乙女ゲー世界のナビゲーターは、病み気味ダウナー地雷系令嬢のアメリさんでお送りしま……待って、その包丁しまって、刺すのはやめて頼むから!

真汐さまり

00_ネバー・エンディング・バッドエンド

00_01_バッドエンド_#38

「ねえ、ナギサ。どうして?」


 夜。明かりの灯らない、薄暗い学園寮の部屋。

 寝室には、明らかに値が張るであろう豪奢ごうしゃなベッド。

 その上に縛りつけられている俺、ナギサ=クロンタークに、彼女は無感動に問いかけた。


「言ったよね? あの女とは話さないでって」


 感情のこもらない静かな声。

 声にあわせてふわりと揺れる、彼女のショートヘアの髪。

 ウルフカットの黒髪に、鮮やかな赤いメッシュとインナーカラー……と、この世界でも言うのだろうか?

 淡い月明かりが差し込むだけの暗がりのなか、真っ赤なヘアカラーが異様に目立っていた。

 ……まるで、流れる血のように。


「どうして?」


 俺のことをじっと見据える瞳も赤く、しかし、生気を失くしたみたいに輝きがない。

 また、その目の周りには、濃いくま見紛みまごう如くに、かなり濃い目のアイシャドウが施されていた。


「どうして?」


 中世ヨーロッパ風に創られた・・・・この世界において、その世界観ぶっ壊しな奇抜な化粧。

 俺の世界で言うなら、ダウナー系か地雷系女子のメイクがこれに近いだろうか。


「……落ち着こう、アメリ」


 語弊ごへいがある。

 彼女は至って落ち着いていた。

 ただ、俺の言葉が届いていないだけだ。

 事ここまでに至ったが最期、彼女、アメリスシア=ラスラ=ベヴェリラクサには、一切の説得が通じない。


「どうして、私だけじゃダメなの?」


 アメリは一歩、俺に向かって歩いてきた。

 同時に、床の上から、ピチャリと音。


「どうして、他の子が必要なの?」


 ピチャリ、ピチャリ。

 彼女が一歩を踏み出す度に、水跳ねの音が部屋に響く。


「アメリ、俺は――」


 ピチャリ!

 一際ひときわ大きな音が鳴り、飛沫しぶきが彼女の靴に飛び散った。

 彼女の髪色に酷く似た、鮮やかなまでの、赤い赤い水飛沫。


「どうして?」


 ゴトリ。

 今度は鈍い音。

 アメリの左手から、掴んでいたものが落とされた。

 長く綺麗な金髪をたたえた、同級生の少女だったはずの首。


「どうして?」


 反対の手がギラリと光った。

 正確には、その手が握っているものが。

 アメリの右手にあったのは、銀色の光沢を放つ大きな包丁。

 鋭く尖ったその刃には、赤い血糊ちのりしたたっている。


「アメリ……聞いてくれ――」

「どうして?」


 ハイライトの消えた赤い目が、感情の消えたうつろな顔が、動けない俺を見下ろしてくる。


「どうして?」

「ぐうっ!?」


 グサリ。

 刃が腹に突き刺さった。

 彼女はやはり無感動に、容赦なく包丁を俺に振り下ろす。


「……どうして?」

「がっ!? ぎぁ……」


 グサリ。

 今度は胸。

 鈍い痛みが声になりかけ、苦しさがそれを許さない。


「どうして? どうして?」

「か……は……」


 再び腹に、そして脚に、凶刃がグサリグサリと突き立てられる。

 飛び散る赤い血、走る激痛。

 身体はビクリと痙攣けいれんし、逃げ出すことができなかった。


「どうして? どうして?」

「かはっ……げはっ……」


 アメリは一心不乱に刺してくる。

 腹を、胸を、腕を、脚を、乱暴なまでに滅多刺し。

 白い柔肌の手は真っ赤に染まり、音もグサリからグリャリに変わった。

 それでもなお、何度も何度も包丁を振るう。


「どうして? どうして、どうして、どうして……」

「がっ、あっ、げあっ! ぐ、ぐうぅぅあぅああぁ……」


 『どうして』だなんて、そんなことは俺が聞きたい。

 ただ、ひとつだけ、わかっていることもある。


「どうして、ドウシテ? ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ……」


 俺がアメリに殺されるのは、これが初めてのことじゃない。



【……BAD END #38】


【クエストに失敗しました】


【最後にセーブしたポイントまで、世界を遡行そこうします】


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