超常現象・検証編 その2
「――では一緒にご確認をお願いします」
調査員と家主が姿勢を低くして横並びになり、壁と壁の隙間を覗きこむ。
カメラは二人の後ろから撮ろうとするが、二人分の背中に遮られて画面越しに隙間の様子を窺い知ることはできそうにない。
撮影役はカメラの腕はまずまずのようだが、こんなふうに残念な画面構成になることがある。
映画に例えるなら見どころを迎えるような場面なのに、よく見えないことで緊張感が薄れてしまった。
超常現象が原因ならばそれはそれとして、参考にしたかったのだが。
思わずブラウザバックしたい気持ちになるが、調査員がしっかりしていたことを思い出して続きを視聴する。
調査員は隙間の中を覗きながら、家主に何かを説明していた。
説明の内容が重要なのではと思いかけた瞬間、「少し後にホンが詳細を話します」と表示された。
先ほど撮影役から「ホンちゃん」と呼ばれたので、調査員が視聴者向けに説明するということなのだろう。
視聴を中断しなくてよかったと思いつつ、調査員と家主の背中を見守る。
それから数十秒後に二人は立ち上がり、画面中央に収まるかたちになった。
「結論から話すと、壁の中の音は施工業者が置き忘れた電動ドライバーが原因です。一定期間放置されて充電はゼロに近いはずですが、思い出したように動いたり、止まったりという状態でした」
調査員の言葉に理解が追いつかない。
ひとまずここは隙間の中を写してほしいところだ。
するとそこで視聴者全般――あるいは私――の期待に応えるようにカメラが撮影しようと試みる様子を画面越しに知ることができた。
だが上手に写せないようでテロップに、「申し訳ありません。レンズのズームが合わず、カメラに収めることはできませんでした」 と表示された。
家主がサクラでもない限り、調査員の説明に納得する様子は本当なのだろう。
隙間の中は奥行きがあるようで、暗がりをライトで照らしていることしか分からなかった。
彼らが動画撮影用に使うカメラでは限界があるということだ。
テレビ局でもあるまいし、そこまでハイスペックなものではないはずだ。
「――ここで、Aさんからお話があるようです」
調査員がそう話すと再び家主と二人で画面に収まった。
「ホンさんが原因を見つけてくれまして……。施工業者のせいでこんな思いをしたかと思うと許せない気持ちです。はらわたが煮えくり返ってます」
開始直後は家主に元気がないように見えたが、今は怒りをたぎらせているようだ。
控えめな声とは裏腹に感情が揺れ動いている様子が垣間見えた。
「他の現象は引き続き調査しますが、この壁の中の音は電動ドライバーが原因で間違いありません。――ちょっと音を拾ってもらいましょう」
調査員が小さめの声で、「カメラのマイクを近づけて」と言った。
指示を受けた撮影役が再び隙間にカメラを近づける。
かすかではあるものの、離れたところからトン、トンと床を叩くような音が聞こえた。
原因が分かれば取るに足らないことだが、幽霊の正体見たり枯れ尾花みたいなものだろうか。
背景はともかく、Aさんにとって気持ちのいいものではなかったはずだ。
私だって自分の住む部屋で同じことがあったら、大家に調べてくれるように働きかける可能性が高い。
「現物を見るまで断定はできませんが、バッテリーが切れかかった状態で誤作動を起こしている可能性が考えられます。この隙間から回収はできそうにないので、今後の対応は家主であるAさん自身にお願いしたいと思います」
「前に問い合わせた時は気のせいで済まされたからなあ。でもまあ、証拠があるだけマシだと思うとするか」
画面を通してもAさんがうんざりしていることが分かる。
壁の中の異音が影響してのことかもしれないが、憔悴しきった状態と怒りの感情という振れ幅が気になった。
――落合さんも同じようなことが原因だったら、こんなふうになるだろうか。
そして、調査員はAさんの変化に触れないまま撮影の進行を続ける。
「以前、この家の異常を調べてもらおうとしたのは施工業者ではないでしょうか?」
「全くもってその通りです」
「やはり、そうでしたか」
調査員は含みのある言い方をした。
腕組みをして家主にどう伝えるべきか考えているように見える。
「実は我々の方で調べたのですが、Aさんのお宅を施工した業者はずいぶん評判が悪いようです。他に言い方がなくてすみません」
「い、いえ、とんでもない。従業員もそれなりにいるし、知り合いの紹介で選んだんだけどなあ……」
Aさんは残念そうに言った。
ここでテロップが入り、「Aさん宅は新築戸建てです」と補足があった。
落合さんは中古住宅なだけ傷が浅いとしても、自分で建てた家でこんなことになるのは世知辛いものがある。
超常現象は関係なくなっている気もするが、動画の顛末を見届けたいと思った。
「ひとまず、我々にできるのはここまでです。欠陥住宅の可能性ありということで、業者とバトルするのもよいでしょうが……」
「ええと、まだ何か?」
調査員は穏やかに話しているのだが、Aさんは余裕がないように見えた。
「この家でAさんが誰かの視線を感じるのはお疲れだからかもしれません。視線を感じるようになったのと物音に気づいたのでは、どちらが先でしたか?」
調査員の質問は的を得ていた。
検証回を銘打っているだけあると思う。
家主の話を鵜吞みにして――あるいは悪用して――超常現象に仕立て上げるのではなく現実的な落としどころを模索している。
「そういえば、壁の中の音が気になるのが先だったかな」
「睡眠はどうでしょう? よく眠れていますか?」
「物音が気になるようになってから、夜中に目が覚めることが多くてねえ」
調査員は納得したように何度か頷いた。
するとここで動画の画面が止まった。
「えっ、いいところなのに!?」
画面に注目していた私は椅子から転げ落ちそうになった。
時間にして十秒ぐらいで画面が切り替わり、どこかの河川敷が背景になっている。
二人の男性が並んで立っており、調査員ではない方の顔にもモザイクはかかっておらず、カメラを固定して撮影役も写っている場面だと判断した。
「中途半端なところで場面転換になってしまい、誠に申し訳ありません」
二人は息を合わせたように頭を下げた。
彼らの様子からして、これから何があったかを話すのだろう。
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