第7話 昨夜はお楽しみでしたね

第七話 昨夜はお楽しみでしたね


 ファーラビットが火魔法でこんがり焼かれる様子を間近で見て恐怖した。

 傍らにはその元凶である、今日の昼過ぎに出逢った若い女魔術師が居る。

 今後も一緒に冒険する仲間なので怒らせないように細心の注意を払おう。


 ギルドが運営する宿屋のカウンターにやって来たピヨヒコと仲間のアルマ。

 対応してくれたのはサバサバした感じの美人な宿屋の女店主だ。


「あら、いらっしゃい、ここは宿屋です、お泊まりになられますか? 一泊お一人様50ゴルドになります、部屋数に余裕はあるので個室を割り当てる事も出来ますが、パーティーなら割引価格で、二人部屋、四人部屋、五人以上で泊まれる大部屋も選べますよ」


 そう説明されてアルマは少しホッとした顔をした。国からの要請で勇者の仲間になったとは言えまだお互いの事を殆ど知らないし、男女なのでやはり不安などもあるようだ。


 そんなアルマの気持ちを察したので、ピヨヒコも個別に部屋を頼むつもりだ。


 一緒に魔物を倒して食事をして少しは打ち解けたとも思っているが、最初に声を掛けられた時は、オドオドした感じだったし、男性である俺に対して少なからず不信感もあるのだろう。

 自分としてもその日に会ったばかりの若い女性と同じ部屋で寝るよりは、個室の方が気兼ねなくゆっくり休めそうだしな。そう結論づけて口を開く。


「あ、じゃあ二人部屋で……!?」

「!?」


 しかし自分の意思に反して、そんな台詞を吐き出した。

 勝手に口が動いたピヨヒコとそれを聞いてたアルマが同時に驚く。


「あ、あの、勇者様……た、確かに仲間になった以上はパーティーで相部屋や雑魚寝、遠征などで宿が取れない場合は夜営や野宿なども覚悟はしてますけど、お互いプライベートもありますので、部屋に余裕があるなら今回は別々に休んでも良いのではないでしょうか?」


 あわあわと完全な拒絶ではないが狼狽うろたえながらそう提案するアルマ。

 そしてピヨヒコもまた同じようにアワアワと狼狽えていた。


「あ、いや、これは俺の意思じゃなくて、声が勝手に……」


 そんな2人の様子を眺めていた宿屋の女店主はその言葉を遮る。


「はい、二人部屋ですね、それなら二階の角部屋になります、ギルドに加入してる冒険者でしたらパーティー価格で2人で一泊80ゴルドになります、ありがとうございます、ごゆっくりどうぞ」


 お金を支払い鍵を貰ったピヨヒコは、自分の意思とは関係なく指定された部屋に向かい歩く。

 アルマも何か言いたげな表情ではあるが、そのまま無言で同行する。


 部屋に入って中を確認すると広さは一人部屋とそこまで変わらないらしいが、ベッドで寝るだけなら2人でも余裕のある広さだった。これなら疲れた体をゆっくりと休める事は出来そうだった。


     ◇


「いや、大部屋ってなんだよ、そんなのもあるんかこのゲーム」


 ゲームを遊びながらテレビの画面を観てた少年は忌々しげにそんな事を呟いた。


 まさか空腹デバフ以外にも不眠不休で寝不足デバフなんて起きないとは思いたいが、夜は魔物の危険度が増すらしいので、食事をした後そのままギルドが経営する宿屋を利用する事にした。


 ファングボアとの戦闘で主人公のHPとアルマのMPも少し減ってたので、その回復が目的でもあるのだが、価格が安い二人部屋を選んだ。


「てかパーティーで個別に部屋を割り当てるとか、もう意味が分からん」


 体力を回復するだけなら割引価格なんて設定別に必要ないし、このゲーム変なところでリアルにこだわって余計な説明や選択肢が多すぎるぞ。


 ステータス画面では確認が出来ない隠しパラメーターとかも他にも多分ありそうだし、夜も特に目的がない場合は面倒だけどなるべく寝ておいた方が良さそうだ。しかも空腹状態を示すゲージや数値などはわざと隠してあるのか何故か自由に確認が出来ないクソ仕様だったし。


 そんな事を考えていた少年だったが、画面の中のピヨヒコにそんな意図を汲めるはずもなかった。


     ◇


 部屋にはベッドが2つ、少し離れた間隔で並んで配置してある。

 備え付けのランタンも置いてあり部屋全体を程よい感じで照らしている。


 奥のベッドに腰を掛けたアルマが少し戸惑いながらもこちらを見ていた。


 宿と言うことでアルマは肩から掛けていた鞄と装備していた三角帽子、羽織って着ていた厚手のローブを脱いで、下に着ていたリネンのワンピースだけの状態だ。


 そんなアルマの姿を見てピヨヒコも少し緊張するが、自分の意思とは違う勝手な行動をした事で、申し訳ない気分になり手前のベッドの前に佇んでいた。

 と言うかなんだこの状況は、どうすんのこの空気、このまま2人で寝るの!?


