空いた。

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