「婚約破棄されて王女をNTRれた俺、雪の国で聖女に救われてざまぁします!」

マロン64

王女をNTRれた俺、聖女に救われてざまぁします

「ラルクス王国のアルセイル王子よ。ルナ皇女とそちとの婚約は解消する。ラルクス王国との平和同盟締結も破棄し、戦争状態を継続する」


 ソレイユ帝国の皇帝が衝撃の言葉を告げた。


 俺は愕然がくぜんとした。遠路はるばるソレイユ帝国に来て、王宮に訪れた矢先のことだった。


「そんな! もう不毛な戦争は止めようと同意して婚姻を結び平和の象徴にしようと笑いあったではありませんか!!」


 この婚姻が破棄されるということは、ラルクス王国とソレイユ帝国の関係が再び戦争へと転じることを意味していた。



 *



 始まりはラルクス王国で俺が十歳の時に行われたパーティーに遡る。


 俺は剣技なら王国の中では敵なしと言われていたが生まれつき魔法が使えなかった。魔力がないわけではない。魔力を伝えて魔法にするための魔力回路がおかしいのだ。身体魔法だけは使えるのだが、膨大な魔力に魔力回路が耐えられず、長時間の使用はできない。


 そんな俺に周りがつけたあだ名は『偽りの魔剣士マギ・グラディエーター

 魔力量だけは世界一なのに魔法が使えない剣士ということだろう。国一の大魔導士とうたわれる第一皇子の兄に魔力回路の鍛え方はないのか聞いてみたんだ。


「お兄様、魔力回路を鍛える訓練はないのですか?」

「アルセイル、残念ながらね。魔力回路は生まれたときから体に備わっているもので鍛えることができないんだよ」

「お兄様、それは魔法は生まれつきの魔力と魔力回路によって使えるかが決まってしまうということですか?」

「残念ながら、そうだよ」

「そんな……」


 俺には魔法の才能がない。そう知った次の日にラルクス王国で他国の貴族や王族も招いたパーティーが開かれた。俺はパーティーの壁の隅でいじけて立っていた。


「初めまして! あなたがアルセイル様ですの?」

「これはルナ様。ご機嫌麗しゅう」

 形式通りのあいさつの後、俺はあまり言葉を発せずにいた。


「どこか、体の具合でも悪いのですか?」

「体は悪くないのですが……」

「ならばテラスに出ましょう! 気分も晴れますわ!」

「え? ちょっと、ルナ様!」


 ルナは俺の手を取って速足でテラスへと向かった。その時の笑顔は一生忘れない。王宮のシャンデリアに差し込む太陽に照らされ、輝くような笑顔だったんだ。


 俺は思い切って魔法が身体魔法しか使えないことをルナに打ち明けた。


「簡単なことですわ。魔法が使えなくても剣で誰にも負けなければいいのです」

「そんな簡単に言われても……」

「もううじうじしていてはいけませんわ! アルセイル様は同世代でもかなりの剣の使い手と聞きますわ。ならば剣を極めて、魔法を斬ればいいのです!」



 ルナは剣はあまり稽古していないのか、腕をブンブン振り回しながら楽しそうにしていた。このパーティーに出る前は高嶺の花といった印象だったがずいぶん子供っぽい所もあるようだ。俺はルナの様子を見て自然と笑っていた。


「もう! 私の様子を見て笑いましたわね!」

「フフフ、少しだけ、ね」

 俺たちは自然と笑いあっていた。これがルナとの馴れ初めだった。


 その様子を同じテラスにいた、銀髪の美少女が見守っていたことには気づかずに……


 ただ俺はこう思ったんだ。魔力回路を強くする鍛錬は自分なりに続けていこうと。



 その後もソレイユ帝国に行ったときにパーティーやお茶会で話していて、ルナのことを本当に好きになっていたんだ。ただ一つ気になったのが、二年ほど前からあって話しているときに疲れた顔を見せていたことだ。


