守護者の対立
ヘリコプターのローターが巻き上げる風が、古代の石段を叩いていた。カスタ神殿の表面を這う青白い光が、夜空を切り裂くサーチライトと交錯する。シュナイダーが降り立つ様子は、まるで征服者のようだった。
「見事な働きでした、速水博士」
彼の声からは、もはや優雅な取り繕いが消えていた。その目は、期待と強迫観念に満ちていた。
「古代文明のネットワークを活性化させるには、あなたの量子数学的な直感が必要だった。そして実際、素晴らしい成果を上げてくれた」
理子はホログラフィック・ディスプレイに映る解析データを見つめながら、静かに告発した。
「あなたは最初から知っていた。古代建造物の真の機能を」
「ええ」シュナイダーは微笑んだ。「私の組織は何世紀もの間、この瞬間を待ち望んでいた。人類を次の段階へと導く、その鍵を」
彼は腕を広げ、活性化した建造物ネットワークを指し示した。世界中の古代遺跡が放つ量子シグナルが、地球規模の干渉パターンを形成している。
突然、遺跡の暗がりから人影が現れた。
「その妄想は、そこまでだ」
山岸の声には、いつもの慎重さが消え、代わりに古い力が宿っていた。彼の背後には、ガルシアの姿もあった。老研究者の手には、見慣れない装置が握られている。
「やはり」シュナイダーの目が細まる。「あなたが本物の守護者だったか」
「守護者?」理子は山岸を見た。
「私たちは代々、超文明の遺産を見守ってきた」山岸は静かに説明を始めた。「人類が正しい時期に、正しい方法で、この知識を理解できるように。それは一朝一夕には行かない。強制的な飛躍は、必ず破滅を招く」
「しかし、その時期は既に来ている」
シュナイダーが遮る。彼の手には、小型の量子制御装置が握られていた。
「人類は自らを超越する準備ができた。古代の量子ネットワークを使えば、私たちの意識を量子レベルで結合できる。より高次の存在への跳躍を」
「それこそが、彼らが警告した未来だ」
ガルシアが前に出る。彼の持つ装置が青く明滅し始めた。
「古代文明は、同じ過ちを犯した。強制的な進化が招く悲劇を、彼らは経験したのだ」
「守護者たちの臆病さこそが、人類の進歩を妨げてきた」
シュナイダーの声が冷たくなる。彼の制御装置が起動し、神殿からの量子シグナルが急激に強まった。
「知識を隠し、可能性を封印してきた。しかし、もうその必要はない」
その時、理子が一歩前に出た。彼女の声は震えていたが、確信に満ちていた。
「私が解読したメッセージの一部。それは警告でした」
シュナイダーの表情が変わる。
「古代文明は、量子技術による意識の強制的な統合が、どれほどの代償を伴うかを知っていた。彼らもまた、同じ過ちを犯したことがあるのです」
彼女は自身の量子センサーを操作し、解読したメッセージの一部を投影した。古代の数式が、警告の意味を明確に示している。
「ナンセンスだ」シュナイダーは手を振った。「速水博士、あなたの役目はもう終わった。私たちが...」
その時、異変が起きた。神殿の表面が、これまでとは異質な青白い光を放ち始めたのだ。
「これは」山岸の声が緊張を帯びる。「防御システムの発動か」
シュナイダーの部下たちが武器を構えた。しかし彼らの動きを、不可思議な力が阻んでいる。神殿から発せられる量子場が、物理法則そのものを歪めているかのようだった。
「理子」山岸が呼びかけた。「私たちにはまだ、やるべきことがある。人類が正しい道を選べるよう、導かねばならない」
理子はうなずいた。彼女にはわかっていた。これは単なる考古学的な発見でも、技術的な革新でもない。人類の進化の岐路に立つ、重大な選択なのだと。
カスタ神殿の青い光が、満月の下で静かに脈動を続けていた。
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