「……」

「……」


 気まずい沈黙と空気に堪え兼ねたのか、アルマが口を開いた。


「勇者様、パーティーでの実戦お疲れ様でした、ファングボアは初心者の狩場だとかなり強い魔物だったんですが、空腹状態にも関わらず危なげなく勝てましたね、流石でした」

「え? あ、ありがとう、楽に勝てたのはアルマの魔法があったお陰な気もするけど、見た目も派手だし威力も凄かったな」


「いえ、そんな、私なんてまだまだですよ」

「属性とか状態異常とか色々と難しそうだけど俺も魔術の資質や適正とかあれば、魔法職に転職したり魔法が使えたりするのかな? もしそうならその時はご指導をお願いするよ」


「えっと……、はい、私に教えられる事ならなんでも、任せてくださいね」

「ん、なんでも?」


 そんなことを言われたので何故か妙にアルマの事を意識してしまった。


 目が合うとお互い相手を意識して落ち着かない様子なのだが、ピヨヒコはそんなアルマを改めてよく視てみる事にしてみた。


「じぃー……」

「ゆ、勇者様……?」


 アルマはこの雰囲気に緊張してるのかその頬を少し染めている。


 身長はそんなに高くなく平均よりも小柄な印象だけどスタイルは良く、着ていたローブで隠れていて気付かないフリをしてたけど、その胸は思ったよりも大きい、と言うかぶっちゃけ巨乳だ。


 そんな邪な視線を悟られまいとその豊満なバストから目を反らす、スッ


「……っ」


 しかしそんな意図を感じ取ったのか、アルマは恥ずかしそうに視線を反らして、その胸を自身の三角帽子で然り気なく隠した。口元も帽子で隠して自然な上目遣いでこちらを警戒しているのだが、その仕草が何か余計に色っぽく、魅力的に感じる。


 明らかに動揺しているアルマだがピヨヒコの観察はそれでも止まらない。


 ふんわりとした感じのセミロングの髪型で淡いピンクの髪色、可愛らしい印象の整った顔立ちに、自信が無さげにしてる薄い眉、おっとりした少し眠たそうな瞼に長いまつ毛、大きな瞳が印象的だ。


 歳は十代後半くらいにも見えるが、普通に美少女とも言える容姿でとても可愛い。

 自分の年齢は記憶喪失の為によく分からないが、おそらくは同世代くらいだとは思われるのだが、落ち着いた雰囲気もあるのでもしかしたらアルマの方が歳上なのかも?


 ローブや帽子は全体的にシックな色合いで派手さはないけど如何にも魔術師って感じで着こなし、アルマによく似合っている。髪の毛のピンクと衣装の黒のコントラストが際立って印象的だ。


 最初に感じていたオドオドして頼りない印象は既に払拭している。と言うか今の俺よりも普通に強いと思う。まだ出会って間もないが性格はおだやかで理性的だし博識でその知識や魔法も頼りになるので、既にピヨヒコは仲間としてアルマの事を信用していた。


 それに魔物に臆さぬ強い心と、非情になれる精神力も兼ね備えている。

 冒険には必要不可欠だし、それもアルマの魅力の1つなのかもしれない。


 でもファイアーボールで焼かれたファーラビットは可哀想に感じたけど。

 魔物とは言えあの悲痛な断末魔がまだ耳に残っている。

 ドロップした素材はちゃんと有効活用するので、怨まずに成仏してくれ。


 再びアルマと目が合うのたが、先程とは違う緊張感も若干感じる。


「ごくりっ」


 そんな可愛くて穏やかで胸も大きく、包容力があって頼りになる無慈悲な若い女性と夜の宿屋の同じ部屋で二人きり……そんな状況なら何かあらぬ展開を期待したり、ドキドキもするのだが。


「……チラッ」 

《……》


 その傍らに目を向けると何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、こちらをただただ画面の中から眺めている、もう見慣れた坊主頭に丸くて平たい顔で、気の抜けたような表情をしている“少年”の姿があった。