 *


 先程、宮殿に招かれたときにも……

「アルセイル様、どうか誤解しないでください。ただ……今はお話しできません……」

 ルナが何か言いたげな表情で去っていく。俺はルナの様子を見て違和感を覚えた。


 そして極めつけが婚約破棄だ。俺はただルナの言葉とあの笑顔を見たかった。

 

「全く君はいつもそうだね。考えなしに感情で動く。そんな君にはルナはふさわしくないよ。そうだね? ルナ」

「はい、私はフリードリヒ様のことを好きになってしまったのですわ」


 謁見の間の奥から、ウィンド王国の第一王子フリードリヒとソレイユ帝国のルナが現れる。

「どうだい? 今の気分は? 愛していた女をNTRれる気分は?」

 フリードリヒという男は、俺のことを目の敵にして毎回魔力回路のことを馬鹿にしてくるクソ野郎だ。


「ルナ! 嘘だと言ってくれ! 俺たちは憎からず想っていただろう!」

 俺は目から涙を流すのをこらえきれなかった。


「ほら見ろよ、この哀れな顔。ルナ、彼のことを『魔剣士』だって笑っていたよね?」


「私は一度もアルセイルのことを考えたことなどありませんわ。偽りの魔剣士よりも本物の魔剣士様の方が百倍かっこいいですのよ」

 ルナは、後ろを向いて拒絶の意を示す。


「あの時の君の笑顔は何だったんだ!」

 その言葉にルナはこちらを振り向いた。

 シャンデリアがきらめく中、にこやかに俺に告げた。


「私があなたを想って笑ったことは一度もありませんわ。これくらいの演技も見抜けないのですか?」


 その瞳に、一瞬迷いの色が見えた気がしたが、すぐに消えた。


 その言葉に完全に打ちのめされた俺は、さめざめと涙を流す。その様子をしり目にフリードリヒとルナはクスクスと笑いながら、謁見の間を仲睦まじく去っていった。



 *



 俺はあの後泣き崩れてしばらく謁見の間にいたが、護衛の騎士に引きずり出された。

 その後、宿でも泣きたいところだったが、戦争状態が継続されることを国に伝えないわけにもいかず、馬を飛ばしてラルクス王国に帰ることにした。


「クソッ、追手がかかっているのか?」

「若、これではラルクス王国に戻れません! ソレイユ帝国の山岳地帯に逃げ延びるしかありません」


 どうやら山賊に扮したソレイユ帝国の影が動いているようだ。統率の取れた動きで俺たちをソレイユ帝国の山岳地帯に追い込んでくる。数がとにかく多く、逃げながら戦うほかない。



 弓が風を切って飛んでくる音がする。

 ヒヒーン!! 馬に弓矢が当たり、騎士が投げ出される。

「ただではやられん! 若をお守りするぞ! ここは通さん!」


 年老いた護衛の騎士は詠唱した。彼の甲冑姿が炎のように燃え上がる。


「うおお! 命を燃やせ! ラルクス王国に栄光あれ!」


 両手剣を鞘に納め、絶大の業火を与える一太刀。

 最後に俺に向かって何かを言っているのが見えた。


「若よ、平和を為してください」

「逝くなあ!!」


「魔剣術! 火の太刀! 豪火絢爛ごうかけんらん!」

 抜刀から一瞬で業火が迸り《ほとばしり》、山岳地帯の一帯が赤く染まる。

 俺はその一撃を放った騎士の元に戻りたかった。


「若! 今のうちに逃げ延びますぞ!」

「まだソレイユ帝国の影は追ってきています!」



 ただ見てるだけしかできなかった。その無力感が俺を襲う。


 俺は後ろ髪を引かれる思いで、必死に逃げるしかなかった。彼の犠牲を無駄にしないために……



 *



「いつの間にか一人になったか……」

 俺の護衛十人の騎士は追手を引き離す為の犠牲となっていった。

 俺はただ逃げるしかできなかった。


 そんな俺の前にグレートドラゴンが現れる。

「ここが俺の死地か」


 グレートドラゴンは騎士十人がいないと勝てないと言われている。しかも全長五メートルはありそうだ。

 

