この弓外伝。ブクマ100達成短編。

古嶺こいし

口は災いの元とは、まさにこれ

 ひっく

 ひっく

 ひっく





「ひっく」


 魔界入りしてからちょっとした頃。

 ドルチェットのしゃっくりが長引いていた。


「止まらないねぇ、ドルチェットのしゃっくり」


 俺の言葉にクレイも同意した。


「こんなに止まらないのなんて初めてじゃないか?」

「人生で初ですよ。ドルチェットってしゃっくり自体あまりしなかったので」

「子供の頃もか?」

「はい」

「ひっく…、うぜぇんだけどこ ひっく このしゃっくり。しかもなんか ひっく 脇腹いたくなってひ ひっく あああーーー!!!もうウゼェーーー!!!!ひっく」


 ドルチェットがしゃっくりしているだけでも面白いのに、そのドルチェットがしゃっくりに対してぶちギレているせいで、絶対に笑ってはいけない番組のようになっている。

 人間、笑ってはいけない場面だと笑いの沸点が下がるというのは本当らしい。

 そういえば昔、しゃっくり関連での都市伝説みたいな話があったな。

 あれはなんだったか。


 ああ、そうだ、思い出した。


「しゃっくりってさ、確か100回すると死ぬーみたいな話なかったっけ?」


 しんと、みんなが静まり返った。

 そんな静かな空間にドルチェットの「ひっく」というしゃっくりの音だけが聞こえる。


「なんで今そんなこと言うの?」という幻聴さえ聞こえる。


「…………ホラ話だよな?ひっく」

「だと思うけど、俺達はしゃっくり止めるために色々やってたなーって話。いや別に脅かすつもりはなくて、そんなに睨まないでよ」


 その時、ノクターンがポツリと「72回…」と溢した。


「え」

「いやなんで数えてんの?」


 クレイからの突っ込みにアスティベラードが説明した。


「すまぬな。ノクターンはつい些細な事を突然数えていたりする癖があっての」

「呪いのカウンターは忘れてたのに」

「些細なと言ったろうが」


 アスティベラードに怒られた。


「……その節はすみません……」


 しゅんとするノクターンだけど、あの時は間に合ったからノーカウントか。

 俺が悪いな。うん。


「とはいえ、ドルチェットだってずっとしゃっくりしているのも辛いだろうし」


 クレイの意見に肯定するようにドルチェットが「ひっく」と言う。


「ディラ」

「ん?」

「お前のところだとどうやってしゃっくり止めたんだ?」


 俺は記憶を巡らせた。

 しゃっくりと言えば、まずはアレだろう。


「んーと。まずは無難に驚かせたり」


 皆から冷たい視線が向けられた。


「ひっく」

「できると思います?」

「反射で殴られるぞ」

「うむ」

「だよね。却下」


 冷静に考えなくたって分かる。

 こんなことで怪我をしたくない。


「あとはー、なんだっけ。水を飲む?」


 クレイが水筒をドルチェットに手渡した。

 それを飲むドルチェット。

 飲み込んだ瞬間しゃっくりが出た。


「嘘つき ひっく」

「まぁこんなんでしゃっくり止まったら苦労しないわな。次!」


 アスティベラードが「あっ」と声をあげた。


「どうしたの?」

「うちでも似たのがあるな。確か水を飲むのは同じだが、やり型が違う」

「試してみよう。どんなだ?」

「コップの水を飲むのだが」


 俺は鞄からコップを取り出してクレイに渡し、クレイはドルチェットから戻ってきた水筒の水をコップに注ぎ、ドルチェットへと手渡す。


「コップの反対側から飲む??」

「は?」

「え?なに??」

「どう言うこと??」


 アスティベラードの言葉の最後がハテナなのも謎だが、言っていることもよく分からなかった。

 そこにノクターンの助け船。


「アスティベラード…言葉が足りません…。逆さから飲むのです…」

「?????」


 追加情報の筈なのに、ますます分からなくなった。

 ドルチェットも分からなすぎて困惑しながらしゃっくりをしている。

 そんな中、恐る恐るジルハが訊ねてきた。


