親友の婚約者なら恋愛対象外。そう思って気軽に美女を褒めまくってたら、超絶的にコミュ障な婚約者の姉だった話

長田桂陣

ボサ髪でムチムチのお姉さんっていいよね

 ある日、非モテ同盟を組んでいた親友に土下座で謝られた。

 コイツとは小学校からの幼馴染で親友だ。

 同じ工業系の男子校を卒業後、同じ地元企業で働いている。

 ルックス、体型、収入、ともに平凡。

 僕は勘違いしていた。

 僕たちはお互いに、女性との出会いがないのだと。

「実は親が再婚をしたんだ」

 僕たちは地元暮らしなものだから、実家の子供部屋に住んでいる。

 だから親の再婚は、大きく生活に影響する。

「ああ、知っているぞ」

 土下座の必要など全く無い。

「実は親父の相手、つまりお義母さんには連れ子がいるんだ。それが女の子でな。いわゆる義妹というやつだ」

 親友が嬉しそうに語る。

「その様子だと可愛がっているみたいだな」

「ああ、本当に可愛いんだよ」

「で? 土下座までするんだ。それだけではないだろう?」

「十七歳なんだ」

「おのれぇ! 土下座くらいで済むと思ってんのかぁぁ」

 ……というのは、親友同士のいつもの冗談だ。


「それは、気苦労が絶えないだろうな。そりゃまぁ、羨ましいけどさ」

 土下座までするなら、許してやろうじゃないか。

 僕たちが十九歳。二歳下の異性の連れ子ではいろいろ気を使うことだろう。

 そもそも美少女義妹との同居は親友のせいではない、不可抗力なのだ。

「もちろん、それだけなら土下座まではしない! すんげぇ美少女で。俺のことをお兄ちゃん、お兄ちゃんって慕ってくるんだ」

「そ、それは正直羨ましい! 確かに土下座案件だな」

「いや、まだ土下座の理由を言ってないが?」

「はぁ? 既に土下座案件ですがぁ!?」

「落ち着いて聞いてくれ……婚約した」

「……え?」

「異性として意識してしまって、お互いに気持ちを確認してな。ちゃんと両親に話を通して、婚約をした」

 もしもこれが親友ではなかったら、さっそく未亡人が増えていたかも知れない。

「非モテなのに……義妹と?」

「婚約をした」

「こ、婚約ってことは、非モテなのに……付き合ってたって事か?」

「もちろんそうだ」

「結婚を前提にするようなお付き合いを?」

 親友が言葉を詰まらせる。

 僕に対する、せめてもの情なのだろうと感じ取った。

「……そ……ちょ……あぁぁ……」

 僕は言葉に詰まる。

 たっぷりと、四十秒くらいは固まった。

 ああ、僕は勘違いしていた。

 親友だけは仲間だと、義妹と婚約するのは妄想だけだと。

「……おめでとう。親友として祝福するよ」

「それで本題なんだが。是非、お前に婚約者を紹介したいんだ。今週末、家に来てくれ」


#


 週末に友人の家に向かう。

 なんてことのない日常のはずが、僕は間違いなく緊張している。

 親父さんの再婚から、ここ一年ほどアイツの家で遊んでなかった。

 いやぁ、まさか義妹を秘蔵していたとはねぇ。

 今日は婚約者さんも交えて、昼食を一緒に食べるという。

 これはもう親戚のつき合い方だ。

 僕は気を使って、家を出るときにLINEを送ることにした。

 

『今から行く』

『気をつけろよ』

『妙に優しいな?』

『妹の愛らしさに備えろと言っておる』

『はいはい』

『ショック死の心配があるから先に写真を送ってやろう、ラブラブなツーショットだ』

『送るな、絶対見てやらねぇ。会えるのを楽しみにしておく』


 それから連続して数件の通知が来た。

 どれだけ自慢したいんだと、笑ってしまう。

 だから、この通知が重要なメッセージだとは気づかなかったのだ。

 

『グループ【大好きな人】に追加されました』

『飲み物が足りないので真音まいんと買いに行ってくる。お義姉さんが留守番しているのでヨロシク』


 このメッセージを見ていれば……僕は勘違いでお義姉さんを口説いたりなんか、絶対しなかっただろうね。

 