 もう俺の馬はここにいない。途中で俺を茂みに振り落とすといななき、敵の注意を引きながら逃げていった。


 俺はそんなことを指示していない。護衛も馬も俺のために尽くしてくれた。


「グオオ!」

 グレートドラゴンは雄たけびを上げながら口元に魔力を溜める。

 どうやらブレスを放とうとしているみたいだ。



 グレートドラゴンの魔力が溜まりきったようだ。奴はにやりと笑って、抵抗しない俺に向かって必殺のブレスを放つ。


「ああ、すまない。俺はここまでの……」

 そんなことを考えているうちに、グレートドラゴンのブレスがスローモーションに見えながら迫ってきた。


 すまない……と目を瞑った《つむった》のも束の間、いつまでも奴のブレスが当たらない。


「何故……ッツ! これは ……?」



 目の前に巨大な氷の壁が現れていた。隣には儚げな銀髪の美女が立って、苦しそうに魔力を込めている。伝説級の魔法だ。


「貴方、死にたいの⁉」

「それは……」

「貴方は見たところ、身分の高そうな王子様って感じね。そんな王子様がなんでこんな場所にいるか知らないけど、まだやり残したことがあるんじゃない?」


 そうだ。俺はまだ生きて、ラルクス王国に、いやソレイユ帝国に鉄槌てっついを下す必要がある。

「その意気よ。この氷の壁は長くはもたないわ。一緒に消し飛ばされる前に私のことも助けてくれる?」


 雪のように白い肌の美女は勝ち気な笑顔を見せる。光る氷に照らされた笑顔は不思議とルナの笑顔に似ている気がした。


 両手剣を鞘から引き抜き、グレートドラゴンをどう斬るか、考える。


 心頭滅却。膨大な魔力を体の魔力回路に回し、少しでも身体魔法を強くする。


 敵の位置は気配でわかっている。ならば!

