届かない愛と絶望

お米うまい

届かない愛と絶望

(何が、どうなってるんだ?)


 その日、俺は幼馴染の女を校舎裏に呼び出した筈だった。


 長年の腐れ縁に終止符を打ち、恋人同士になる為に。


 そして、確かに目の前には物心付いた時から傍に居た幼馴染が居る事は居る。


「これって本気って思ってもいいんだよな?」


 だが、目の前に居るのは幼馴染は幼馴染でも、二人居る幼馴染の男の方だ。


 俺が慣れないラブレターなんて書いて呼び出した女とは、似ても似つかないムキムキマッチョのスポーツマンなのだが――


 どうしてコイツが、俺の出したラブレターを持ってるんだ?


 ――しかも頬を赤らめて満更でもなさそうな顔で。


「手紙、読ませてもらったよ。正直言うとな、随分と迷ったんだ。ここに来るべきかどうか、な」


 あまりに予想外の事態に混乱し過ぎて動けない俺を置き去りに、親友は顔を赤らめて。


 照れ臭そうに親友は俺に言葉をぶつけてくる。


「ずっと好きで好きで告白したかったけど、想いを伝えてしまったら友達としても付き合えなくなるんじゃないかって不安だって。だからもし、告白を受け入れられないのなら、手紙なんて見なかった事にして今までどおり友達でいいから付き合ってくれ、だったな。何度も何度も読み返したせいか、全部覚えて忘れられない」


(確かに書いたけれども……)


 そこまで話を聞いてしまった俺は、トンデモナイ事に気付いてしまった。


(この言葉って、目の前のコイツが相手でも全部当て嵌まってしまうような気が――) 


「正直、最初は無視しようと思った。そもそも、お前はアイツの事が好きだと思っていたから、急に何馬鹿げたことを言い出してるんだとしか思えなくてな」


「だ、だろうな……」


(何せ、今まさに俺がそんな気持ちだしな)


 男同士だし、いくら何でも何かおかしいと思うだろ。


 というか、思ってくれよ。


「けどさ、今日のお前の様子を見てたらさ。そんな常識に囚われて、勇気を出して告白してきた気持ちを見ないのは違うんじゃないかって、ずっと考えてた」


「今日の俺の様子?」


「気付いてなかったのか? 顔色なんか青白くて、今にも倒れるんじゃないかって心配になる程だったぞ」


「そんなに酷かったか?」


「ああ。いつも元気なお前が俺に振られたと思っただけで、そんなにショックを受けるのかと思ったら、不覚にも放っておけなくなってな……」


(……悪い。お前の事じゃないんだ)


 確かに今日は何をしていたか、綺麗さっぱり覚えてないくらいだが――


(アイツの様子が全く変わらないから、そこまで脈がなかったのかとショックだっただけなんだよ……)


 振られるにしても、暫くはギクシャクしてしまうんだろうな、なんて覚悟していた。


 それなのに、まるでラブレターの事なんて全くなかったみたいに本当に普段どおりの態度だったから、俺の告白なんてその程度の出来事でしかなかったのか、なんて。


(告白を受け入れられないなら、普段どおりにしてくれなんて書いておきながら、いざ普段どおりにされるとショックだっただけなんだよ……)


 今の状況から考えるに。


 そもそもラブレター読んでないんだから、普段どおりで当然だったみたいだけど。


「それで気付いたんだ」


 今日の事を振り返っていた俺に、まるで迷いを全て振り切ったような力強い声が響いてきて、慌てて視線を目の前の男に戻す。


「男同士なんて気持ち悪い事言うなよ、なんて感じるかと思ってたんだけどさ。そんな事なかったというか。そこまで想ってくれてるんなら、悪くないって思ったんだ」


(……いや、待って待って待って! いきなり何に目覚めてるんだよ!)