 宿の一室に若い男女2人と画面の中の1人の少年、何処かシュールな光景だ。

 ピヨヒコは、ズズズーーン……と気分が落ち込んできた……


「あの、勇者様」

「?」


 警戒しつつこちらを伺っていたアルマが、そんな沈んだ様子に気が付いたのか、声を掛けて来た。


「私はまだ魔術師としては見習いですが、魔王に苦しめられている人々を勇者様と一緒に救いたい気持ちはあるので、どうかこれからも宜しくお願い致します、わ、私も頑張りますので!」


 突然こんな状況で困惑してるはずなのに、そもそも国から要請されて半ば強制的に仲間になったはずなのに、それでも今後も仲間として付き添ってくれるとアルマは言ってくれた。


「……俺みたいな何も分からないようなダメな勇者でも良いのか?」

「最初から何でも出来る人なんて居ませんよ、分からない事はこれから覚えればいいんです、私もまだまだ未熟なので一緒に成長しましょう」


「ああ、そうだよな、不安な事が多くて弱気になっていたようだ」


 自身の記憶もなく、説明もなく、更には操られながら勇者としての魔王を倒す使命を与えられた、そんな状況を知ってか知らずか、癒すような、慰めるような、アルマの優しい言葉に、すさんだ心が救われた気がした。どうにもならない状況ではあるが、俺ももう少しだけ抗ってみる事にしよう。


「ありがとうアルマ、一緒に世界を救う為に頑張ろう!」

「はい、勇者様」


 見つめ合う2人、お互い意気投合して先程とは違い空気も重くない。

 そんな和やかな雰囲気にはなったのだが、その緩んだ空気を打ち破るような場違いな声が唐突に聞こえてきた。


《なんで寝るだけなのにベッドで休むかどうかの選択肢まで出てくるんだよ!!》

「!?」


 背後に浮かぶ画面からそんな少年の声が聞こえた。

 それと同時にピヨヒコの視界が暗転する。


 ……な、何が起きた!?


 チュンチュンチュンチュンチュンチュンチュ~ン♪


 何処からか突然鳴り響く謎の効果音。

 状況が分からずに戸惑っていたが少しすると視界がハッキリしてきた。


 そして、その目の前には、宿屋の女店主が居た。


「…………は?」


 何が起きたのか意味がわからず呆気にとられる。

 ピヨヒコが立ってる場所はギルド宿屋のカウンターの前だった。


「あら、お客さんおはようございます、ゆっくり休めましたか?」

「……え?」


 女店主の言葉に困惑して固まる。

 さっきまで部屋でアルマと2人でこれからも頑張ろう、と話をしていたはずだ。


「どうかしましたか、勇者様?」

「!!?」


 その声に反応して背後を見る、そこにはアルマが立っていた。


「な? な、なにこれ!? 何で、いきなり立っていた場所が変わった?」


 いつの間に移動したんだ!?

 自分に何が起きたのか理解できずに困惑していると、女店主が小声で


「昨夜はお楽しみでしたね」


 と、言ってきた。


「!?」


 その言葉の意味がピヨヒコには全く理解出来なくて更に混乱する。

 アルマを見てみると何故か顔を背けて、その頬を少し赤らめていた。


 え、ちょっと? なにその反応!? 記憶はないけど俺がナニかしたのか!?

 訳が分からなくなりその場で困惑していると、再び世界は暗転する。


 あ、ヤバい、なにこゑ


 ピヨヒコは瞬間的に思考がシャットダウンして、ブラックアウトする感覚に襲われた。


 それと同時に意識が遠のく──────……ブツンッ


     ◇


「ふぅー……何か疲れた」


 ここは少年の住んでいる家の自室。

 セーブしてから遊んでいたゲーム“ワンダークエスト”を一旦止めた。

 少年が立ち上がり、背伸びをする。


「ん~……はぁ……」


 少年の名前は【佐藤としを】どこにでも居るような普通の小学生だ。


 このゲームは親戚の叔父さんが家に訪ねてきた時にお土産として貰ったものだ。

 叔父さんの話だとこのゲームは量販店のワゴンセールの中古で買ったとは言っていたが、思った以上にクオリティが高くて、休憩せずにここまで遊んでしまった。


 セーブはメニュー画面から選択すればいつでも可能なので、途中で何度か実行したけど、何故かデータを保存するスロット枠が1つしかなくて上書きのみだった。その上で状況によってはゲームの進行に合わせて、オートセーブもされるようだ。


