気になる動画を見つける

 落合さんの自宅に赴いてから一日が経った。

 世間では嘘も方便と言うらしいが、安心させるために無責任なことを口走ってしまったことを反省している。

 ライターという職業柄、情報収集と取材スキルはそれなりにあると自負していてもオカルトや超常現象となれば話は別である。


 今朝はライティング業務そっちのけでネットサーフィンに励んでいる。

 落合さんとの約束を守りたかったし、あの家で起きていることを解明したい思いもあった。

 

 検索を続けていると、まず見つかったのはお坊さんを呼んでのお祓いだった。

 お祓い=神社のイメージが強かったが、どうやらお寺の守備範囲でもあるらしい。

 お坊さんが訪問して読経すれば何となく効き目がありそうだし、落合さんも安心できるのではと思った。

 だが残念なことに出張依頼は受け付けていないということだった。

 日帰りで来てもらえそうな距離だっただけに惜しかった。


 想像以上に難航しそうな気配である。

 本格的にこういったことを調べるのは初めての経験だった。


 近隣に神社仏閣はそれなりにあり、一定以上の規模であればホームページもある。

 その中にはお祓いやご祈祷という記載も見られるが、そのうちの多くが年単位で更新情報が止まっているため、問い合わせるのはためらわれた。

 

 もちろん、私のような動機で探しているケースはレアだと思うが……。


 なかなか上手いこといかないため、神社とお寺路線は打ち切ることにした。

 そうなると気が進まないが、スピリチュアルの専門家あるいは霊能力者方面で探すことになる。

 己の信念を曲げることになるため、検索ワードを入力し終えるのに時間が必要だった。


「……まあ、そんなもんだよねー」


 検索を始めて五分ほど経ったところで、早々に見切りをつけた。

 理由はいくつかあるが、設定されている報酬が高額であることが挙げられる。

 家を買ったばかりの落合さんにそんな額を払わせたくない。

 中には本物もいるだろうが、全体的に怪しげな雰囲気が近寄りがたくさせた。


 元同僚のためにと安請け合いしたつもりはないが、わりと難航している。

 いや、目指すべきゴールの把握すらできていない。

 ……これはまずいことになった。


 このままノートパソコンにかじりついても悪循環だと思い、コーヒーを淹れることにした。

 この前、千鶴さんにもらったドリップコーヒーが残っている。

 私はコーヒーを用意した後、帰りしな落合さんにもらったクッキーをかじった。

 コーヒーによく合う味で、地元の洋菓子店で売られているものみたいだ。


 一息つきながら外の景色に目を向けた。

 窓の向こうには青空と新緑のさわやかな色彩が広がっている。

 この空の下で落合さんのように悩む人が他にもいるかと思うと複雑な心境になる。

 オカルトかどうかは問題ではなく、原因が分からなかったり、対処法が見つからなかったりすれば誰だって途方に暮れてしまう。


 ブラックコーヒーの苦みとクッキーの甘みを交互に味わいながら、落合さんと働いていた頃を思い出す。

 数字にうるさい会社で営業目標に届かない時は上司に長々と説教をされた。 

 時にはパワハラまがいのこともあり、新人をいびりがちなよくない傾向もあった。

 そんな会社で数年間働くことができたのは落合さんのおかげだろう。


 おぼろげに考えていたことだが、今度は自分が力になる番だと思っていた。

 神社&お寺では適したところがない上に霊能力者関係も期待が薄い。

 手詰まりな感はあるものの、ここで手を引くわけにはいかない。

 こうして、私は決意を新たにネットサーフィンを再開した。


「――ああ、見つかんない」


 検索を再開して三十分が経過した。

 げんなりするほどに何の進展もなかった。

 オカルトに懐疑的な者にとって、その道の情報を調べるのは苦痛だった。

 

 ――明らかに胡散臭いサイト

 ――過剰に恐怖を煽る演出

 ――自作自演が透けて見える書きこみ


 中には感心するような情報も見かけたが、実際の事件をオルタナティブに解釈しただけで、もっともらしいことを書いているだけだった。

 文章自体は読ませる力があるのに、 「どうだ、すごいだろ!」という自己主張が強すぎると読んでいて鼻につく。

 そして、ほとんどの情報が怖がらせてやろう、もしくは何だかんだ理由をつけて課金させようというのが見え見えだった。


 先の見えない状況に挫折しそうになり、動画配信サイトを調べることにした。

 あまり期待できないものの、目先を変えることは重要だと考えた。


 ――検索を開始して五分が経った。


 途中で落合さんの自宅からほど近いエリアで活動している配信者もいたが、廃墟突入系のチャンネルでミスマッチだった。

 そんな配信者を落合邸に呼んだとして、せいぜい面白おかしくあの家をホラーハウスに仕立て上げるだけだろう。


「……うーん、これは難儀だな」


 情報収集に自信があるとはいえ、不得意分野を調べ続けるのは負担が大きい。

 オカルト関係の情報ばかりに触れていてはミイラ取りがミイラになりそうである。

 私は危機感を覚えた結果、動物系癒し動画を見ることにした(落合さん、任せてほしいと言ったのにごめんなさい)。


 それから私はおすすめに表示される動画をチェックした。

 ついさっき検索をかけたことで、オカルト系の動画も表示されるため、「このチャンネルをおすすめに表示しない」をひたすらクリックした。 


 ――そこから十分が経過。


 愛らしい犬の動画を見ていると心が洗われる気がした。

 自分は執筆作業を脇に置いて、一体何をしていたのか……。

 頭の中がお花畑のような状態になり、ラブ&ピースと口ずさみたくなる。

 今すぐ切り上げる気にならず、癒し成分高めの動画を探していく。 


「……あれ、これは何の動画だ?」


 トップページの動画一覧を眺めていたら、浮かれた気分から現実に引き戻された。

 理由は分からないが、思わず目を引かれた。

 

 動画タイトルには「〇邸の超常現象・検証編」とあり、ホラーチャンネルにありがちなおどろおどろしいサムネを使っていない。

 モザイク処理がされているが、サムネの画像にはどこかの一軒家が写っている。

 おそらくこの家が〇邸であるということなのだ。


 視聴回数は三桁で人気チャンネルというわけではないようだ。

 控えめな演出にどんな目的があるのか気になり、動画を再生してみることにした。

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