 身体魔法で天高く跳躍し、十メートルはある氷の壁を飛び越える。

 そして空気をドンと蹴り、グレートドラゴンの横に降り立つ。


「悪いな。死ねない理由を思い出した」

 身体魔法を全開にして、奴の首に両手剣を振り下ろす。


 ――一閃。



 奴の首から血が流れ出す前に、ズルっと首を落として死んでいった。

 最後の表情は間抜け面だったな。

「俺だって身体魔法を使えば、これくらいできるんだよ」


 クラっと体に負荷がかかり、俺はふらふらとする。

「大丈夫? ものすごい魔力を込めてたみたいだけど」


「問題……ないと言いたいが少し……疲れた……。眠る……」

「え? こんなところで寝ちゃったら誰が運ぶのよ! ちょっと!」

 文句を言う言葉が聞こえるが眠すぎて意識が抗えなかった。


 *


「ねえ、そろそろ起きたら? ねえ!」

 俺は誰かが体をゆするのを感じて目を覚ます。


「ここは……どこだ?」

 知らない天井だ。

 どうやら俺は、山小屋に運ばれたようだ。



「やっと起きたのね。もう、貴方を運ぶの大変だったんだから!」

「君は……一体何者なんだ?」

「そうね。私はあなたに会ったことがあるわ、とだけ言っておくわ」


 こんな銀髪の美女に会ったら、覚えているはずだが……

「十年前のパーティーのことを覚えてない?」

 十年前といえば、俺がルナと出会ったときか……そういえば、テラスに誰かいたような。

「私はアイス王国の生き残り。アイス王国の聖女、アイリスと呼ばれているわ」


 聖女か……アイス王国は内戦で滅び、ソレイユ帝国に接収されたと聞いているがいる。


「どうしてそうなったか教えてあげるわ」



 *アイリス視点



 アイス王国はかつて豊かな自然と優れた氷魔法を持つ強国だったわ。

 しかし、ソレイユ帝国とウィンド王国は、アイス王国の領土に眠る貴重な鉱石(魔法を強化する力を持つ)「氷晶鉱石」を狙い、表向きは友好を装いつつ裏で共謀したの。


 ソレイユ帝国は「貿易協定」を理由にアイス王国の資源を吸い上げ、ウィンド王国はアイス王国を守るふりをして軍事力を削ぐ工作を行ったの。最終的に、両国はアイス王国を内戦に追い込み、王室を崩壊させた。こうしてアイス王国は「古い国家」として滅び、少数の生き残りが山岳地帯や雪原に隠れ住んでいるの。


 ちなみにウィンド王国の頭脳は、現国王ではなく第一王子のフリードリヒといわれているわ。だから私たちの憎き敵はフリードリヒ王子になるわ。


 ウィンド王国は巧妙だったわ。彼らは私たちに協力するふりをして、裏でソレイユ帝国と手を組んでいたの。まず、軍備を強化するための武器や資材を提供する一方で、無理難題な要求を押し付けてきた。


『もっと資源を差し出せ』『貿易を独占させろ』とね」

 私はあの時のことを思い出して怒りを抑えきれなかった。


「特にフリードリヒ王子――彼はアイス王国の将軍たちを籠絡し、内戦を引き起こす火種を撒いたの。最終的には、王族の間にも不和が生まれ、私たちの国は崩壊したわ。今でも彼が陰で笑っていると思うと許せない……!」