 1人で遊ぶタイプのRPGだと、この仕様はかなり珍しい気もするのだが、ちょうど宿屋で寝たタイミングで、画面端にオートセーブ中のアイコンが表示された。

 その後すぐに確かめる為に自分でもセーブして、一旦ゲームを止めたけど、確認したら任意に使えるセーブデータとは別枠扱いだったようで、実質セーブ枠が2つある感じだ。

 まあオートセーブ枠はこちらから選んでセーブ出来ないし、どのタイミングでセーブされるのかもまだよく分からないから、ロードしてやり直す為の、バックアップ的な扱いにはなるのだが。


 何処でもセーブ可能なのにスロット枠が1つだと状況によってはボスの直前とかでセーブして、詰んだりもしそうなので、オートセーブはその際の救済処置的な感じなのかも?

 いや、だったら最初から普通に使えるセーブ枠をもっと増やせって話なんだけどな。


「うーん、しかしこのゲーム、最初に思った感じとは大分違ったなぁ」


 パッケージのデザインを見た感じだとレトロな王道RPGっぽい印象だったので、もっと気軽に遊べると思ったけど、実際に遊んでみたら全くそんな事はなく、とにかく設定が多くて細かいのだ。


 戦闘システムもそうだが、世界観や登場人物なども思ったよりも細かい設定があるようで、固有名詞を覚えるだけでも大変だ。リアル寄りなグラフィックも相まって、レトロどころか、どちらかと言うと骨太なダークファンタジーって印象の方が強いかも。


 職種やクエストなども色々と選択肢があり、やりごたえはありそうなのだが、正直面倒くさいと言った気持ちの方が既に強かった。


「むぅ、面倒だけどちょっとゲームシステムを振り返ってみるかな……」


 先ずは武器で分別されて【剣使い】【盾使い】【槍使い】【弓使い】【槌斧使い】【杖使い】と【素手】から選択して、使い続ければ熟練度が上がと武器の基本的な技スキルを覚える事が出来る。


 武器の技スキルは、スタミナポイントと呼ばれるSPを消耗して発動する。

 魔術師が魔法を使うのに必要なMP=マジックポイントとは区別されていた。


「まあ魔法とスキルで消費ポイントを分けるのは良くある設定だけどな」


 主人公はまだ覚えてないが、このまま剣を使い続ければ、剣技スキルを覚えるようだ。

 そこから更に装備可能な武器で、関連付けされた適正職業を選ぶ。


 基本職である【見習い冒険者】の他にも【剣士】【盾士】【槍術士】【斧士】【狩人】【格闘家】など、使用した武器に基づいた戦闘職がある。

 武器の技スキルは熟練度で覚えるけど、適正職と一致する事で補正ボーナスが付き、更にスキルツリーを開放していくと、基本技から派生する必殺技的な、奥義スキルとかも覚えるようだ。


「つまり武器には熟練度があるけど、その系統技を全部取得するには、戦闘職のスキルの方も極めないといけない感じか、うーん、だったら最初から全部スキルツリーでプレイヤーの好きなように覚えさせたら良いのに、しかもこれ上級職とかも普通にありそうなんだよな」


 剣士のスキルツリーを極めたら【剣豪】や【ソードマスター】とか、或いは【剣聖】とかも定番だし、あるかもしれないな。まあ今のは推測だけど、実際に様々な職種があるようで【斥候】は、短剣類しか武器は扱えないのだが、マッピングや探索、索敵が得意で罠解除なども出来るみたいだ。


 そして【術師】はMPを消費する事で色々な魔法を操る事が出来る。


 その上で使える魔法の属性の系統は、キャラによって変わってくるらしい。

 その適性によっては別に魔法職じゃなくても魔法を使う事も出来るようだ。 

 更には魔法の基礎的なのチュートリアルはギルドとは別に設けられている。


 杖使いは技スキルの他に魔法も扱い【魔術師】と【支援術師】の基本職があるようだけど、肝心の魔導修道院とか言う施設はまだ入れないようで、適性とかも今すぐは調べられない。

 おそらくある程度、メインストーリーを進めれば解放される感じだとは思う。


 詳しくは分からないけど、こちらも適正による派生職とかもありそうな気がする。

 まあ仲間のアルマが魔術師だし、主人公まで魔法職になる必要はなさそうだけど。


「魔法を覚える為にわざわざ違う専門施設に行く必要性、魔法の習得をシナリオに絡めてくるなら展開的には寧ろありなのか? 別に冒険者ギルドで統合すれば良い気もするけど」


