『第一茶室』にて 


 ――ユメビシを気絶させた後。

 

 寛大な俺様は、青い顔でうなされてるこのガキを室内まで運んでやった。


「いや、引きずったせいで、砂やら草やら凄いんだけど」

「俺は繊細なの、力仕事は極力しない」

「はいはい……って、なにするの?」

「苦情を入れてやろうと思ってな」   

 

 トキノコに子守を任せ、部屋の隅に置かれたブツの前へ移動する。

 配線など繋がってない、一見すればただのお飾りである黒電話。

 その受話器を取り、闇に向けて命じた。

 

『第一茶室だ、傘ザクラに繋げ』

 

 少し待てば、虚無であった空間からジジっとノイズが走った後、呑気な声が返ってくる。

 

「はーい、もしもし。こちらヨミト」 


 先程の警報を含めた島内放送は、全て傘ザクラを拠点として発信されている。

 目当ての男は、案の定まだそこにいた。

 

「単刀直入に聞く。今回の騒動、心当たりがあるんじゃないか?」 

「ほう? ボクが疑われている要因を、聞いてもいいかな」


 しらばっくれるかと思いきや、奴はどこか楽しそうに、俺の返答を待っている。

 

「……ユメビシと思われる少年を、第一茶室うちで預かってる」

「ははーん、なるほど興味深いね。それなら急に境界が脆くなったのも、彼がキミの元へ現れたのも納得だ」

「あんた、確実に裏で糸引いてたな?」 

「まあ、そうかもね。でも今は話すつもりもないから、説明はまた後日。あぁ、一応断っておくと、が帰って来ない件については、何も関与してないからね」

「安心しろよ。そこはわきまえてるつもりさ」

「うんうん。そのサッパリした性格、結構気に入ってるよ」

「気色が悪いな。それで、こいつをどうするつもりだ?」

「そうだなぁ。とりあえず傘ザクラで保護したいね。とは言っても、こちらも人手不足だから……あ、トキノコはまだいるかい?」



 ***



 ――思い出したくないような、懐かしいような。

 

 そんな夢を見ていた気がする。

 

 ゆっくり瞳を開けると、素朴な天井の木目が広がっていた。

 今は何処に居るのだったか……。

 必死に現在の状況を推察していると、見覚えしかない少女と目が合った。

 

「あ、おはよ〜う。気分はどう?」 

「……腹が、痛いです」 

「うっ、ごめんなさい……あの、手の方! そっちはどうかな?」

「言われてみれば、随分楽になった気が……」 

 

 ハッとして飛び起きる。

 何故かいつもより開放感があるな……と思っていたら、両手が剥き出しになっていた。

 

「元気そうで良かった〜やっぱり、室内で休むとよく効くね」

「感謝しろよ。特別に通してやったんだ……て、聞いてないな」

「シュンセイ、もう縫い終わったの?」 

「まあな。ほら、これ探してんだろユメビシ」 


 唖然とする俺をよそに、見覚えのある手袋が差し出された。

 横を振り向けば、裁縫道具を広げた男が不機嫌そうな顔で座っている。

  

「え、あぁ……どうも」

 

 ――ん? 

 

「さっき取り外した時、ボタンが取れてな。いいだろ。直してやったんだから」  

「いや、そうじゃなくて」

「本当に器用だよね、私には無理〜」

「適材適所だろ」


 ――この違和感はなんだろう。

 

 厳密に言えば、二人の態度。

 ……名乗った覚えはない、はずだ。

 その上、両手コレを見ても驚かないどころか、友好的に接してくる。

 

『んー、覚えてないのはキミだけさ』

 

 が、覚えてない……?

 突然降ってきたのは、かつて誰かに言われた言葉。 

 

 ――いつ、どこで、誰に。

 

 喉まで出かかっている正体に、後一歩で辿り着けない。

 

「お困りのようだね、大丈夫? 自己紹介とかして親睦深める?」

「その……二人は、俺のことを知ってる風に聞こえたが」

「別に全てを把握している訳じゃないが、知らない仲でもない。まあ俺からも聞きたいことあるし、情報交換するか?」 

「それは助かるよ」

「……分かった」

 

 そうぶっきらぼうに呟いた彼は、前髪を片手で軽く掻き上げた。

 額が露わになったことで、色白い肌に映える相変わらず濃いクマが、より不健康そうな印象を植え付けている。

 しかしその一方で、瞳の奥には物事を見極めようとする、真摯的で鋭い光があった。

 

「よし。まずお前の悩みを一つ解消してやる。俺達がユメビシの名やら事情やらを知ってたのは、当時だ」

「…………なんだって? それじゃあ、ここはあの時迷い込んだ、」

「まあ厳密に言えば、お前が発見されたのは別の場所らしいが。大きな土地という括りで言えば、そうなるな」 

「ユメビシはまだ幼かったし、それどころじゃなかったもんね。覚えてなくても不思議じゃないよ」 


 驚きはしたが、彼らが当時の関係者なら、こちらの事情を知ってるのにも納得だ。

 そう……彼ら?

 

「えっと……君も、いたのか?」

「そいつ、見た目はこれだが、年齢はお前より上だぞ」

「え」 

「まあ、どちらを誕生日とするかにもよるけどね」

「……?」 

「でも! きっと、私がお姉さんだぞ〜改めてよろしくね、トキノコです」

「……宜しくお願いします」

「で、こっちが第一茶室の主人、シュンセイ」

「敬えよ」


 実は俺より歳上と判明したトキノコはシュンセイの膝に飛び乗り、彼もそれを受け入れている。

 その仲睦まじい姿は、歳の離れた兄妹を連想させた。


「そう言えば、さっきから度々聞く『第一茶室』は、今いる建物のことか?」

「半分正解で、半分不正解だな。『第一茶室』ってのは、このを指す名称。あとは企業秘密だ」

「……一旦、分かったことにする」

「いい心がけだ。そして仮にもここが心臓神域である以上、易々と内部まで辿り着けない仕様になってたはずだが……お前、本当どうやって入った?」


 ――雲行きが、変わった。

 場にひりつく様な緊張感が走る。

 どうやらシュンセイにとって、これが一番重要な問いかけらしい。

 

「……うん。簡易ではあるけど、入り口を隠すまじないもあったのに。ユメビシに続いて喰い姫が、こうして侵入出来てるもんね」

「俺はただ、目が覚めたら下の階段の途中で倒れていたんだ。それで……とりあえず登ってみようかと」

「あ? そんな所で寝てたのお前? あのな、階段の麓含めてうちの領域なのに、すでに中にいたなんてあるか。それ以前は何処にいたんだ」

「それが、よく思い出せないんだ。てっきりこの上から転がり落ちて、気を失っていたとばかり……シュンセイこそ何か心当たりはないのか?」

「…………あー、俺はないんだが」


 そこで会話は打ち止めになって、沈黙が訪れる。

 シュンセイは仏頂面で何やら考え込み、その様子をトキノコが心配そうに見つめていた。

 

「シュンセイ、もしかして……」 

「あぁ。ほぼ間違いなく、うちのの企てに巻き込まれたんだよ。詳しい内容までは知らないが」  

「またヨミトさんか……。ほら、放送で喋ってた男の人いたでしょ?」

「……あぁ、あの」


 ピンポン、パンポン言ってた奴か……と思い返していると、シュンセイは渋々と口を開いた。

 

「重ねて残念な知らせだが、そいつからの指示でな。お前を保護したいからトキノコに送って貰え、とのお達しだ」 

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