 固唾をのんで見守る王子サマの様子は真剣だった。


「この地を守る雪の精霊よ。私がこの力を授かった存在でもあるわ」




 私の村は雪の精霊の加護によって外界から隔絶されているわ。貴方が迷い込んだのは、膨大な魔力量が精霊の力と共鳴したためだわ。


「元アイス王国の現状を見せてあげるわ」


 私は、雪の村の広場にある凍りついた「古い城跡」を見せながら平和を目指すという王子サマに語ったわ。


【ソレイユ帝国とウィンド王国にいいようにされた。この国はもうだめだ】

【俺はアイス王国の温かい国風が好きだった。雪国で作物も満足に育たない中、俺たちは助け合って生きてきたんだ。そんな国風も内戦で変わっちまったが……】


 兵士たちの遺物を通じて、アイス王国がどれほど栄えていたか、そして裏切りによって滅ぼされた悲劇を伝える。


「貴方が平和を目指すというのなら私たちに何があったのかを知ったうえで言ってほしいわ。その上でどんな平和を目指すのかしら?」



 *アルセイル視点



「この村が私たちの隠れ家よ。でも、見ての通り――豊かさとはほど遠いわ」

 アイリスが広場を見渡しながら呟く。雪で覆われた小屋の数は少なく、その屋根には補修の跡が目立った。


 子どもたちは毛皮で身を包み、凍った水桶を引きずりながら井戸の近くを歩いている。火の気がほとんどない家々からは、生活の厳しさが滲み出ていた。


「作物なんてほとんど育たない。ここに残ったのは、故郷を離れたくない者か、それができない者だけ。でも、それでも私たちは生き延びてきたの」


 彼女の瞳に宿る微かな炎――それがこの村の希望そのものだと、俺は感じた。


「ここはかつての城跡だわ」


 アイリスが指し示したのは、雪に覆われた巨大な遺構いこうだった。

 凍りついた柱や瓦礫の合間には、かつての栄華を思わせる装飾が見え隠れしている。


「この城で最後の戦いが行われたの。多くの血が流れ、この地は雪の精霊の加護で外界から切り離されたわ」


 アイリスの言葉に耳を傾けると、氷の柱の奥からかすかに青白い光が見えた。それは、あたかも精霊が眠っているかのようだった。


「君の話を聞いていると……どこか俺たちのラルクス王国に似ているな」


 思わず口を開いた俺に、アイリスは目を細めてうなずいた。

「そうね、貴方もきっと同じ思いを抱えているのね」

 彼女の言葉に、俺の胸に去来するものがあった。


「裏切られる痛みは、俺もよくわかる。俺の婚約――いや、国の平和そのものが踏みにじられたんだ。言い忘れていたが俺はラルクス王国の第三王子でな」


「それは知ってるわよ……その苦しみを乗り越えるためには、立ち上がらなくちゃいけないわ」

 彼女の真剣な眼差しに、俺は思わず頷いた。二人の痛みが交差する瞬間だった。


「王子サマの……あなたの名前は?」

「アルセイルだ。アイリス」


 そう、とアイリスは言って一瞬視線を下げたが次に衝撃の一言を言ってきた。

「私と復讐の道を歩んでくれる?」


「……俺は復讐のためには力を貸せない」

 その言葉にまた視線を落とすアイリス。


「だが……」


「それがラルクス王国とアイス王国のためになるなら私はこの手を血に染めよう。それが平和のためになるなら」


「それは……詭弁じゃなくて?」

「何とでもいうがいい。私は綺麗事だけでは戦争を止められないとわかったのだ。ならば清濁併せ吞む王になろう。それが血に濡れた道だとしても」

「私も手伝うわ。アイス王国のためになるのなら」


 俺たちは見つめ合いながらお互いの手を取った。アイリスは照れくさそうにしていて愛らしいと感じてしまった。



 アイリスが指摘してくれたことだが、「魔力協調」という失われた技術を使えば俺の魔力を使って、アイリスが魔法を使うことができるらしい。


 だがそれには俺も雪の精霊に認められる必要がある。何をすればいいかとアイリスに聞くと……


「簡単なことよ。私に認められればいいのよ。私、雪の精霊をつかさどる聖女ですの」

 どや顔でいうアイリスの横顔が可愛かった。だが俺の心にはまだ信じていたルナに裏切られて経験が色濃く残っていた。


「むう、魔力協調がうまくいきませんわ……」

「やっぱり俺の魔力回路が貧弱だから……」

「そのネガティブ思考がだめなの! ん? 何かアルセイルに違和感を感じるわ」


 突然アイリスは俺の顔をつかむと頬をギューッと引っ張りながら目をジーっと見る。

 俺は突然間近に迫るアイリスの美貌に酔っていた。

 アイリスはその上、魔法の詠唱を唱えだす。


「雪の精霊よ、我に過去を見通す力を与えたまえ」

 その瞬間、俺は過去のルナとの逢瀬おうせを思い出した。ルナが俺の膝を触りながら王宮で起きた面白い話をしてくれたこと。他にも膝枕をしてもらいながら、平和を実現するためにはどうすればいいか話したこと。


 まだラルクス王国とソレイユ帝国が戦争状態になる前のことであった。

 俺の視界はぐちゃぐちゃになって見えなくなっていた。つらい、苦しい、もうこんな思いは嫌だ。


 アイリスの顔も涙であふれていた。アイリスは無言で俺を抱き寄せるとぎゅっと抱きしめてくれる。ふんわりとした魅力的な女性の香りがした。俺はただアイリスの胸元で泣きじゃくった。