「……逆立ちして飲むんですか?」

「どんな ひっく 曲芸師だよ」


 重力があるかぎり無理ではなかろうか。


「どんな体制でやるのそれ」


 ノクターンに訊ねると、何故か目を泳がせた。


「すみません…、そんなに長くしゃっくりをしたことがなかったので情報だけしか知りません…」


 確かに必要がなかったらやらないな。

 もしかしたらコップ以外にも必要な道具があったのかもしれない。例えばストロー的なものとか。


「待て、他にも方法があったはず。思い出すから待っておれ」

「ひっく 自分は待つけどしゃっくりは待ってくれ ひっく ぞっ!」


 そりゃそうだ。


「クレイはなんか無いの?」

「オレのか?そうだなー。たくさん息を吸って、胸元に力を入れるとかあったな」


 行き場の無くなった水を再び一気飲みしているドルチェットに提案してみると、早速やってみた。


「………………、……きぷっ」

「だめだな」

「だめだね」


 一体どうやったら止まるのか。

 その時、「……あの、残り10回です…」と、ノクターンから死刑宣告のお知らせが届いた。

 やばい時間がない。


「おい早く次の案寄越せ、こんな事で死にぷっ、たくない」

「91」

「はぁーやぁーくぅぅぅーー!!!!」


 珍しく焦るドルチェットに駄目もとで後ろから驚かせたり、逆立ちして水を飲もうとしたり、逆に大声を出して肺の空気を抜いたりしたが、しゃっくりは止まらずに遂に99回になってしまった。

 ドルチェット含め一同絶望である。

 まさかこんなところでパーティーの二番手攻撃手を失うなんて思わなかった。

 淡々とカウントを続けていたノクターンなんか物凄く顔色を悪くしていた。ドルチェットよりも死にそうである。


「クソオオォ!!!無念!!!」


 観念したドルチェットが腕を組んで叫ぶと、「ひっく」と100回目のしゃっくりをしてしまった。


 ドルチェットが無言で目をつぶって顔を空へと向けていた。

 なんの動きもない。

 大丈夫か?


「まさか…本当に死──

「ひっく しゃああおらああああ!!!死なねぇじゃねぇぇか!!!!」

「いたぁぁい!!!!?」


 勢いよくドルチェットに殴られた。

 怒りの籠った重い一撃だった。


「脅かしやがって!!!死なないじゃねぇか!!!」

「どうどう!!」

「ドルチェットどうどう!!」


 無駄に怯えさせられた怒りで暴れるドルチェットをクレイとジルハの二人掛りで押さえていると、アスティベラードが何かに気がついたように「ドルチェット」と声をかけた。


「しゃっくり、止まっておるではないか」

「……」


 ドルチェットがそのままの体制でしばらく待っていたが、しゃっくりは出てこなかった。


「もしかして怒りでしゃっくり止まったとか?」

「そんなことある?」

「あるかもしれないですね」


 何が結果的に良かったのか分からないが、とりあえずドルチェットのしゃっくりは止まってくれた。

 良かった。

 死因が“しゃっくり”とか洒落にならない。


 しゃっくりが止まり、死ぬ恐怖からも解放されて安堵されたドルチェットが何やら気持ち悪そうな顔をしていた。


「…………。水のみすぎて気持ち悪い」


 可哀想に。


「何はともはれ、止まって良かったな」

「だね」


 しゃっくりの犠牲者は出てしまったが(殴られた俺)、死人がでなくて良かった。

 ……いやよくないな、殴られた頭が痛い。


「はぁー、変に疲れたぜぇー。しばらくはしゃっくりは懲り懲りだ」

「あれ?そういえばノクターンは?」


 アスティベラードに姿の見えないノクターンを訊ねると、無言で下を指差された。

 なんだと思い視線を向けると、ノクターンは気絶していたのだった。






 この事件以降、俺達の中でしゃっくりを数えるのは禁止ルールが加わったのであった。


 完。









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