小木に起きた変化
「先ほどの質問につながりますが、オカルトを一切信じない私でさえ、ペンションの動画にはただならぬものを感じました」
「ははっ、やっぱりそうですか。さっきは言わなかったですけど、小木さんからは『そういったものは信じない』という信念みたいなものが垣間見えてました」
「本当ですか? それはお恥ずかしい」
自分では気づかなかったため、盲点を見抜かれたような心境だった。
「いえいえ、恥ずかしいなんてことはありません。無条件で信じてしまうことの方が危険ですから。小木さんも同じようなことを思うからこそ、『簡単には信じないぞ』という信念を強めたのでは?」
本条の方が年下のはずだが、どこか見透かされているような思いがした。
しっかり者というよりも達観しているという表現がしっくりくる。
「まったく信じないというのもありですけど、さっきのペンションみたいなところでは命取りになりますよ」
本条は話し方こそそのままだが、その言葉には力がこめられているように感じた。
現地に行った人間の言葉は説得力がある。
「前置きが長くなりましたが、私の相談したいことを話してもよろしいですか?」
話題を変えるために本題に入ることにした。
「もちろん、メールで概要をいただいていた件ですね。ぜひ話してください」
私は改めて落合さんの家で見聞きしたことについて、要点を絞って話をした。
訪問時に落合さんの涙を見たこともあり、自然と説明に熱が入った。
本条は終始興味深そうに話を聞いていた。
わざわざ検証動画を投稿しているだけあって、本条がこの手の話題に関心が高いことを実感した。
「詳しい説明をありがとうございます。やっぱり、対面で話した方がいいですね。小木さんの話を聞きながら、何となく状況がイメージできました」
「細かい点は違うかもしれませんが、Aさんの件に似ている気がしました」
「共通点はありますけど、一概に似ているとまでは言えない気がしますね」
本条は淡々とした様子で言った。
落合さんの家とAさんの家という二つの調査対象。
それらに共通点があることは認めたが、似ていることはやんわりと否定した。
「二つの事柄に共通点を見つけることはいいと思います。ただ、似ているという認識を強めてしまうと、ケースごとの個別性を見逃してしまう可能性があります。ライターをやられてるなら、思い当たる点があるんじゃないですか?」
本条の言葉に耳が痛くなった。
オカルトを一切信じないという信念に執着したことで、思いがけない影響を及ぼしていた。
使い古された例えだが、「シロクマのことを考えないように」と言われると逆に意識してしまい、それまでよりもシロクマに注意が向いてしまうというものがある。
オカルトを可能性から排除しようという意識が働くことで、知らず知らずのうちに注意が向いてしまったということだ。
本条の何もかもを見透かしてしまいそうな瞳を前にすると、自分の考えが凝り固まっていたのだと痛感してしまう。
「いやあ……なかなか鋭いことをおっしゃる」
「すいません、あまり適当なことは言えない性格で」
柔和な表情はそのままに、本条は申し訳なさそうな態度を示した。
彼の様子から対話の余地があると判断して、私自身の考えを投げかける。
「正直に打ち明けると、今までは百パーセント疑ってかかっていました。それが元同僚の窮状を目にしたことで価値観が揺らぎました。さすがにオカルト全般を信じたりはしなくとも、個別のケースでは説明がつかないこともあるのではないかと……今のところは暗中模索といった現状ではありますが」
そのように話し終えると本条が今日一番の明るい顔を見せた。
どこか満足げな表情にこちらもいい気分になる。
「すごいですね。今まで調査隊を通して色んな人に会いましたけど、ほとんどが過度に怖がるか、徹底的に否定するかのどちらかばかりでした。小木さんのように柔軟な姿勢の人は珍しいですよ」
本条は興奮気味に話し、私のことを評価してくれているように感じた。
本人なりに評価してくれたのは分かるのだが、自分の中で確信が持てない状況に変わりはない。
「いえ、滅相もない。気は進みませんが、こういった件の真相に迫れたら、何か得られるかもしれません」
「うんうん、いいですね」
本条は会話の途中から上機嫌な様子だった。
そろそろ落合さんの件を進めるべきかと思いかけたところで、彼の方から話を切り出した。
「ちなみに小木さんの同僚だった……」
「落合さんです」
「そう、落合さんのお宅に調査に伺います。推測の域は出ませんけど、これまでの経験から予想できる部分もあります。それで下調べの時間が必要なので……」
本条はそう言って、スマートフォンの操作を始めた。
画面を見ながら何かを考えていて、スケジュールを確認しているようだ。
「他に撮影候補の場所もあるので、二週間ぐらい後だと都合がつきそうです」
二週間という時間を聞いて、少しばかり考える。
落合さん一家の状態は決していいとは言えないが、二週間ほどならどうにか耐えてくれるはずだ。
無報酬で協力してくれる本条に交渉を持ちかけるのは気が進まなかった。
「落合さんに本条さんたちのことを説明して、許可がもらえるように話してみます。本当にありがとうございます」
本条との話し合いが前進すると心の重荷が軽くなるようだった。
何もできないでいるより、こうして行動している方が気が楽になる。
話がまとまり緊張が緩んだことで、他愛もない話がしたくなった。
「本条さんのドリンク、中身は何ですか?」
「これです? これはカモミールティーのラテですよ」
本条はマグカップを少し持ち上げて答えた。
それから私の方のマグカップに目を向けて話し始める。
「ブラックコーヒーの、しかもトールサイズですか? 胃が荒れますし身体に毒ですよ」
「これまた毒とは手厳しい。本条さんはコーヒーを飲まないですか?」
「カフェインを摂取すると思考力が鈍るのでデカフェオンリーです。ちなみに酒も飲みません」
本条は誇らしげに言ったかと思うと、付き合いで飲むノンアルはノーカウントですと付け加えた。
私たちはしばらく雑談を楽しんだ後、日程を調整して落合さんの家を訪れることを約束した。
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