 親友宅のインターホンを鳴らす。

 以前は「ガチャ! おーい! 遊びに来たぞ~!」であるが今日の僕は礼儀正しい。

 誰も出てこない? もう一度インターホンを鳴らす。

 おかしいな? LINEを送ってみるか。

 スマホを手にしたとき、ゆっくりとドアが開いた。

 玄関の中からドアチェーン越しにこちらを覗き込んでくる女性。

 僕の呼吸が止まった。

 可愛い女の子は覚悟をしていた。

 そう、十分に備えていたのだが……思いがけず、大人の美人だったからだ。


 僕がもし、まだ高校生で。

 この美人がクラスメイトだったなら、目も合わせられないような美女だ。

 下手に視線を合わせようものなら『あいつ、凡夫のクセに美人を見つめる身の程知らずだぞ』と後ろ指をさされかねない。

 そのくらい住む世界が違う美人だ。


 無造作に乱れた長い黒髪が、彼女の美しさを引き立てている。グラビアでしか見たことのない滑らかで整ったフェイスライン。その肌の白さ。

 目元には二つ連なる泣きぼくろ。

 女性はじっと僕の顔を見つめる。

 この美人が婚約者?

 親友は可愛いと言っていたが、これは可愛いではなく大人の魅力たっぷりの美人だ。

 可愛いって、若干上から目線の表現だと思うんだよね。

 余裕が無いと言えない言葉だよ。

 妹に対する兄の余裕というやつだろうか?

 この大人の魅力溢れる美人を「可愛い」と言えちゃう親友を尊敬する。

 

 それでも僕は美人を相手に淀みなく、大して緊張もせずに挨拶が出来た。

「こんにちは。本日はご招待いただきまして、ありがとうございます」

 この彼女いない歴が年齢と同じ僕がだ。

 なぜか?