「落ち着いた? ふふん、子供みたいに泣きじゃくって。可愛いところもあるのね」

「うるさい! なんでこんなことをしたんだ! 俺の傷口をえぐって楽しいのか!」


 俺は血相を変えてアイリスに怒る。

 あのね、と真面目な顔に変わったアイリスは俺を諭すように言う。

「言いにくいことなのだけど、貴方の記憶にあったルミナスは愛の束縛という暗示をかけていたの」

「愛の束縛?」

「これはアイス王国からソレイユ帝国に伝わった秘術でね。例えばルミナスがあなたの愛する存在になることで暗示に掛けたものの可能性を妨げる物なの」


「それは……」

「相手の体に触れながら、暗示をかけることで対象はその暗示をかけた人物に依存してしまう。するとね、その人の持っていた可能性は開花する確率が減るの」


「つまり……?」

「ルミナスがあなたに愛の束縛をかけたことであなたの魔力回路の鍛錬が意味をなさなかった可能性が高いわ」

「そんな……ルナが……」


 これを解くための方法はね、といってアイリスが俺にふっと近づくと、眼をつぶって? と言う。


 俺はわけもわからず、言われたとおりにすると……

 唇に何か柔らかい甘酸っぱい感触がする。

 これは……

 少し薄目を開くと、アイリスが俺に密着して口づけしていた。顔は紅潮していて、ものすごく可憐だった。


 その後、俺の体に異変が起きる。いつもは魔力が体内をめぐる感覚がほぼないのだがその感覚が倍増した!


「アイリス、教えてくれ! この感覚はなんだ!」

「今まで頑張った魔力回路の鍛錬が実を結んだのよ。でもまだ体が慣れていないから、長時間の魔力運用はできないけど」

 うふふ、良かったわね、と微笑むアイリスを見るとすごく愛おしく感じる。


「でもなんで口づけだったんだ?」

「これはね、恋する乙女の初めてのキスじゃないと解けないのよ」

 一瞬、アイリスは何を言ってるんだ? と思ってしまった。よくわからないので聞き返したが。


「もうそういう所は鈍感なのね! フンッ!」

 と怒られてしまった。


「これで魔力協調もできるようになったのか?」

「もちろんよ、ここで試してみましょう!」


 俺たちは魔力協調を試してこれなら敵国との戦に勝てると微笑んだ。


 そこからは死に絶えたと思っていた俺の護衛の騎士や、アイス王国の元兵士が集まってきて総勢百人の兵ができた。


「若! 少し見ぬ間に男にならせられましたな!」

「若、隣の美女は……失礼、アイリス殿でしたか。若にお似合いの令嬢ですな! わーはっはっは!」


 だが最初に炎の魔剣術を使った年老いた騎士は戻ってこなかった。おそらく……


 俺はあの騎士のためにも勝つと決めた。あの騎士がいたから今があるんだ。


 俺たちは王都の前の平野でソレイユ帝国とフリードリヒの私兵の総勢十万の兵士と向き合っていた。


「若、俺たち本当に勝てるんですか?」

「ああ、俺たちの勝利を確信しているぞ」

「私とアルセイルの『魔力協調』があれば余裕だわ」

 

