ノーカ戦記
椎葉たき
第1話 エルフ、イメージと違った
「キャー! 誰か!」
王都の路地裏に少女の甲高い悲鳴が響いた。緑の瞳に金色の混ざった明るい茶色のフワフワした長髪の毛は丁寧に手入れをされていて、平民には見えない。
「お貴族サマがこんな所に入り込んでちゃあ、危ねぇよなぁ」
下卑た笑みを浮かべ、少女を囲む薄汚れた男たち。
少女の護衛と従者――武装した男とメイドの女が路地に倒れていた。彼らは主人の娘を守ろうと賢明に応戦したものの、細い路地の横、廃墟の窓から棍棒が出てきて不意打ちで頭を殴られ、ふらついたところを五人のゴロツキ風情の男たちに袋叩きにされて伸されたのだった。
「マルチーヌ・バルブーザお嬢様」
「いや! 放して!」
男が少女――マルチーヌの腕を掴むと、必死に抵抗する。だが、屋敷で大事に育てられた令嬢の力ではどうにもならない。
「ちょっとしたそこまで付き合って貰おう」
「やめて! マルク! サーヌ!」
護衛とメイドの名前を呼ぶが一向に目を覚まさない。
引き摺られ、連れて行かれそうになった。
そこへ、一人の見知らぬ男がいつの間にか加わっていた。そっと、気配ないもなく突然五人のゴロツキの一団に。しかし、溶け込むには些か目立ち過ぎた。男は、キッチリと騎士団の制服を着込んでいた。
「誰だテメ……ゴフォッ!」
ゴロツキが言い終わる前に、顔面に拳を叩き込んで素手で昏倒させた。
「その制ふ……ゴフッ!」
「騎士だ……ンゴッ!」
「逃げ……ゴボッ!」
有無を言わせず、ゴロツキ共を次々素手で倒していく。
無造作に束ねられた長い髪は虹色の光沢が輝くパールホワイトで、絹のように柔らかく、激しい動きに合わせて美しく靡いた。
澄んだ夏空に似た青い瞳に鋭い光を宿らせ、殴りかかろうとしてくる次の標的を目の端で捕えたと同時、深く沈み込み拳を男の顎を下から上へ突き上げて一撃で伸していく。
恐ろしく整った顔立ち、スマートな体躯から繰り出される体術は、無駄が一切ない。なにより、特徴的なのはその長く尖った耳。エルフ特有のものだ。
亜人――特に、静かな生活を好み、森の恵みの恩恵を受け、慎ましく生きる種族であるエルフが、人間の町に居るのは珍しい。
腰に剣をさしているというのに、素手であっという間にゴロツキ共を全員倒てしまった。
マルチーヌは、自分――貴族令嬢の前だから血が流れないよう配慮して体術のみで制圧してくれたのでは、と考えた。なんて、気遣いのできる人なのか。
凛とした佇まい、涼やかな瞳がマルチーヌへ向けられる。人間放れした美しいエルフの彼に、ポッと頬が赤くなる。マルチーヌにとって、危機を救ってくれた理想の王子様だ。
彼が長足で数歩進める。
マルチーヌはドキドキしながら声を掛けられる瞬間を待っていた。
「おらぁ!」
美型な顔から想像できない、低く唸るような巻き舌で凶暴な声がした。
彼が長足を向けたのは、逃げようと這っていたゴロツキの……股間を思いっきり蹴り上げたのだった。
同じ男でそこを狙うのは鬼畜の所業。
部分的に守る金属製の防具をつけていても、人間よりも身体能力の高いエルフの馬鹿力で蹴られたのだ、衝撃の程は、蹴られたゴロツキが白目を剥き泡を吹いて痙攣しながら気を失う程度のものだった。
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