 だって、この人は親友と既にラブラブな婚約者なのだ。

 そう、全くもって、万が一にも僕と恋仲になる可能性がない。

 絶対に恋愛に発展しない。

 僕が男としてどう思われるかなんて、気にしてもしょうがないのだ。

 そう。例えるなら、友達のお母さんみたいな感じ。

 親友という楔があるのだから、お互い適度に仲良くするのが得策なのだ。


 だがしかし、ドア越しの美人さんは沈黙を続けている。

「……知らない人」

 そう呟くと、スマホを操作し始めた。

 メッセージアプリのようだ。

 僕はその間に美人さんの全身を眺めていた。

 ドアの隙間からチラッと見えた姿は、ぴっちりセーターにストレッチジーンズ。

 そして! Vネックから覗く、鎖骨と巨乳の谷間。

 手を伸ばせば届きそうな距離に、若くて綺麗なお姉さんの谷間があるのだ。

 美人さんがメッセージを打ち終える。送信音、そして着信音。

 そのとき僕は見ていなかったが、僕の知らない間に作られたLINEグループではこんなやり取りが行われていた。


『男の人が来た』

『俺の親友です、お義姉さん』


 そして、僕が見るべきだったやりとりは、その後も未読のまま続くのだ。


『偽物かもしれない、合言葉を』

『大丈夫ですから。合言葉とか、ありませんから』


 美人さんがスマホから顔を上げる。

 僕は慌てて谷間から目を背けると、鉄の意志で美人さんの顔だけを見据えて微笑んだ。相手は親友の婚約者なのだ、絶対の絶対にエロい目で見てはいけない。

 俺はこの美人と友人を超えた親戚のようで良好な関係を、それこそ一生維持する事になる。 その唯一の方法は、ドスケベボディに視線を向けない事。その一択である。


「あの、ようは?」

 よう。親友の名前だ。

「す、すこし……出かけて」

 ドアの隙間、チェーン越しに婚約者さんは怯えているように言葉を絞り出した。

「出かけて……います……」

 僕は、勘違いしていた。

 親友の話から、てっきり快活なギャル系の婚約者を想像していたんだ。


「わかりました。では近くを散歩してまた来ます」

 僕は速攻で踵を返す。

「あ、いえ、その……あ、合言葉」

「気にしないで下さい。散歩が大好きで、今とっても散歩がしたい気分なんです」

 初対面の男と二人きりは気まずいのだろう。

 婚約者の居る身ではなおさらだ。

 僕も初対面かつ親友の婚約者で、さらにドスケベボディの美人などと二人っきりはまっぴらごめんなのだ。

 さっさと退散することにしよう。

 その時のLINEがこちら。


『お姉ちゃん頑張ったけど駄目だった。帰った』

『駄目だよお姉ちゃん、陽くんの親友さんだから上がってもらって』


「さて、近くの公園にでも行くか」

 玄関の外、通りに出たところで、背後からドサッと不審な音する。

「ま……まって」

 振り向けば半開きのドアと、挟まれて倒れている超絶エロい美女がいた。


#


 親友の婚約者さんを、リビングのソファーに座らせる。

 出来る限り、出来うる限りに細心の注意を払って、エロい身体に触れないようにだ。

 この人は親友の婚約者だ、親友の婚約者だと自分に言い聞かせた。

 冷蔵庫からミネラルウォーターを選んでグラスに注ぐ。

 親父さんの再婚から暫くは来ていなかったものの、以前は我が家のように入り浸っていたので勝手は知っていたのだ。

 対面キッチンから婚約者さんの様子を伺う。

 

 まず目に入るのは、テーブルに所狭しと並べられた料理の数々。

 キッチンの鍋や冷蔵庫の中を見るに、これらは全て手作りだ。

 親友や親父さんが作ったとは思えない。

 そうなるとこれらは婚約者さんが作ったのだろう。

「水をどうぞ」

 僕を警戒しているのか、スマホをしっかり握りしめている。

 美人に警戒されるなど、普通なら大ダメージだ。

「す、すみません。久しぶりに、外に出たものですから……太陽が眩しくて」

「ああ、在宅勤務だそうですね」

 とはいえ、外に出ただけで倒れるのは重症だ。

「在宅と言いますか……引きこもりと……言いますか」

 あまりのエロスなオーラで気づかなかったが、よく見れば髪はボサボサだし、なんかこう全体的に身なりがヨレヨレなんだ。

「す、すぅ……すみません。お客さまなのに、こんな事をしていただいて」

「いえ、気にしないで下さい」

 ところで、と話題を変える。

「この、とても美味しそうな料理はあなたが作ったのですか?」

「は、はい。まぁ、そう……です」

「どれも美味しそうです。待ちきれないですよ」

 本心なので淀みなく褒めちぎる。

 これには婚約者さんもご満悦だ。

「え、その。あ、ありがとう、ございます」

「愛する人と、美味しい家庭料理。幸せだろうなぁ」

「そ、そうでしょうか?」

「もちろんです!」

 無責任に美人を褒められるって意外と楽しいぞ。

 なにしろ親友の婚約者だ。

 下心を疑われる心配がない。

 しかし、婚約者さんは僕から目をそらし、スマホを触り始めた。


真音まいんちゃん、早く帰ってきて』

『どした?』

『お姉ちゃん持たない』

『お腹が空いたの?』

『違うの、お腹も空いてるけど違うの』

『お腹が鳴るかもね』

『そんなの恥ずかしくて死んじゃうよ』


 婚約者さんはスマホを手におろおろとしている。

「そうだ……味見しませんか?」

 婚約者さんは早口で言うと、手早くエプロンを着けた。

 そんな婚約者さんを追いかけて、僕もキッチンに立った。

「キッチンに立つ家庭的な女性も素敵ですよね」

 隙あらば褒める。

 楽しい。

 婚約者さんは鍋から小皿に味見用に料理をすくうとそれを一口食べた。

 それから、もう一口分を箸でつまみ僕に差し出す。

 えっと。

 超絶エロボディの美人が料理を差し出し、なんで食べないの? と小首をかしげる。

 婚約者さんは早く味見をさせたい一心なのだが、僕はそんな事を知らない。

 だって、この人は親友の婚約者なのに、そんな人と同じ箸であーんだなんて破廉恥じゃないか。

「ありがとうございます。でも、誰にでもそういう事をしないほうが良いです」

 一瞬、ぽかんとして。

 それから自分の行動に気づいたようだ。

 婚約者の居る女性が誰にでもして良い行動ではない。

 慌ててフォローをする。

「うれしいですよ! 本当に! あなたみたいな美人さんに食べさせてもらうなんて、そりゃ幸せですよ。でもほら僕なんてモテナイ男ですからね。そんなことされたら簡単に惚れちゃいますから」

