妄想

@waterwater

第1話 はじまり

 これは私の物語。いや、それは違う。フィクションのような実際の話。

 これを信じるかは私次第。

 私は日本人として生きていた。国籍はもちろん日本だ。

 いたって普通の家庭で育ってきた。

 私が思う普通だから、私以外はどう思うのかはわからない。父は東京の八王子方面が出身だ。

 なぜ、父の出身地を濁すかってそれは自伝も兼ねているからだ。

 そこはご了承いただきたいわ。

 駅から歩いて10分もいない所に実家があった。印象としては、戦争前から建てられた家屋。外観は黒い瓦に小さめの日本庭園があった。雨が降ると木製の雨戸を使って雨をしのいだ。古い家独特の木の匂いがしていた。風がよく通るので夏はクーラーが必要ないくらい涼しかった。その代わりに冬はとんでもないくらい寒かった。

 父は三人兄弟の次男だった。子どもの頃から黙々と一人で取り組むことが好きだったらしい。父の父、私にとっておじいちゃんはとても寡黙な男性だった。

 きっと父に対してもあまり小言などなかったのではないかと感じている。

 しかし、おじいちゃんはお酒が大好きだった。お酒を飲み始めると途端に上機嫌になって、これはもうどうしたのというくらい話出すのだ。

 その時に親子の会話があったのでないかと勘繰る。

 だって、わたしがそうだったもの。だから、おじいちゃんと話すときは夕食の晩酌の時だった。私は待ってました!とばかりにおじいちゃんの話す話を聞いていた。

 おじいちゃんは夏は白いタンクトップのような服を着ていた。きっと暑かったのだろう。よく新聞紙を読んでいたというよりも読み込んでいた方が正しいのかもしれない。私の体内時計に換算しても1時間以上あったのではないかと思えたのだから。

アハハ!と笑うお酒が入って赤ら顔なおじいちゃんに質問したことがあった。

それは太平洋戦争のこと。父は教師だった。養護教員をして次は中学校の教師になって社会と英語を教えていた。そのため父の本棚には戦争、特に太平洋戦争の本や資料が置いてあった。あとはキリスト教に関する本や分厚い参考書の数々。

私はとりわけ戦争の資料にくぎ付けになっていた。小学生の頃、父が仕事の時よく父の仕事場に一人で潜り込んでいた。なぜか、本棚のスペースも入れて三畳ほどの部屋の雰囲気が好きだったのだ。

だから、戦争の時おじいちゃんが何をしていたのかが気になったのだ。でも、あの寡黙な方が答えてくれるのかあまり期待はできなかったけれど、どうしても聞きたかった。

私たち家族は東京に住んでいなかった。兵庫県に住んでいたのだ。だから、父方の親戚に会えるのは一年に一回だった。兵庫県に住んでいたこともあって、東京の人や町並みの雰囲気が全く違っていた。まず、関西特有のツッコミがないのだ。人の話すスピードや面白いと思うツボがどうも違うらしい。

私自身がツッコミや関西特有のノリができずにいたので、話していて楽だった。

そうそう。おじいちゃんの答えは何だったと思う?

まさかの召集されなかったという答えが返ってきた。小学生ながらに『あの時はな、わしゃ、大変だったんじゃ』とかなんとか返ってくるものだと思っていたからだ。

戦争当時、剣道の先生をしており召集される前に戦争は終わっていたのだ。

父方は代々神社の神主だった。戦争中に父方は神主を辞めたと聞いている。

現在は父方の親戚が神主をしているらしい。

それが関係しているのではないか。

なので、残念ながら戦争の話は事実のみ教えてくれただけで、戦争の時感じたことや体験したことは何一つ聞くことができなかった。

まーそれほど、寡黙は男だったのだ。

おばあちゃんはというと、おじいちゃんの遠い親戚なのだ。だから、苗字は同じ。

おばあちゃんは芯がしっかりした賢い女性という印象だった。

次男の父は兵庫県にいるが、長男のおじさんは父の実家の隣に家を建てて家族で住んでいた。毎日おじさんのお嫁さんや子どもと過ごしていた。

私が高校を卒業して短大に入学するときに、半年間おばあちゃんの家に住んでいた。

その時はおじいちゃんは天国に召されていたのでおばあちゃんは一人暮らしだったのだ。2階の父の部屋で寝泊まりをしていたのだ。おじいちゃんは高校生の時に突然亡くなった。お風呂でヒートショックに見舞われたのだ。気づいた時はもうすでに遅し。湯舟に顔が沈んでいて、あの体の細くて小さなおばあちゃんがおじいちゃんをお風呂場から自力で出したという。今もあまり実感がないんだ。だってお別れの挨拶もできなかったのだから。もちろん、家族でお葬式に出席したけど、ある日私の前から姿を消してしまった感じがずっとしている。

父方の祖父母のことを少し紹介した。今はおばあちゃんも天国にいる。

いきなり、兵庫県から東京の田舎の短大に入学するとはいえ、不安ばかりだったわたし。そんな私のためにおばあちゃんにお願いして住まわせてもらえた。

年に1回だけ会うので話らしい話をしたことがなかったけれど、おばあちゃんと過ごせたし、いとこのおじちゃん家族にはよくお世話になった。

ありがとう。おばあちゃん。

もっと感謝を伝えることができたはずなのに、若かったとはいえ、おばあちゃんの家に住まわせてもらえることは当然だと思っていた私がいたの。

だから、ごめんなさい。料理を作ってもらっていたことや洗濯もなんでもかんでも母親のようにしてもらっていた。お手伝いもしたわ。そりゃ。悪いもの。

でも、とてもおばあちゃんに甘えていたわ。

私はというと、心が病んでいておばあちゃんとあまりうまくコミュニケーションがとれなかったね。大好きなんだけど、もう学校の授業ですべてがいっぱいいっぱい過ぎたの。だけど、おばあちゃんと二人でテレビをよく見ていたこと。楽しかったわ。

冬は特にトイレに行くのがおっくうで。凍えるような通路だったわ。


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