雪待ちダイアリー

与太ガラス

降らない雪を待つ

 ミスズはサチが取り出した白い日記帳を手に取り、不思議そうに眺めていた。

「これ、なんなわけ? ただの白いノートやし」

 『雪待ちダイアリー』。雪が降り出すのを待つ人たちのための日記帳、というコンセプトで発売された真っさらなノート。本紙には白色度が高く雪原を思わせる真っ白な紙を使用している。

「雪を待つ間の想いをひたすら綴るノートなの。いま色んな人がSNSに上げてて、バズり始めてるわけ」

 ただの白いノートだが、このコンセプトが知られるようになると徐々に売上が伸び、全国で売られるようになった。

「ほら、ホワイトクリスマスとか、ロマンチックな気持ちを雪に感じる人もいるし、雪への想いを書けば素敵な詩になるのよ」

 冬の寒さが増してきても降り出さない雪を待つ心情に、会うことの叶わない人への想いを忍ばせて書く。そんな投稿が「切ない」「深い」と多くのリプライを集めるようになった。

「ふーん」

 サチが真面目に説明しても、ミスズの心には響いていないようだ。

「最近内地ないちでも雪が降らなかったり、あんまり積もらなかったりするっていうさ。スキーとかする人が困ってるっていう話」

 そういう人が詩的な表現をするのかはちょっと疑問だ。

「雪乞いみたいなこと? ユタに頼んだら?」

「ユタが雨乞いするってあんまり聞かんね」

 ミスズの冗談にサチは笑いながら答えた。

 秋口が最も売れ行きが上がるシーズンではあるが、春の雪解けの時期から書き始めて、去ってゆく恋人への想いに重ねる投稿も少なくなかった。

「なんでこんなの買ってきたの? 雪に思い入れあるわけ?」

「いいじゃん。私もバズってみたいの」

 サチは恥ずかしさを悟られないようにサラッと言ってみた。

「だいたいみんな、文章を書いたページを開いて、使ったペンと一緒に写真を撮るの。キレイな文字が書いてあると、ペンまで売れるっていうさ」

 最近ではメーカーも、この白い紙に映えるマーカーやインクを発売し始めている。バズった投稿にたまたま自社製品が映り込んでいれば人気になる可能性があるからだ。

「でもここ沖縄やさー。待ってても雪降らんし」

 ミスズが元も子もないことを言う。そう、ここは常夏の島。雪は降らない。

「だからよ、そこがいいんやさ。いいから見てて」

 サチは細長い紙の箱と青いインク瓶を持ってきた。そして紙の箱を開けると、中から鮮やかな模様がデザインされたガラスのペンを取り出した。

「でーじキレイ。なにそれ? ガラスペン?」

「ウチの親、琉球ガラスの職人よ。おとうが造ったガラスペンさ」

「あいやー」

 サチの言葉に、ミスズは感嘆の声を漏らした。

「こんなに綺麗なのに、なかなか売れないさ。壊れやすいから空港にも置けないって言われるのよ」

 技術は確かなのに、商売が上手くない。沖縄の人間は人が良すぎる。父は自分の作品に高い値段をつけるのをいつも悩んでいた。

「いまから雪ぞめ式をやるわけ」

 サチがそう言うとミスズは目を丸くした。

「ゆきぞめしき?」

 真っ白な紙を初めてインクで染めることを雪ぞめ式と称するのも、この日記帳の投稿から始まった。「#雪ぞめ式」で検索するといまでは10万件以上がヒットする。一般的にはボールペンで書く日記だが、映えを意識するユーザーは万年筆やガラスペンにこだわって、最初に雪のような紙を染めるインクの色にも頭を巡らすようになった。

「これはなに色?」

「コバルトブルーかな。いまはインクも流行ってるから、名称も凝っててね。琉碧りゅうせいっていう名前で売られてる。沖縄の海の色」

 そしてサチは、ガラスペンにインクをつけ、真っ白な雪を海の色に染めた。待ち続けている憧れの人を想う詩とともに。


私の見ている広い海に 雪が舞うことはありません

私がこの砂浜に残した 足跡を波が消そうとしたら

あなたはそれを雪で覆って 春まで残してくれるでしょうか

あなたはきっと来ないでしょうね 私が雪を知らないように

あなたの海は何色ですか きっと真白い雪の色でしょう

私の海は空を映して 碧くその身を案じています


 サチは書き上げたページを開いたまま日記帳を机に置き、父の造った琉球ガラスペンを傍に配置した。

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雪待ちダイアリー 与太ガラス @isop-yotagaras

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