 彼女は親友の婚約者だ。

 生涯のお付き合いとなる可能性が高い、仲良くなっておかなくては。

 しかし、距離感が難しい。

「これから、アイツと向かい合って飯を食うのは、僕ではなく婚約者さんの役目ですね。アイツの事をお願いします」

 ピタッと婚約者さんの手が止まった。

「それって、寂しいですよね?」

 俺の事を気づかってくれるなんて優しい人だ。

 湿っぽい話は良くないので明るく返す。

「僕にも貴女みたいな人がいて、一緒にご飯を食べてくれたら良いのですけどね」

 直球勝負。

「ひやっ」

 あ、引いてる。だが大丈夫だ、僕を警戒する必要はないと教えてあげればいい。

「婚約者さんのような美人と家族だなんてアイツは幸せ者です」

 共通の接点である親友に、全部つなげてしまえばいい。

 婚約者さんの表情が明るくなる。

「アイツの人生がバラ色に見えます。職場でも婚約者さんの自慢とノロケ話ばかりですよ」

「わ、わかります。す、すごい幸せそうです」

「でも、素敵な婚約者さんなら自慢したくなるのも無理はないですよ」

「はい、私も素敵だと思います」

 婚約者さんが微笑む。

 とても魅力的で、儚げで、庇護欲をくすぐられる。

 アイツの婚約者でなかったら、僕は一発で好きになっていただろう。

「本当にアイツは素敵な婚約者さんがいて幸せですよ」 

「そ、そうなんです。そんなに褒めてもらえるなんて、う、嬉しいです」

 婚約者さんが僕を見上げて微笑む。

 僕はと言えば、素敵な笑顔に釘付け……どころではない。

 Vネックから覗く胸元を絶対に見ないように彼女のオデコの辺りに視線を固定する。

 今視線を下げれば、それはそれは素晴らしい景色を拝めるだろう。

 だが駄目だ! この人は親友の婚約者! 親戚みたいなもの! エロ目線は絶対NG!

 味見が出来なかった僕だったが、二人でリビングのソファーに戻っていた。


『エッチじゃない』

『え? 真音はずっとエッチだよ?』

『親友さんがね、エッチじゃないの。お姉ちゃんをエッチな目で見ないの』

『良い人っぽい?』

『まだわかんない。でも陽くんがね、いつも真音ちゃんの事ばかりお友達さんに話しているんだって教えてくれた』

『照れる〜、超嬉しいんだけど』

『ソイツはホントにいい奴なもんで、何でも話せてしまうんですよ』

『なんでも?』


「あの、陽くんから何でも話せる人だって」

「男同士だから言いやすい事ってのもあるでしょうね」

 聞いてみたいことがあると、婚約者さんが切り出す。

「大事な人に恋人ができたら、寂しくなりませんか?」

「どうでしょう? アイツとは職場で毎日会いますからね」

 僕の気持ちは羨望ほど綺麗でもないが、嫉妬ほど後ろ暗くもない。

「そうじゃなくて。こっちは一番大事な人なのに、あっちの一番じゃないって寂しくないですか?」

「寂しいです」

「そうですよね!」

「そうなんですけど、ちょっと違うと言いますか⋯⋯僕は妹がいるんです。妹が生まれたとき、付きっきりの母さんを妹に取られた気がして」

「⋯⋯私も妹がいます」

 なるほど、自分が婚約をして妹さんに寂しい思いをさせているのが心配なんだな。

「だったら分かるんじゃないですか?」

「お母さんは、妹も私も同じくらい愛してくれました⋯⋯私もお母さんと妹が大好きです」

「お母さんへの大好きは半分になりましたか?」

「ううん、大好きは増えました」

「それが家族愛だと思います。だから僕も寂しくはないです」

 僕の話で、婚約者さんの表情が明るくなる。

「僕もあなたの家族になれるように頑張ります」

「私のことも陽くんと同じくらいに大事にしてくれる?」

 これは、親戚として認められるチャンスだ。

「もちろんです。アイツが婚約者さんを大事にしているように、僕もあなたを大事にします。あなたの事が大好きです」


#


 何かおかしい気がする。

 僕は親友と婚約者さんを祝福しつつ、羨ましいって話をしてるよね?

