魔法使いと人間は共存できるのか?差別が蔓延る世界の温かさについて
中田ろじ
赤上尚登という魔法使いの場合
「なあ。お前。魔法使いなんだって?」
多分に揶揄を含んだ口調。指摘された
「な、んの話。かな」
「とぼけたって無駄だよ」
この高校は混合制の普通科だ。だから人間がいたって魔法使いがいたって構わない。受験をして合格すれば一介の高校生として認められる。だから尚登が大袈裟にリアクションをする必要はなかった。だけれどこれには例外がある。
魔法使い狩りの人間に目をつけられなければ。
「尚登君さあ。どうして教えてくれなかったんだよ。自分が魔法使いだってことを」
自分を優秀だと思っている奴ほど、他者を区別したがる。大林はまさしくその類だった。自分より劣っている人間を見つけるのが得意だし、何より弱者と認めた瞬間から容赦をしなくなる。
尚登は大林の顔をまともに見ることができない。視線は窓側の最後列の机にいってしまう。菊の花が机のうえに置かれて以降、彼は登校することをやめてしまった。
葬式ごっこを主導したのは目の前の大林である。
「別に。隠していたわけじゃない」
「よく言うよ。知ってるだろ。僕が魔法使いが嫌いだってことを」
あからさまな差別主義者。でもそれは別段珍しい現象ではなかった。実際、休み時間のいま、クラスメイトは大勢教室に残っている。だけれど尚登たちに構わずおしゃべりに興じていた。おそらく聞き耳は立てているのだろうけれど。
「で。尚登はどんな魔法が得意なんだよ」
「……」
答え方によっては何をされるか分かったものではない。
「もしかして。
犯罪魔法。その言い方は大層な侮蔑を込めた言い方で、当たり前だけれど人間側にしか浸透していない差別用語だった。魔法使いのことに無理解な人間ほど、差別用語の言葉の棘は鋭利になっていく。
何を言っているんだ。魔法ってのは千差万別だ。使う人の心次第で善意にも悪意にも応えられる。だから、犯罪魔法なんてものは存在しない。
そんな風に整然と主張できたらどんなにかいいだろう。だけれど現実は物言わぬ石となって固まっていることしかできなかった。
「ほら。確認させてくれ。お前も。隆大みたいな劣等種族なんだろう」
瞬間。頭に血がのぼる。隆大のことを悪く言われたからだった。
「お前ら劣等種族は。自分たちが愚かな魔法使いであることを否定できないんだろ。悲しいな。愚かで愚図であることを認めなきゃ、自我が保てないときている。ほら、さっさとゲロしろよ。自分は劣った種族です――」
「ま、魔法使いは。己に誇りを持っている」
震える声でも。それが弱弱しいものだったとしても。
「僕は。魔法使いであることに誇りを持っているよ」
大林が獲物を捕らえた目をした。尚登はいまさらになって気づく。大林の意図にまんまとはまっていたことに。
「やっぱり下等種族だな」
ぼそりと大林は呟いて、
「みんな聞いてくれ。ここに不正入学した魔法使いがいる。その名は
声をあげて演説を始めた。クラスメイトはくすくすと忍び笑いをしながらも、黙って大林の演説を聞いている。
「不正入学したくらいだ。きっとこれまでも多くの卑劣な手段をしてきたに違いない。窃盗や強盗は当たり前。もしかしたら襲われた女子生徒もいるんじゃないか」
それはとても不快な空気だった。大林に誘導されるというよりは、全体の意識が尚登を敵視することに向かって突き進んでいる感じ。大林はただの指揮に過ぎない。全員の目的は決まっているのだ。魔法使いの排除。
「ということでまずは。赤上尚登には透明人間の魔法にかかってもらいたいと思います! 分かりましたか皆さん。僕の合図でここにいる魔法使いが消失しますからね。人間だってこのくらいのマジックはできるというところをみせつけてやりましょう。それではいきますよ、さん、にい、いち。はいっ!」
パチン、と大林は盛大に手を打った。その瞬間、クラスメイトたちに表情が失われる。誰もがよそよそしくなり、ちらちらと尚登に視線をやる。あくまでさりげなく。
「お前は。何日耐えられるんだろうな」
大林が尚登の方に向かって言うが、その目は尚登を見ていない。
人間の魔法にかかる魔法使い。いや、マジックにかかる魔法使いとでも言えばいいのだろうか。
人間の脅威。それは数による圧倒だ。
尚登は震える。ここからの高校生活が最悪なものになるのは目に見えていた。
チャイムが鳴った。透明人間認定されたとしても高校生の本分が学業であることは変わりない。
教科担任の
「先生。赤上尚登君は欠席です」
尚登の顔が再び青褪める。尚登の席は廊下側の最前列だった。
「赤上尚登……」
豊島先生が尚登を見る。完全に目は合った。
「……そうだな。欠席みたいだな」
そう言った豊島の蔑む視線を見て、尚登の視界は暗転する。その場で倒れられたらどんなに楽だろう。
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