いみごと
花いずみ
第一章
のぞき女-1
今でも鮮明に思い出せる。耳をつんざいたクラクション、重たい塊に弾き飛ばされた衝撃。何が起きたかわからないままアスファルトの上を転げまわった。動けないものの幸いにもまだ意識があった俺を、通行人が数人がかりで歩道へと助け出し、あれよあれよという間に救急車に乗せられて、安心感から気を失った。頭を二針縫う手術も無事に成功し、不幸中の幸いとはまさにこのことだろう。今まで平凡な人生を送ってきた
長いようで短かった入院生活を終えて、俺は今日から大学に復帰した。教室の後方の空いた席に座ると、そこから眺める光景すら新鮮に思える。ノートパソコンを開いて事前に配布された資料を確認していると、前の方から見慣れた人物が入室してくるのが見えた。友人であり幼馴染の
なおとは俺に気が付くと、軽く手を振りながらこちらに近づいてきた。俺の前の席にリュックサックを置いて、親しみやすい笑顔で話しかけてくる。
「まもる!もう元気になったのかよ?」
「おかげさまで。色々迷惑かけて悪かったな。お前のおかげでどうにか単位とれるよ」
「そんなの気にすんなよ。困ったときはお互い様だろ」
そうは言うが、至れり尽くせりが過ぎて申し訳ない。そう考えているのが顔に出たのか、「今度焼肉奢りな」と冗談っぽく付け足される。講義の時間が近づいて、教室内にも続々と学生が増え始めた。久々だから早く着きすぎてしまったか。やや時間を持て余した俺は、再びなおとの方へ視線を向けた。
「……そういやお前さ、入院してたわりには前より明るくなったな。表情とか」
「え?」
俺の視線に気づいていたのか、スマホを弄りながらそう言った。しかし彼の言葉は予想外だった。
「そう見えるか?全然自覚ないんだけど」
「あー、いや、俺の気のせいかも。とにかく完治して何よりだよ」
どういう意味、と追求する前に、講義開始を知らせるチャイムが鳴る。他の学生も雑談をやめて前へと向き直った。
なんでもない会話の応酬のはずだったのに、俺は胸に何かつっかえたような違和感を覚えた。スマホの画面を見つめていた彼が、どんな表情をしていたのかはわからない。けれどその声色に、うっすらと戸惑いが滲んでいた気がした。
事故に遭った時頭部に傷を負っていたので、脳に異常がないかどうかの検査も受けた。結果は異状なしだった。交通事故に遭って記憶喪失だなんてドラマみたいなこと、この程度の怪我では起こりえないらしい。それにもかかわらずなおとの言葉が引っかかる。数週間顔を合わせなかっただけで人は違和感を感じるものなのだろうか。
彼の真意が気にはなったが、それ以上になんだか突っ込んではいけない気がして、俺は教壇の方へと視線を向けた。
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