風の精霊魔術師《リメイク》
散漫たれぞー
第1話
「しくった……」
白亜の宮殿。元は立派に構えていたんだろうが、爆撃でも落とされたように半壊している。
瓦礫の山の中から這い出、残された壁に手をついてよろめきながら歩く者が一人。
草臥れたスーツにやる気が微塵も感じられない顔。表情が違えば精悍な顔立ちだが、本人は自覚した上で使い分けているので今は必要ないと崩しているのが彼のタチの悪さを表している。
歯を食いしばり、手をつっかえ棒のようにして男性は歩き続ける。ベッタリと血が滲み、ツゥと重力に従って滴り落ちていく。
「駄目だな、これ。致命傷だ」
冷静にそう判断を下した瞬間、男性の足がもつれて転倒した。よく見れば腹には風穴が空いており、今も息しているのが不思議だった。
受け身を取る余力すらなかったのか、顔を思いっきり地面にぶつける。鼻があらぬ方向へとへし折れるも、そんな些細なことに意識は全く向けられない。
男性の中で少しずつ痛覚どころか感覚が遠のいていき、意識までも彼方へと引っ張られつつあった。本人の意思問わず消えゆく光。それは彼の死が間近まで迫っていることを意味していた。
(道半ばだってのに……くくっ、半端な終わり方だな。俺らしいっちゃ俺らしいが)
死に際だというのに男性は微笑みを湛える。死への後悔がないと言われれば嘘になるが、反省するべき点があるかと言われれば一つとないと豪語できるのが彼の性根が千年存在し続けた神樹にも匹敵する揺るぎない絶対的な意思力に説得力を持たせるだろう。
(親父、お袋……俺はやれるだけのことはやった。鬼神もきっきりブチ殺したんだからいいよな?)
誰も成し遂げられなかった偉業を己で讃え、少しずつ遠のいていく意識へとその魂も追随していく。肉体を置き去りにして、現世から離れていく魂を彼の意識も追いかける。
享年26歳。風鬼青嵐の人生は幕を閉じた……
『目醒めよ、鬼を討ちし勇者よ』
緩やかな風が吹く。その風に乗せられた荘厳な声が空間全体に谺する。
返事はない。青嵐はもう死んだのだ。その魂も意識も黄泉の国へと旅立ってしまった。全ては手遅れなのだ。
『貴様にはまだ死なれては困る。契約を果たしてもらうぞ、風鬼青嵐』
しかし、何重にも重なり、大気を震わせる声はそれを断固として認めず赦さない。
青嵐の周囲で風が廻り、四肢を包み込んでいく。ゆっくりと地面から浮上し、1m程度の位置で滞空する。
次の瞬間、極光が放たれ、空間全体を照らし上げた。その極光は少しずつ人の形を成していき、四肢が生え揃っていく。
重力を感じさせない動きで地面へと着地し、光のない青嵐の双眸を静かに見下ろす。おおよそ一般男性の平均的背丈の二倍の長躯といったところだろう。
『契約の名の下に我は委ねよう────全ての風を』
荘厳な響きが沁み入るように空間全体を揺らす。人の形をした光は青嵐の鍛えられた胸板に置かれ、光の粒子となって吸い込まれていく。
そして、青嵐の肌の色が土気色から肌色へと戻り、心臓の鼓動が鳴り始め、血が全身に巡り出し、闇に閉ざされていた瞳に光が回帰した。
瞬間、爆発的な圧が周囲に放たれ、半壊していた白亜の宮殿を跡形もなく噴き飛ばす。砂塵が舞う中で人影が動き、腕を薙ぐような動作と共に視界は良好となる。
そこに立っていたのは風鬼青嵐で間違いなかった。しかし、彼を知る者は一人として本人と確証出来ないだろう。
何故なら今の彼から感じられる圧は人間のそれとは格が違った。
「これが契約の力、ね……くくっ、無駄に寿命が延びちまったなァー」
青嵐の琥珀色の瞳は青く輝いており、蒼穹の如く澄み渡っていた。
それは風神との契約の証。
世界で唯一の契約者となった印だった。
後に彼の名は世界各地へと知れ渡ることになる。今の彼は知る由もないが。
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