本日は告白できません

海来 宙

episode 1 かくれんぼ同好会

 怪獣がお腹を破って言った、怪獣語で。

 ぶうう、ぐーうううっ!

 私は恥ずかしくてお腹を手に隠し、クラスメートの女子二人にすれ違いざま「ねえ、宇未うみくん見なかった?」と訊ねた。

「ううん、学活終わってから見てないよ」

「もう帰ったんじゃないの? あやと一緒で部活入ってなかったよね。こっそり電話してみたら? 曽根そねくん携帯ケータイ嫌いで有名だけど、帰ってるなら出るでしょ」

 二人は足を止めて答えてくれる。私、伊丹いたみ彩が探している曽根宇未が部活に所属していないのは確かだけど、私たちと同じ二年D組の彼がまだ学校を出ていないのもまた確かだった。

「――そっか、ありがとう」

 こみ上げた悔しさから深く頭を下げ、ショートカットを揺らせて普通の中学校は授業がない土曜日の渡り廊下を急ぐ私。校内での携帯電話は文字を含めて禁止で、彼が下校してくれない限り電話で捕まえることはできない。私は彼が廊下で〝きゅぎゅぎゅっ〟と上履きをすべらせるくせを思い浮かべ、今日みたいに六月にしてはからっとした日、聞こえ方はどうなるのだろうと首をひねった。

 隣の二年C組が誇る「恋愛小説家」、羽田はねだ愛美まなみが今日愛の矢を放つ覚悟を決めたと聞いて、私のこの胸は警戒を表す真っ赤に染まっていた。相手はよりによって私がひそかに想いを寄せる宇未くん、大急ぎの対策が必要だった。

 あれ、「愛の矢」じゃなくて「恋の矢」だっけ?

 どっちでもいい。名前に「愛」があるから「愛の矢」にしとく。ちなみに彼女が陰で「恋愛小説家」と呼ばれるのは、次から次へと男に熱い矢を放ちまくるから。新しい矢のために交際中の男を捨てることもざらで、新作をばんばん発表する人気恋愛小説家にたとえられた。実際の人気作家に失礼だよね。

 おかげで矢が折れることも多いけれど、先輩を中心に小柄な愛美さんの誰より長い黒髪といじらしい可憐かれんさに落ちる男子はあとを絶たない。大切な宇未くんがそうなっては大変と、私は今彼を探していた。今日は彼の十四歳の誕生日。彼女はその〝特別感〟を悪用してプレゼント作戦に出るらしい。

 ああもう、彼が非公認の「かくれんぼ同好会」などに入らなければこんな苦労はなかったのに。授業が三時間で終わった土曜日の昼どき、彼が校内のどこに隠れたかわからない私はお腹をすかせてあちこち駆け回るはめになっていた。

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本日は告白できません 海来 宙 @umikisora

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