〇〇を送る話
高原リク
≪死≫を送る話1
冷たい風の合間に暖かい日差しが体に降りかかる冬の午後、ビルとビルの合間はひと際強く冷たい風が吹き抜ける。
そんなコンクリートジャングルの一角、とあるビルの屋上で黒い衣に身を包んだ男が通りを眺めていた。
「あいつは……来年だなぁ……。
あっちの爺は……まだ7年も生きるのか……。
見た目じゃわかんねぇもんだなぁ。」
男は手を庇替わりに行きかう人を見ては言葉を漏らす。
そんな時、後ろのドアがガチャリと音を立てて開いた。
開いたドアの先には、一人の女の子が立っていた。
女の子は男に脇目も振らず、転落防止の手すりに向かって歩いていく。
その子には少し高い手すりをよじ登り、コンクリートの端、転落まで10cmくらいのところまで進み20mほど先の地面をにらみつける。
男はその女の子を一瞥して目を輝かせた。
「おい、そこのお前。落ちても今日は死ねねぇぞ。」
突然声をかけられた女の子は声の方に振り返る。
そして目を見開いてその姿に驚く。
女の子の目には全身に黒い薄い布を纏い、大きな鎌を肩に担いだ骸骨の姿が映っていた。
死神。
俗にそう呼ばれるであろう姿に、少女の目は釘付けになっていた。
「俺には人の死期が見える。お前は明後日、もう2日は死ねねぇよ。
だから今飛び降りても無駄に終わるぞ。」
「そんなの、やってみないとわからないじゃない?
たとえあなたが死神でも、ここから落ちれば人は死ぬわ。
それが世界で決められてることなの。」
そう言うが早いか、彼女は屋上から地面目掛けて自由落下の体勢に入った。
「無駄なことを……。」
死神はそうぼやいて彼女を見やる。
飛び降りた少女はすぐ2つ下の階で警備員に服を掴まれ停まっていた。
「言わんこっちゃない。」
そんな声が聞こえたのか少女は死神をにらみつける。
警備員からしこたま怒られた彼女が解放されたのは、助けられてから1時間ほどしてからだった。
死神を見つけた彼女は速足で近付いていく。
「ねぇ、明後日なら死ねるって本当?」
開口一番そう聞く彼女の目は黒く淀んでいるように見えた。
「あぁ、間違いねぇよ。俺達死神の目は死にゆく者を何時迎えに行けばいいかわかるようになってるんだ。
お前は明後日、12月24日の20時13分だ。」
「そう……。まぁいいわ、明後日になれば死ねるのね。」
そう言って彼女は笑った。
「お前に言っておかないといけないことがある。俺達死神の仕事についてだ。」
「死神の……仕事?……。」
彼女は不思議そうに首をかしげる。
「あぁ、そうだ。俺達の仕事は死にゆく者が今世に満足し、次の生に前向きになれるように手伝うこと……。魂は輪廻の輪の中で巡り、変わっていくもの。
そんな変わりゆく魂を次の生に導き、輪廻の輪から逸れる魂を無くすのが仕事だ。」
少女はその話を聞いて少し考え込む。
「……魂が輪廻の輪から逸れたらどうなるの?」
「輪廻から逸れた魂は現世にとどまり続ける。
俗にいう悪霊とか怨霊とか、そういったやつらがそれた魂のなれの果てだ。
そうなったやつらはもう二度と戻れない。
それか……。」
「それか?」
「何でもない、大体の魂は輪廻に戻るか、現世で悪事をするかだ。」
「ふぅん……。ねぇ、私は輪廻に戻れるの?」
「あぁ、間違いなく戻るだろうな。俺が戻れるように導いてやる。」
「そっか……。」
少女は少し目を伏せる。
死神は彼女に続ける。
「ただ、輪廻の輪に戻るには一つだけ条件がある。
現世で満足することだ。心残りがあると次の生が歪む。
生が歪むと魂が変遷して、元々優しいヤツだったのに犯罪者になるように生まれ変わったり、性格が悪い方向へ変わりやすくなるんだ。」
「心……残り?……」
「あぁ、誰それに会いたい。思いを伝えたい。誰かに愛されたかった。美味い飯をたらふく食いたい。
……人によるが満足して逝く人間なんてのは少ねぇもんだ。
そんな心残りから魂を開放してやるのも俺たちの仕事だ。」
「それって、私のも?」
「もちろんそうだ。
だから、お前の心残りを教えてくれ。」
「……美晴。篠田美晴。私の名前。」
「ミハル、お前の願いなんだ。なんでもかなえてやる。」
「……私に願いなんて無いわ。
あるとしたら早く死にたい。それだけ。
あ、でもどうやって死ぬかだけ教えて欲しいな。」
「……ミハルの死因は、……事故……だな。」
「事故かぁ……ありきたりすぎてつまんないね。」
「若いうちに人が死ぬのはそんな理由ばっかりだ。」
「まぁいいや。
ねぇ、後二日暇だから私に付き合ってくれない?
あっちこっち遊びに行くのに大人がいたほうが都合がいいの」
「構わないが……俺は普通の人には見えないぞ。
死期が近付いたものには姿を見せることが許されてるが、それ以外のヤツには姿を見せられないんだ。」
「別に、その姿じゃなくてもいいの。
そうね……できれば男で24,5歳くらいのかっこいい人がいい。」
「そういうのならできなくはないか……。」
男は姿を変える……。
黒いボロボロの布はパーカーにジーンズへ、頭骨からは金に近い茶髪が生え、空ろな両目には赤い瞳がはまった。
ぱっと見芸能人と見間違うようなイケメンが少女の前に現れる。
「いいじゃん。じゃぁ遊び行こ!」
美晴は死神の手を引いて夜の街へ繰り出していった。
〇〇を送る話 高原リク @asknao19940815
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