 それなのに婚約者さんは首筋まで真っ赤にしてスマホに向かっている。

 通報じゃないよね?


『陽くん。真音ちゃんのこと大事?』

『もちろんです』

『大事で、大好きで、家族にしたいってどう言うこと?』

『俺が真音にしたプロポーズの言葉ですね』

『真音ちゃんはプロポーズされてどう思った?』

『すっごい恥ずかったけど、すっごい嬉しかった』

『それが好きってこと?』

『そーだよ、好きな人からプロポーズされるとね、うわ~ってなるよ』

『お、お姉ちゃんも好きかもしれない』


 ソファーにあったクッションで顔を隠してしまった。

 なんでだ?

 

「ただいまぁ!」

 親友のご帰宅だ、ナイスタイミング。

 いや、待て待て。僕が婚約者さんに何か変なことを言ったと誤解されないか?

 ここは慎重に迎えなければ。

「遅かったな。お前の話ですっかり盛り上がってたぞ、お前の話題でな!」

 めっちゃ強調する。

 ん? 親友の後ろに誰か居るぞ?

「……そちらの女性は?」

「ああ、紹介しよう。元義妹で俺の婚約者だ」

 え?

「はじめまして〜、いつもお兄ちゃんがお世話になっておりま〜す! 真音で〜す」

 うわ、明るぅ。凄え美少女。そして陽キャだ、コミュ力高そう。

 あれ? それじゃ……

「じゃあ、この素敵な美人さんは?」

 俺の後ろでソファーに座っている、この美人は誰だよ。

「真音のお姉ちゃんで〜す」

 美少女が両手を広げると、そこに美人が飛び込んだ。

「真音ちゃん! 会いたかったよ!」

「うん、ちょっと買い物行っただけだよ」

 美少女と美人の抱擁に、僕は混乱と眼福で目が回りそうだ。

 そんな僕の肩を親友がバンバン叩いてくる。

「仲良くやってたみたいだな」

「お姉さんが居るなら言っといてくれよ」

「LINE送っただろ?」

 マジか、そういえばラブラブツーショットだと思って未読だった。


#


 食事会が始まる。

 僕はあらためて二人を紹介された。

「ダーリンの義妹で婚約者の真音でーす」

 ハチャメチャに明るい太陽みたいな美少女が、親友の婚約者である真音さん。

「そっちの陰キャが、真音の大好きなお姉ちゃんでーす」

 義妹さんが明るい太陽なら、お義姉さんは薄雲から静かに照らす月って感じ。

 そのお義姉さんだが、いまだにクッションで顔を隠している。

 親友が紹介を続けた。

「義姉さんは、見ての通り俺の婚約者に劣らない、とんでもない美人だ」

「ああ、そうだな」

 お義姉さんは顔を隠したまま首を横に振った。

 かわいい。

「可愛さならもちろん真音が上だが、セクシーさ……あえて言うならエロさと美人さに限っては義姉さんが飛び抜けているだろう」

 そういえば出会ってすぐは、僕もどエロい美人だって印象だったな。

「そうか? お姉さんもかわいいだろ?」

「お前……お義姉さんを見てかわいいと言えるなんて……大人だな。負けた気がするぞ」

 どっかで聞いたような話だ。

「そんな義姉さんなものだから、世の男どもは黙っていない」

 そうだろうな。

「道を歩けば声をかけられ、話をしたなら惚れられる」

 やめろ! その表現は僕に刺さる!

