第2話
「ハァハァ、ハァ……ッ! ク、クソ……!」
星降る夜。人で賑わう繁華街とは正反対の方向で一人の若者が逃げ惑っていた。その背中には小児が一人くらいは入りそうなバックを背負っている。
息切れを起こしながらも足を止めず、何度も後ろを振り返っては全力疾走を繰り返す。その速さは人間離れしており、車のアクセルを思いっきり踏み込んだ時と同じ程度の速度は叩き出しているだろう。
当然、視界を流れる景色の速さも速度に伴って速くなるが、精霊魔術師たる彼のそれは普通の人間とは一線を画しているので問題ない。
それよりも目先の問題が控えていた。
(何なんだよ、あれは……! あんなの依頼内容になかったぞ、クソッタレ! 背中のこいつを指定の場所まで運ぶだけなんじゃなかったのか!?)
若者は顔中に珠のような汗を浮かべるも、拭う余裕など決してない。思考は己の肉体ではなく、己が今遂行中の依頼についてに向けられていた。
若者は精霊魔術師だが、国家に属さない。本来の精霊魔術師は国家に雇われる正規の精霊魔術師でなければならない。無論、一般人には存在が知られていないので公務員扱いとされている。
しかし、彼はフリーの精霊魔術師。言い換えれば免許も持たずに車を運転しているようなもの。違法精霊魔術師というカテゴリーに入れられるだろう。
それでも尚、彼が生きてこられた理由は明白。強かったからだ。追ってきた者達を追っ払える程度には。
ならば、逆に今は追われる立場であるのは何故か。それもまた明白。
追っ手が彼よりも強いからだ。
(クソッタレ……! 壁……!? 工事でもあったのか? ここに壁はなかった筈だぞ!?)
行き止まりを示す壁の前で足を止め、若者は顔を歪めて歯軋りをする。クソッタレ、という台詞は彼の口癖なのだろう。頻繁に飛び出している。
「ま、待ってくれ……!
足音が聞こえてくる。彼は振り返り、即座に膝を折って地面に頭を擦り付けた。両手を差し出し、敵意がないことを証明する徹底ぶりだ。
いまだに姿を見せてはいないが、彼は直感で分かっていた。追っ手が自分では決して敵わない相手だということを。
だからこそ、自尊心を自らの手で粉砕したのだが、関係なかった。
「ぎゃッ!?」
彼は感覚が二つほど消えたのを感じ取り、顔を上げる。あるはずのものがなくなっていた事実を知り、遅れてやってきた激痛と共に叫び声を上げた。
「お、俺の腕がァァァァアアアアーーーーッ!!!!」
彼の両腕は肘から先が消し飛んでいた。正確には彼よりも遥か後方へと落ちている。落ちる音が拾えなかったのは彼の恐怖心が膨れ上がり過ぎていたせいで、聴覚が正常に機能していなかったからだろう。
代わりに鋭敏となった痛覚が存分に働いたことで彼は大の大人としては情けないほどに泣いて転げ回った。
これまで散々追っ手の精霊魔術師を嘲笑いながら蹴散らしてきた。その報いだともいうべき悲惨な状況に置かれ、彼は絶望と後悔の念を抱く。
「わ、悪かったよ……俺が全て、悪かったぁ……! だ、だから見逃し────」
言葉は続かなかった。続けられなかった。彼は最期に見た。
自分を討とうとしている者の姿を。
(か、風の精霊……? ま、まさか風の精霊魔術師)
そこにいたのは自分と同じ風の精霊を従わせる風の精霊魔術師の姿をした人影だった。
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