嘘日記

河狩優

キリンの首を伸ばす話

 数年ほど前の話。高校時代の友人Xからご飯を食べに行こう、と連絡があった。


 私は人とコミュニケーションを取るのが下手であり、高校時代の友人はXと他数人程度しかいなかった。私は人との対話が下手というだけでなく、関係を維持する気持ちもあまりなかった為、必然的に卒業後には疎遠になり、Xと連絡を取るのは約八年ぶりであった。


 Xは高校時代から友達が多く、比較的大人しい者が多い同級生の中でもムードメーカーのような気質を持っていた。

私とXはそれなりに仲が良かったが、Xからすれば数いる友人の一人、というようなものだったと思う。

 急な連絡ではあったものの、その時の私は会社を辞め、転職活動中であり、暇な時間も多く断る理由も無かった。

 近況を聞きたい気持ちがあるのも確かだったため、私は誘いに乗ることにした。


 後日、私が待ち合わせ場所に指定した駅で戦々恐々としながら友人を待っているとポンと肩を叩かれた。

振り返るとそこには高校時代から変わりつつも面影のある友人の姿があった。


「久しぶり」

「おー、久しぶり」


 合流した後、私たちは飲み屋に向かいながら、あんまり変わってないね、とか数年じゃ変わらないよ、と他愛もない話をした。その日は風が強い冬だったので、とても寒かったのを覚えている。

 飲み屋に着き、近況報告をしていると仕事の話になり、Xは今何をしているのか、と聞くとXが神妙な面持ちで黙り込んだ。どうしたのかと思っているとXは言う。


「あまり大きな声では言えないんだけど」


 大きな声で言えない仕事と聞き、私はなんとなく嫌な予感がしたが、彼は声をひそめて話を続けた。


「動物園でキリンの首を伸ばす仕事をしているんだ」

「キリンの首を……伸ばす」


 私はなにかの聞き間違いかと思い、復唱したが、Xは真剣な顔で大きく頷いた。私の記憶の中にあるXがこの顔をする時に嘘を吐いたことはない、私は彼の話を聞くことにした。


 どうやら、彼が言うには世にいる動物園のキリンというのは人の手によって首を伸ばされた個体なのだという、本来はキン、と呼ばれる短い首の動物であり、キリンのリ、が伸ばされた首を表しているらしい。

 俄には信じがたい話であった、しかし彼の瞳には一切の曇りはなく、真剣に私を見つめていた。

私は彼の話を全面的に信じることにした。


「待ってくれ、キリンの首は高いところにある木の葉を食べる為に進化したと聞いたことがある」

「それは嘘だ」


どうやら嘘らしい。


「……しかし、一体誰がなぜそんなことを」

「キンという種を初めて見つけた人物がインパクトが足りないと言って伸ばしたんだ、そしてそれに気づいた時には遅かった、世界にはキリンという種、つまり君たちのよく知る首の長い動物として広められていた。そして、これを動物園サイドは隠蔽した」

「なぜ、そんなことを」

「わかるだろう……」


 Xは皮肉げに薄く笑った。自嘲しているような疲れたように笑う姿は高校時代のXでは見たことのないものであった。


「動物の首を伸ばすなんて、冒涜的だ、人がすべきことではない。動物を愛する者にも宗教的にも批判は免れないだろう、しかし既にキリンという種は広まり、動物園にだって多く存在していた。だからキンという種を最初からいなかったことにしたんだ」

「なんということだ……」


 悍ましい話だった、人の都合で変えられ、人の都合で隠された種族、決して許されることではない。

 ふと、Xはなぜ私にこの話をしたのかと気がつく。こんなことを話したとバレたらクビどころでは済まないのではないか。私がそう考えたのを読んだかのようにXはにやりと酷薄な笑みを浮かべ、こう言った。


「君は確か、仕事を探していたよね」



***



 私は今、Xからの誘いを受け、動物園で働いている。

 ゾウの鼻を伸ばすのが私の主な業務内容だ。

どうやらキリンだけでなく、ゾウすらも人間が歪めた姿なのだそうだ。同じように名前も変えられたのかとXに聞いたがゾウは元からゾウらしい。


「待ってくれ、ゾウの鼻が長いのは進化の過程で水を飲んだり食べ物を掴むために進化したという話を聞いたことがある」

「それは嘘だ」


どうやら嘘らしい。


 その言葉を最後に、Xは姿を消した。

今思うと、私を勧誘したのは私に後を任せるつもりだったのだと思う。

動物園の地下にある私の部屋にXからの書き置きが一言だけ残されていた。


『君が僕のところに来るのを首を長くして待っているよ』


 彼はいま、一体どこにいるのだろうか。

私は薄れてきた罪悪感に恐怖しながら、今でもゾウの鼻を伸ばし続けている。

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