 それ以外にも主人公の行動次第で解放される隠れた職業まであるみたいだ。


 町での泥棒行為で主人公に発現した【盗賊】の他にも【傭兵】や【騎士】更には【吟遊詩人】や【踊り子】に【料理人】なども、町を探索した感じだと、そんなNPCも居たので、もしかしたら条件次第では転職可能になるような気もする。アイテムに食材があるし、空腹デバフなんて要素もあるので、少なくとも料理を作る要素はあるとは思うし。


 それにアイテムを活用した【薬師】や【罠師】などの専門職まであるようだ。

 だとしたら、もしかして魔物を使役する【魔物使い】なんて職業もあるかもしれない。

 そんでもって幼馴染と結婚して石にされて、子供達と一緒に最終的には魔王を倒す感じだな。


「いや、そこまで真似たら完全にパクりになるから、流石にないとは思うけど」


 ちなみに職業によってボーナスもあり盗賊の場合、素早さに補正が付いた。

 魔法職ならそれに関連した魔力や知力とかにもボーナス補正が付くようだ。

 職種による重量制限なんて設定まであるようだが、面倒なので目を背ける。


「ジョブによって特性を特化させるのは、役割がハッキリ分かれて面白いよな」


 そして【スキルツリー】は各職業にそれぞれ成長の道筋があって、成長ポイントを割り振る事で、それに応じたスキルの習得や魔法の使用権限の解放、便利なパッシブスキルの習得に、ステータスの補正のボーナスの追加など、順を追って開放していく事になる。

 魔物を倒して得られる経験値によるレベルとは関係なく、メニュー画面にはスキルツリーの項目があり、貯めたポイントを消費すれば、任意のタイミングで習得可能なスキルなどを獲得出来る。


 成長ポイントはそれに関連したイベントや行動を行う事で蓄積して、その職種に見合ったスキルを覚える。盗賊の場合“窃盗”などで敵の装備を盗んだりも出来るようで、それにより戦闘が有利になったりするようだ。他にも情報収集でも使えそうな便利そうなスキルが幾つかあった。


 他のジョブのスキルツリーもギルドの受付で内容を確認した後、メニュー画面でも転職しなくても欲しいスキル一覧とか閲覧出来て参考にはなるのだが、とにかく種類が多いので覚えきれない。


 聞き込みのついでに行った漁り行為で、盗賊の職業ポイントはそこそこ貯まったけど、取得可能な技能を確認すると“二刀の心得”があったので、これは便利だと考えて、ポイントは取り敢えず使わずに貯めておいた。それに見習い冒険者が覚えられる“スキルセット枠拡張”も超優良スキルなので、あとでタイミングを見て獲得しときたいところだな。


 戦闘でも使える職業スキルは、技スキルと同じくSPと行動ターンを消費して使えるRPGでは定番の【アビリティー】みたいなものだが、窃盗とかは成功率があり、相手の状態にも左右されるようだ。そして職業スキルは戦闘スキルだけではなく、盗賊なら聞き耳や鍵開けなど、特定の状況では便利そうな技能スキルをいくつか覚えられる。


 魔術師のスキルツリーも極めれば、上級魔法の使用制限の解放や、呪文の詠唱を速める高速詠唱、使用するMPを抑える魔力効率化、などの強力なスキルも覚えられるようだ。


「某大作RPGの成長システムとも似てるけど、オマージュは今更だし気にしたら負けだな」


 パッシブスキルは一度覚えれば転職してもそのまま使えるのだが、スキルセットの枠が限られているので、覚えただけ全部使える訳ではなく、状況によって切り換える必要がある。