 もうどんな反応をすればいいか解からない。


 汗が止め処なく溢れ出してくるが、それはきっと夏の日差しだけが原因じゃないのは明らかだった。


「この気持ちが恋とか愛とか、そういうものなのか解からない。けど、一番大事で放っておけない相手は誰かってなったら、それは間違いなくお前だった」


「お、おう……」


「これからどうなるか解からない。結局どこまでいっても友情でしかなかったってなるかもしれない。それでもいいなら俺は――」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 そこでようやく流れに流されるだけだった俺は、無理やりにでも流れを堰き止めるべく声を上げる。


 色々と突っ込みたい事とか、何でこんな事になってるんだよと叫んで全てから逃げ出したい気分だが、勘違いさせてしまった責任が俺にはある。


(それに良い奴なんだよな、コイツ……)


 今回もそうだけど俺が落ち込んでたら絶対に声掛けてくれるし、困った時は何を置いてでも相談に乗ってくれる。


 それが多少トチ狂って訳の解からない事を言い出したからって、コイツが俺の大事な親友である事には変わらない。 


「その、気持ちは嬉しいけど――」


 完全に勘違いとはいえ、そこまで俺の事を考えて想いを受け止めてくれようとしている事に感謝はしつつ。


 誤解を解こうとしたところで――


「やっぱりそういう事、だったのね……」


 今、一番聞きたくない声が俺の耳に響いてくる。


「おかしいと思ってたのよ。これでも女として意識してもらおうと髪型変えたり、夏を言い訳に露出増やしたりしてるのに全然反応よくならないしさ……」


 慌てて振り返った俺の目に、今日呼び出す予定だった幼馴染の姿が飛び込んできた。


 絶望感に打ちひしがれたような表情で、ブツブツと誰に向けるでもなく独り言のような呟きを放っている。


(可愛すぎて直視出来なくて、何かそういう目で見るのが申し訳なかっただけだよ!)


 正直、そのアピールが俺に対してなのか。


 それとも俺の後ろに居る男にしていたアピールなのか心底訊ねたいが、今は少しでも早く誤解を解かないといけないとばかりに言葉を探すが――


「……覗き見なんて趣味悪いぞ。今は俺達二人で大事な話をしてるんだ」


 俺が何かを言うよりも早く。


 邪魔だと言わんばかりに、不機嫌そうな低い声が鋭く響いた。


「ご、ごめん。そうよね。邪魔したわ……」


 そうして。


 いつも元気で、自信に溢れているような幼馴染は見た事も無いくらい気落ちした顔を見せると、逃げるように立ち去っていく。


「待っ――」


 全部誤解なんだと引き留める為に声を上げようとした俺の口を、親友だった男の手が塞ぐ。


 突然の展開の連続に、もう驚きでどうすればいいか解からない俺の耳元に。


 吐息のようなものが当たって背筋が震えるのを感じた。


「これで邪魔者は居なくなったな」


(え、え? 何!?)


「ずっとずっとアイツが妬ましかった。俺の方がお前の事を想ってるのに。女ってだけで、あんなに意識してもらえる。その癖、お前の想いに気付いてもいないあの女がさ……」


(え? 何!? マジで何なの!!)


「それでも我慢出来たんだ。擦れ違い続けて、お前が誰の物にもならないのなら。俺に振り向いてくれないなら、せめて、誰の物にでもならないで居てくれたなら!」


(怖い怖い怖い!)


「けどさ。お前がアイツの机に手紙を入れるのを見たら、我慢出来なくなった。こんなラブレター、アイツが読んだら、お前達が付き合う事になるのは目に見えていたからな……」


「…………」


 もう言葉が出ない。


 やはり俺はラブレターを入れ間違えるなんてベタな事はしてなかったんだな、なんて思う事さえ出来なかった。


「もしお前が虐めにでもあったらって思って鍛えてた身体を、こんな事に使う事になるなんてな……」


 だって逃げ出そうと必死で足掻いているのに、口を塞ぐと同時に俺を羽交い絞めにしてきたコイツはピクリとも動かない。


 むしろ俺の足掻きを楽しむように、耳元に掛かる吐息が荒くなっていくだけ。


「愛してる。この世界の誰よりも」


 そうして囁かれた言葉と同時に抱いた絶望感を。


 きっと、俺は生涯忘れる事はないだろう。

――――――――――――――――――――――

後書き

 誰の愛が届かなくて、誰が絶望したと思いますか?

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