あまねくむすぶ

@awao

序 だって好きなんだもん

 

 好きという感情は暴れ馬だ。気づけば乗せられ翻弄されている。振り落とされないようにしがみつくことはできても御することはできない。痛みを伴わずに降りることは甚だ至難である。



 朝、起きる。彼女を思う。起きているかな。寝ているかな。起きていたら何をしている? 顔を洗っている? 着替えをしている? それとも布団の中でぼんやりとしている? 

 自分のことと照らし合わせて同じ行動をしていると思うと嬉しくなる。

 今日はどんな一日になるだろう。彼女と会える場面は何度あるだろう。無意識に彼女を探してしまう。彼女が背後を通るだけで緊張する。横をすれ違うと思わず視線を向けてしまう。そのくせ恥ずかしさですぐにそらせてしまう。そんな丸わかりな行動。バレていないだろうか。彼女の声が聞こえたときは心が弾む。彼女の笑い声。ちょっと拗ねたときの素っ気なさ。照れた表情。思い出してずっとニヤニヤしていられる。彼女の声のイントネーションで今日の機嫌の当たりをつける。彼女と話せたときはまさに有頂天。挨拶だけでいい。相づちの一つされただけでもいい。彼女の誰に求めているわけでもない呟きに返事を返せたときの自分を褒めてあげたい。会話が出来たらどんな話題をとりあげよう。趣味の話は定番だ。彼女はインドア派? アウトドア派? 好きな映画は? どんな本を読む。最近、恋愛小説に手を出してみてわかった。恋をしている人は恋愛小説なんて読めないのではないだろうか。小説の中の気になる単語、心に響く台詞、ときめくエピソードに出会うとそれを自分と彼女に置き換えて妄想をたくましくしてしまう。気がつけば妄想の世界に入り浸り、一日かけて一ページも読めてない。

 人の恋を見るより自分の恋を――恋の妄想を――する方がずっとずっと楽しい。

 共通の話題となればやっぱり高校生活のことだろう。部活や勉強の話題でもいい。勉強はあまり自慢できるほうではないけど、彼女が教えてくれたらな。誰もいない教室で波の音を聞きながら二人だけでテスト勉強をしてみたり、進学先や将来の話をしてみたり。

 部活は僕の十八番だ。恵貳糸(えにし)高校野球部は恵貳糸町で盛り上がりを見せている。春の北信越大会では甲子園常連校を倒しベスト8に入った。僕がその一翼を担っていたという自負がある。部員のみんなも町の人たちも僕に期待をしてくれるし、町民御用達週一回刊行の恵貳糸タイムスでは一面に僕のインタビューが載っている。ちょっとした英雄にでもなった気分だ。夏の大会にはきっと大勢の町の人たちが応援に来てくれるだろう。その中に彼女がいたら僕はいつも以上に頑張れる。それとも緊張して普段通りには動けないだろうか。いやいや、彼女の前では絶対に失敗できない。彼女に見に来て欲しい。そう言えたら。


 朝、妄想を膨らませることの楽しさ。

 妄想があくまで妄想でしかないと知りながら帰宅する寂しさ。

 今日も彼女と会えなかった。

 今日も彼女の声が聞けなかった。

 言葉も交わせなかったし、姿さえ拝めなかった。

 部屋のベッドで横になって無意味な一日を後悔する。

 落ち込みようは妄想の山が高いだけに谷はより深い。

 反動で妄想が一層膨らむ。

 帰宅後の妄想は危険と隣り合わせだ。妄想しながらも、どうせ妄想だろう。そんな声が聞こえてくる。どうせ叶いっこないさ、と冷めた横やりが入る。妄想なんてものは都合良く作り出した世界じゃないか。宝くじを買わないくせに一等を当てた後のことを考えてどうなる。自分はあくまで受け身。運命を他人や天に任せてなんの辛さも痛みを伴わないでおいしい汁だけを吸おうとする傲慢な態度。

 

 妄想するくらいなら動け。

 失敗しても動け。

 何もしないで何も起きないより動いて失敗しろ。

 行動こそ生きている証だ。

 動いて成果を上げられれば上々。

 動いて失敗しても勇気を讃えよう。

 動かないでなにも起きないのは死んでいるのと同じ。

 動かないでなにかを得ようとするのは死者を生き返らせる禁忌。

 高校生活は短い。

 長引かせてもどうなる。

 彼女を誰かに取られたらどうする。

 それで諦められるならこれほど苦しめるものなのか。

 彼女を思う苦しさこそ彼女への好きの強さじゃないのか。

 動け。

 今、動け。

 思うがままに。

 感情に逆らうな。

 身を委ねろ。

 踏み込め。

 前へ出ろ。

 一歩でも

 半歩でも

 怯むな。

 臆するな。

 振り返るな

 後先を考えるな。

 すべてを捨てる覚悟で。

 今日までの自分はもう死んだ。

 今日からの自分が今生まれた。

 彼女の存在が僕を生んだ。

 彼女に振り向いてもらうために。

 彼女を手に入れるために。

 彼女のなにがほしい。

 彼女の笑顔がほしい。

 彼女の笑い声がほしい。

 彼女の照れた顔が僕に向けられてほしい。

 彼女の視線が向ける相手は僕であってほしい。

 彼女の手に触れたい。

 彼女の髪に触れたい。

 彼女の唇に触れたい。

 あますことなく彼女に触れたい。

 彼女のすべてが欲しい。

 なら、行動だ。

 

 動け――。

 

 動け、動け――。

 

 動け、動け、動け――、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け――。



――動く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る