 装備やスキルに関しては、マイセット登録機能も一応あったので、それは便利なので助かるな。


 そしてキャラ固有の独立したスキルまである。

 アルマなら【アナライズ】による解析で、敵の性質や残りの体力などが戦闘のターン時に行動を消費する事もなく、常に表示されるのでかなり便利だ。


 それに主人公も【ストレージ】と呼ばれる固有スキルを1つ覚えてはいるのだが、こちらも戦闘向きのスキルではなかった。

 他にも同じ系統のスキルを覚えるかもしれないが、結構面白い設定のユニークスキルだった。


 それとこの世界の人間は【人族】と呼称されていて、他にもエルフやドワーフなども普通に居て、多種多様な種族がこの王国で共存して生活している……設定らしい。


 もし他の種族のキャラが仲間になるなら種族特性の固有スキルや得意な属性魔法とかもあるのかもしれない。と言うかここまで細かく個性分けしてるなら、おそらく有るだろう。

 種族ごとに適性のある職業とかもありそうだし、ドワーフの鍛冶屋とかは定番だしな。


「固有スキルか、キャラの個性にも繋がるし、いっそのこと魔法も技能スキルも全部それで1つにまとめればいいんじゃね? その方が簡潔で分かり易いし」


 職業ポイントはその職種に就いてなくても一応貯まるのだが、適性職に就いていた方が効率的に貯められるようだ。盗賊になった今なら更にポイントは貯まり易いとは思うけど、泥棒行為を咎められるような発言や、NPCの好感度の変動もあるようなので、今後はバレないようにコソコソと行う必要もありそうだけど……窃盗スキルを覚えれば戦闘でもポイントが貯まる感じかな?


「職業に関連した行動で成長ポイントが貯まるのは、面白そうなシステムだけど、色々なゲームの似たようなシステムを混ぜ合わせた、闇鍋状態で何やら危険なんだが、大丈夫なのかこれ?」


 ちなみに剣士など武器を扱う戦闘職や魔術師なら戦闘中に攻撃したり、スキルや魔法を使えば、自然と成長ポイントも貯まる、と言うかこれが普通だよな。


 一個一個こんな細かい行動の選択肢とか作ってたら設定するのも面倒だと思うんだけど、スキルの説明文だと盗賊ひとつとっても町の人に対して、窃盗スキルを使えるみたいだし、成功や失敗の判定だけでも膨大な情報量になりそうなんだけど……もしかして住人1人1人に、盗めるアイテムを設定してあったりするのか?


「正直RPGとしては無駄な要素が多すぎるな、食事の概念はまだいいとしても空腹ゲージなんて、遊んでるプレイヤーからしたら管理が面倒なだけなんだが、その辺は考慮して欲しかったな」


 よくこのゲームシステムを採用して、こんな非合理的なゲームを作ったな。

 しかも聞いた事もないようなタイトルだし。隠れた名作って感じなのか?


 魔法職の適正の判別や取得方法は、チュートリアルがまだなのでよく分からないけど、技スキルとは分けてるし、もしかしたら魔導書とか手に入れる事で魔法を覚える感じなのかもしれないけど、まさか魔法1つ1つに習得する為のイベントとかあったりはしないよな? 


 何かその可能性もありそうだから否定しきれないんだけど。


 更には基本職の他にも固定職などもあるようで、主人公が目指す【勇者】以外にも【軍師】や【魔女】それに【聖女】や【英雄】などのワードも、町での聞き込みの際には出てきた。


 それに加えて称号とか言うそれらと関連する要素まであるし。


 いや、そんなに色々とやり込み要素とか詰込む必要ないだろ、職業なんて別にキャラに合わせて固定でも良いし、そもそも転職なんて要素も個人的には要らないし、ジョブシステムとか云われると聞こえが良いから採用したとかそんな感じだったりしないよな?

 ネットを繋いで多人数で遊ぶオンラインRPGでもないのに、あ、いやでも確かパッケージの説明文だと一応オンラインにも対応してるとかも書いてはあったような?」


 最近は1人で遊ぶゲームでも追加パッケージや課金要素とかも普通にあるけど、どのみち貰い物のゲームでしかないし、今のところオンライン要素なんて出てきてないからそのままスルーかな。


 ストーリーに関しても魔王を倒すって言うシンプルな目標があるんだから、それを目指して一本道のシナリオを進む感じで良いと思っていたけど、クエストの数も頭を悩ませる要因ではあった。


 魔王討伐が最終目標である【メインクエスト】の他にも、職業関連で発生する【ジョブクエスト】やギルド掲示板から受注する【サブクエスト】がある。

 しかもギルド掲示板を確認したら素材回収などの【採集クエスト】に指定された魔物を退治する【討伐クエスト】それ以外にも【食材クエスト】や【労働クエスト】とか言うよく分からないものまであった。


「いや、なんだよ労働クエストって、そんなん他のゲームでも聞いた事ないわ」


 選択肢や行動次第でシナリオが分岐する仕様なら、イベントを回収するだけでも大変だよな。

 マルチエンディング形式ではないと思うけど、RPGなんて何度も繰り返して遊ぶジャンルでもないから、もしかしたらクリア後に“強くてニューゲーム”的な要素とかがあるかもしれない。


