私、雪が嫌い。
花月夜れん
第1話
「雪が嫌い」
白い吐息とともに口から溢れる。外が白くなるこの季節。また今年も雪が降り積もる。もう何年目だろう。雪の上に男の姿が浮かぶ。まだ忘れられない。
私は雪が嫌い。だって、思い出してしまうから――。
あなたが死んだ日を――。
◇
「だから言ったじゃない! こっちじゃない、危ないって!」
「うるさい!! お前だってついてきただろ」
「だって、なしろ一人だけなんて怖くて無理だもん!!」
私達は雪山登山を楽しんでいたはずだった。メンバーは大学の友達五名。
怒鳴りあっているのは昌幸となしろ。二人は付き合っている。内緒だけど響と私も……。
「響さえいなけりゃ……」
「ごめん」
「謝らなくていいよ、響君。響君は悪くないし。昌幸君と亮輔君がふざけて道を外れて歩いてみようぜって言ったからでしょ。原因は! それでなしろが滑り落ちそうなの助けて響君が怪我したんだよ!」
「――ッ! クソッ」
「ごめんね。響君。なしろのせいで」
道外れ、なしろの滑落、救出時の響の怪我。突然の猛吹雪も相まり私達は雪山に閉じ込められた。
ここはたぶん避難小屋。だけどずいぶん長く使われていないような古びた小屋だった。寒さは多少しのげるがいつ崩れてもおかしくなさそう。
水も何もでないから、響の治療も全然出来ていない。
「腹減った」
「うるさい! 言ったって飯はないんだよ! チクショウ」
閉じ込められ二日目だ。亮輔と昌幸が目に見えてイライラしている。
「きっと助けがくるよ。だから、頑張ろ」
私達は一日目ですべての食料を食べ尽くしていた。まさか吹雪が続くなんて思ってなくて。天気予報ではずっと晴れだって言っていたのに。
――三日目、お腹の音がだんだんエグくなってきた。雪山だったから水は手に入る。ただ、大量の水をつくるのにはすごく時間がかかるけれど。
「響君、大丈夫?」
「あぁ……」
嘘だ。全然元気もなくて、怪我の腫れがひどい。熱をもってるし、意識までボーッとしてる。
みんなお腹が空いて頭が回らなくなってきてる。
ねえ、私達は探されてるの? いつ助けがくるの?
――一週間。雪がやまない。もう外に出る気力もない。食べたい。ご飯が食べたいよ。でも……。
「やだ、やめて。響君は――生きてるよ」
「僕達は限界だ。こうするしかない」
「亮君、昌幸、やめようよ。もうすぐくるよ。助けが……」
「いつなんだよ! こないんだよ! オレらは探されてないんだよ!!」
狩りなんてする道具もない。獲物を見つける事も出来ない。私達の中で一番弱ってるのは、響一人。彼はもう息も絶え絶えでずっと眠っている。ほんの一押しできっと駄目だ。
「でもやだ、やだよ……」
「じゃあ、お前がかわりになるか?」
「え……」
無理だった。止められなかった。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
雪の上に寝かされ真っ白になった響。
「オレがやる」
「一人占めするなよ」
二人が、響の体にナイフを突き立てる。今度は一気に食べてしまわないように少しずつ、少しずつ。
…………。
ほんの少しの響の欠片を渡される。みんな同時に口にいれるよう指示された。
人間がマズイって誰が言ったんだろう。空腹の私達にとって、それはすごく甘くて、美味しくて、少しだけしょっぱく感じた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。…………………………。
◇
奇跡的に晴れたその日だった。私達は響を犠牲にした日からあまり時間をかけず見つけられた。……だから一人だけ欠けただけですんだ。もう少しはやければ響も助かったのに。
響の遺体は雪に隠されて見つけられていなかった。彼は別の場所で滑落したかもと亮輔は嘘をついた。カラダの一部が削れた遺体。見つかったら大騒動だろう。だけど、見つからなかった。その年は雪嵐が酷くて捜索は打ち切られたからだ。
雪が響を隠してしまった。
私達だけが知っている。
「ねえ、響君。私忘れたいよ」
雪が嫌い。彼を思い出すから。
彼の……味を思い出してしまうから。
ねえ、また食べたいよ。
ねえ、次は誰にしよう。
雪の上に浮かぶ彼に話しかける。
『死体探しに行こう。四人で』
『…………わかった』
なしろのメールに返信する。
私、雪が嫌い。 花月夜れん @kumizurenka
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