 何とも緊張感のない話をしていると敵陣からウィンド王国のフリードリヒが出てくる。

「剣しか能のない君がこの十万の軍勢を相手にどう戦うかものだね? まあ今から泣いて詫びても許してやらないけどね。フ―ハッハッハ」

「今から吠え面が崩れる様が見えるな?」

「クソッ! お前だけは生かして、隣の女も慰み者にしてからたっぷり拷問して仲良くあの世に送ってやる! 今に見とけ!」

 フリードリヒは、その小綺麗な顔を醜悪ゴブリンのように歪めながら去っていった。


「若、戦が始まりますぞ!」

「この身が滅しようとも、若とアイリス様を守ります!」


「すまんが、この戦は一瞬で片が付くぞ」

「何ですって⁉」


 俺とアイリスは手を取りあい、お互いの魔力回路に少しずつ魔力を循環させていく。

 風船に空気を入れるかのように魔力を高めあう。それはソレイユ帝国の魔導士や魔剣士が束になっても敵わない魔力量だ。


 相手の魔導士が異変を察知して、大規模魔法「煉獄」を発動させようとしていた。魔剣士たちはその補助をしている。


「煉獄!」

 さながら、平野にもう一つの太陽が出来上がった。

 紅く燃える星がこちらの陣に向かって落ちてくる。


 アイリスとの魔力協調が終わった。夏にもかかわらず、木枯らしのような冷たい風が平野に吹き荒れる。


 集中しろ。すべてを冷たく包み込め。


 それが偽りの平和と言われようとも俺はアイリスと突き進む。


 すべての時を止める天災級魔法に魔剣術を掛け合わせたもの。 


絶対零度斬りアブソリュート・セイバー


 その瞬間、時が止まり、俺とアイリスと百人の兵以外が動かなくなる。

 抜刀し、時を切り裂き、次元から膨大な冷気を取り込む。


「我に仇なすものよ、すべて凍れ」


 パキパキと音を立てて、十万人の兵が氷の彫像と化す。

 赤く燃えるもう一つの太陽は氷の星と化して、空に停まった。


 ゴウゴウと猛吹雪が吹き始めるが俺たちは温かい。

 この魔法はアイス王国に伝わる古の魔法だ。俺の膨大な魔力とアイリスの繊細な魔力協調があったから蘇った魔法だ。それを魔剣術に昇華させた。


「そして時は動き出す。フリードリヒ以外を打ち砕け」

 氷の彫像になった敵の兵士たちがパリンッと音を立てて砕け散った。

 血の一滴すら流さずに。


 味方の兵士たちはあるものは畏怖いふを、恐怖を、歓喜を内心に抱えながら何も言わなかった。


 俺たちは悠々ゆうゆうと歩を進め、あえて頭だけ解凍したフリードリヒの前に立つ。

「なにか言い残すことがあるか?」

「クソが、殺すころすコロス!! お前は俺に殺されるべきなんだ!」


「何故と言われてもな」

「愛の結晶よね?」


 一対一で勝負しろと息巻く、フリードリヒを冷たく見つめるアイリス。

「貴方がしたことは忘れたのかしら? アイス王国にした仕打ちを」


 ハッとした顔をする。フリードリヒ。それを凍えるような視線で見つめるアイリス。

「もういいわ、アルセイル。やってちょうだい」


 それを聞いて、フリードリヒは凍えながら命乞いを始める。

「す、すまなかった。私が悪かった。命を助けてくれればお前たちの力になろう。何、アルセイル殿の魔剣術とアイリス殿の古の魔法があればどんな国でも治めることができ」


 フッ!! 


 ――一閃


 フリードリヒの間抜け面が宙を舞って飛んだ。


「復讐ってあっけないものね」

 涙ぐみながら言うアイリスをそっと抱きしめる。俺たちは猛吹雪が吹き荒れるソレイユ帝国の中でお互いのぬくもりを感じていた。



 *



 ソレイユ帝国は滅亡し、ウィンド王国とは戦争状態になったものの一瞬で戦争は終わった。俺とアイリスは、離宮に押し込められているルナと話していた。


「そう、つまりあなたが愛の束縛の暗示を掛けたのはソレイユ帝国の指示だったのね」

「はい。ただ! 私は! 本当にアルセイルを愛していたの!」

「そうね、あれは対象を愛していないとかけられない暗示だもの」


「そうなのか?」

「そうよ。でも束縛という文字にはもう一つの意味がある」

「それは?」

「対象を支配したいという欲よ」


 その言葉は離宮の三人しかいない部屋に響き渡った。沈黙が流れる。

 俺はその言葉が腑に落ちた。そうだ。剣だけを極めればいいという助言も結局は魔剣術を修めたときのことを恐れてだった。ただあの時の言葉に救われたのも事実だ。


「結局はいいように扱われていただけってことか」

 表面上は冷たく突き放すが、俺は心で泣いていた。

「そういう側面はあったかもしれないわ。でももう一回だけチャンスが欲しい! もうソレイユ帝国は存在しないわ。次はちゃんと愛せるわ!」


「いや、俺はもう君の顔は見たくない」

 うう、うううとルナのすすり泣く声が聞こえる。


 俺とアイリスは離宮を後にした。いつか許せる日が来ることを願って。























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「婚約破棄されて王女をNTRれた俺、雪の国で聖女に救われてざまぁします!」 マロン64 @bagabon64

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