「はぁ……」


 戦闘をしながらパーティーを育てて、クエストを攻略していくのは楽しそうだとは感じるけど、少年の今のモチベーションは既にそこまで高くはなかった。


 クリアまで遊ぶかどうか聞かれても、正直なんとも言えないところだ。

 そしてその細かい設定に嫌気がさして辟易して、ついには愚痴りだす。


「と言うか宿屋で確認した5人以上の大部屋って何だよ、そんなに大人数の仲間を引き連れながら、わちゃわちゃと戦闘する感じなのか!? 職業の数に合わせて、仲間の数もそれだけ多い感じなのかこのゲームは!? だったら余計に転職なんて要素は要らないだろ!?」


 宿屋なんて体力を回復するだけなら、部屋なんて別に必要もないし、それこそ何かオブジェクトでも配置してそれに触れば全回復とかで良いと思うんだけど。

 それに空腹デバフも管理が面倒なだけだし、食事の概念なんてのも、そもそもゲームなんだからなくても問題ないし、しかも何だよ20種類以上の料理って、いくらなんでも多すぎるわ!!


 それにお金に関しても、モンスターを倒しても直接ゴルドにならないので魔物の素材をわざわざギルドで換金する必要があるのだが、魔物の肉はまた別の換金所で売る必要があるようで、所持金を稼ぐだけでもこの面倒な工程なのだ。


「いや、せめてそこはギルドで統一しろよ、移動するだけでも大変なんだよ!!」


 かなり鬱憤が溜まっていた少年は思いっきり不満をぶちまけた。


「はぁ、なんでゲーム遊ぶかどうかでこんなにイライラしなきゃいけないんだろ、楽しくないなら別に止めればいいだけじゃん……」


 そうは言いつつも別にそこまで飽きた訳ではないのでどうするか悩んでいる少年だった。確かに面白い要素もあるし、主人公が記憶喪失になった原因とかも含めて、シナリオの展開は気になる。


 そう言えば酒場で絡まれてそのまま放置していた女盗賊も、専用のジョブクエストを進めると、何となく仲間になりそうな印象だったな。見た目も何気に凝ってたし。

 でも職業も盗賊で主人公と被ってるし、面倒だから暫くはそのまま放置するかな。最低限の仲間は必要だけど、話し掛けるまでずっとあの場所には居るだろうし。


 もしもメイン以外のサブクエスト関連でも仲間がどんどん増える仕様だったら、パーティー編成や装備の管理、セットスキルの組み換えとかもあるだろうし、想像しただけで面倒なんだけど。


「何か愚痴ってたら本当に面倒になってきたな……」


 しかもまだ最初の町なんだけど、他にも行ける場所が増えるなら、場所によっては王国みたいに拠点になって、そこでも色々とイベントが発生するのか?

 メインシナリオだけ進めればクリア出来るなら、それ以外は全部放置でも良いけど、でもそれでサブイベント関連が消失して遊べなくなる仕様なら、それはそれで何か嫌だし。


 せめて王国の中の施設は、コマンドで選べば即移動とかならまだ良かったけど、そんな事はなくキャラを操作して移動しなければいけないし、しかも何故か“走る”機能が存在してないみたいで、普通に歩いてる主人公に対してもストレスを感じるんだが。


 ゲームのグラフィックは思った以上に精巧で、キャラクターデザインも好みだし、作り込まれた街並みや人物の細かい仕草とかも再現されてるし、主人公の背面からの追従カメラで観ていて普通に楽しいのだが、王国はやたらと広くて区分けまでされているので、移動するだけでもかなり大変なんだけど、いや、だからせめて速く走れよ!!


 そして何よりもキツいのは、このゲーム独自のシステムのせいで思ったようにシナリオが進行しない事だ。宿屋に泊まるだけで仲間との会話イベントが発生するって、どうなってるんだよ。

 しかもセリフが全部“フルボイス”なんだけど。信じられん、よくこんなシステム採用したな。


 少年はゲームの楽しさよりも色々と面倒な気持ちの方が既に上回っていた。


「うへぇ……」


 あまりに細かく無駄とも言えるゲームシステムに正直げんなりする。


 それとちょっと意味が分からないと言うか、不思議な出来事もあった。

 途中でトイレに離席した時に『ワンダークエスト』がどんなゲームなのかネットで攻略サイトや口コミでの評価などを検索してみたのだが……


 そんなゲームは『存在しない』かのように、情報が全く出て来なかったのだ。

 いや、このネット社会のご時世にそんな事があるのだろうか?


 うーむ、何というか、まるで玩具を与えられたAIが、勝手に過去の大作ゲームを参考にして、容量とか体裁とかも気にせずに自由に作ったような、印象的にはそんな感じだよな。

 まあそんな事ある筈ないけど。そんなゲームあるなら、それこそネットで話題になるだろうし。


「……いや、なんなんだよこのゲーム」

「あ、としを、もうさっきのゲーム止めたん?」


 このままこのゲームを続けて遊ぶかどうか悩んでいると、部屋の入り口から声を掛けられた。


「ああ、姉ちゃん、うん、何か少しモチベーション下がって一旦区切った」

「ふーん?」


 そこに居たのは中学の制服から着替えて部屋着になった少年の実の姉だった。

 手には美味しそうなアイスを持っている。オレも食べたい、後で食べよう。


 オレがこのゲームを遊んでいたら途中で学校から帰宅して、背後から眺めていたのだ。

 特に口出しはしてこなかったし、学校帰りに買ってきた漫画を読みながら片手間に、傍目で見ていただけだけど。帰宅した際にはトイレ離席しそのまま放置してたのがバレて注意された。


「なに? もう飽きたの? あんたこの手のRPGは面倒だと途中で投げてばかりだよね、さっきまで楽しそうに遊んでたじゃん?」

「ぐぬぬ……」


 反論したいが事実なので口籠る。


     §


 弟のとしをには悪癖があった。RPGとかだと特になのだが、最初はゲームシステムや世界観にハマって、楽しみながら遊ぶのだが、途中で面倒になったりストーリーが終盤に近づくと、それに比例するかのようにモチベーションが下がっていくのだ。


 今までも中途半端で投げ出して積んだゲームは数多い。


 本人曰く、このままラスボスを倒してゲームをクリアしちゃうのが何か終わりが近いと実感して、寂しい気分になるから嫌らしいのだが……


 要は何故か途中でやる気が萎えてしまう燃え尽き症候群なのだが、私からすればそれはゲームを作った開発者に失礼な行為だとも思う。まあゲームなんて誰かに強制されて遊ぶものでもないし、遊びたい時に遊んで、飽きたら止めればいいとも考えてるから、いちいち口を挟んだりはしないが。


 飽き性の弟には、長時間拘束されるRPGは性格的にも合ってない気がする。


 ちなみに私は割と凝り性な性格なので、やり込み系ゲームはそれなりに遊ぶのだが、ジャンル的に好きなのは、推理ものなどのテキストアドベンチャーと、乙女系の本格恋愛シミュレーション。

 FPSや格闘ゲーム、アクション系のゲームなんかも父親の影響でそこそこ遊んではいるけど。


 取り敢えずハマったゲームのイベントCGやトロフィーは、基本的には全回収なのだ。


 と、誰に云うわけでもなく心の中で好きなジャンルを紹介する少年の実の姉。

 気持ちがダレて明らかにモチベーションが下がってそうな弟を見て口を開く。


「としをがもう遊ばないなら、私が代わりにそのゲーム遊ぼうかなー」

「むぅ……」


 まだ序盤なのにもう投げ出した弟を煽るような言い方で反応をうかがう。

 弟の性格からして、絶対に最後まで遊ばないと納得してるなら、この提案を受け入れるはず。


 少し悩みつつも元々は叔父さんからの貰い物だし、飽きるまで楽しめればいいかとも考えていたので、少年は姉のその提案を渋々だが受け入れる事にした。

 

「姉ちゃん、途中から後ろで観てたなら戦闘とかシナリオも少しは分かったろうに興味があるならこの続きから遊べば良いぞ? 最初の方のストーリーとか観てなかったところは知りたきゃ教えるし、要点を書いたメモも一応あるし、もし最初からやり直すなら別にそれでもオレは構わないけど、時間は結構掛かったからどうするかは姉ちゃんが決めていいぞ」


「お、そうかい? まあでも時間とかも限られてるから気が向いたら遊ぶかな、対応するゲーム機本体もこっちに1つしかないし、独占は出来ないからねー」


 少年の姉【佐藤桜子さくらこ】は溶けかけのアイスを食べながら、楽しそうに口を緩めてそう言った。


 実は弟が遊んでいるのを後ろから遠目で観ていて、自分も遊んでみたいとか思っていたのだが、その事は告げない。だってそんな事いちいち伝えたら意地になって抵抗してきそうだし。


 弟のとしをには合わなかったようだけど、何となく自分なら楽しめる予感はしていた。


「まあ暇潰しにはなるだろうし、面白いゲームなら良いんだけどね」

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