「そんなわけで義姉さんは男性不信となり引きこもってしまったのさ」

 それは申し訳ないことをしたな。

「なるほど、そういう目で見られるのが苦手なんだ。そうなると、お前も駄目だろ?」

「外見だけで好意を寄せられるのは駄目なんだが、ちゃんと話をした上で容姿を褒められるのは大丈夫らしい」

「そりゃ難しいだろ。話をすると素敵な人だと分かるけどさ、こんなに綺麗な人なら男は外見から好きになっちゃうもんだ」

 親戚としては心配なところだ。

「そうかぁ、男性不信だと不便も多いだろう」

 それには義妹さんが答える。

「まぁ、私専属の私を甘やかしてくれるお姉ちゃんですから丁度いいけどね。二人とも在宅勤務のフリーランスだし」

 バランスは取れているんだな。

「ところがだ。間に俺という婚約者が加わってしまった」

 百合に挟まれるなんとかってやつだ。

「お姉ちゃんが飢えちゃったの、甘やかす相手に。そのクッションでは真音の代わりにはならない。真音はクッションより可愛いから」

 お、おう。そうだな。

「お義姉さんは、友達作ったほうが良さそうだな」

「そこでお前を呼んだ」

「いやいや、コミュ障で男性不信なのに僕なんか役に立たないだろ」

「義姉さんはな……家族には緊張しないんだ」

 あれ? 僕なにかやらかした気がする。


「たしかにお前の家族とは、親戚みたいな付き合いを望んでいるよ?」

 でも僕は、本当の家族じゃないだろ。

 涙目のお義姉さんがクッション越しに見てくる。

「……家族じゃないんですか?」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ダーリンは家族でしょ?」

「陽くんは義弟だから……家族」

「俺と親友は、それはもう仲が良くてですね。もはや他人ではありません。義兄弟の様なものです」

「兄弟?……でも、義兄弟の義兄弟は他人な気がする」

 オイオイ。お義姉さん、混乱してるじゃないか。

「お姉ちゃん、よく考えてみて。義理の弟の義兄弟なんだよ」

「……義が多い」

「お姉ちゃん。そんなときはね、約分するんだよ」

 ん?

「義弟の義兄弟だから義と義が消えるでしょ」

「う、うん」

「そうすると?」

「弟と、兄弟!」

「つまりこの人は?」

「……何月ですか? 誕生日」

「六月です」

「年上……お兄ちゃん?」

 お、おおお!

 美人からお兄ちゃんと呼ばれるの強い!

 アイツよくもまぁ、こんなのに耐えられるな……いや、耐えなかったのか。

「お兄ちゃんは?」

「家族!」

「家族は?」

「怖くない!」

 えぇぇぇ。お義姉さんてば、洗脳されてない?

「お兄ちゃんは妹を?」

「エッチな目で見ない。お兄ちゃんはエッチな目で見なかった」

 お義姉さんはソファーに座ると自分の膝を両手でポンポンと叩く。

 期待を込めた目で僕を見つめてくる。なに?

「甘えて、膝枕させて」

「人助けだと思って、頼むよ」

「早く! お姉ちゃんの母性が暴走する前に!」


#


 流されて膝枕をされる事になった。

「はぁ、落ち着きます」

 お義姉さんが僕の頭を撫でながら安堵の息をつく。

「あのぉ」

 僕は全く落ち着かない。

「よかったね、お姉ちゃん専用の家族ができて」

 お義姉さんは、テーブルから料理を箸でつまむと。

「はい、お兄ちゃん。お姉ちゃんが食べさせてあげる、あ~んして」

 なんか矛盾してません?

 まぁ、美味しいけど。

「うん。これで真音ちゃんが陽くんに取られていても、お姉ちゃんは大丈夫です」

 親友と真音さんも膝枕されている僕を覗き込んだ。

 これではまるで、赤子になったような気分だ。

 まぁ、こんな家族ごっこで役に立てるならいくらでも付き合おう。


「真音ちゃん、陽くん。お姉ちゃんね、お兄ちゃんをLINEグループに招待したいの」

「あとからダーリンを追加した【大好きな人】グループの事?」

「ダメかな? あ!」

 お義姉さんがスマホを操作すると、親友と真音さんの通知が鳴る。

 メッセージのやり取りをしているんだ。

 ちなみに、僕のスマホはまだミュートのままだ。

「招待した?」

「うん、大丈夫。というかお姉ちゃん気づいてないの? 今朝からもう追加済だよ」

「え? えぇぇぇ!」

 驚いたお義姉さんが手を滑らせて、僕のオデコにスマホが当たる。

 固まるお義姉さんをよそに、僕もスマホを取り出してLINEグループのメッセージを読む。

 そこには、今朝から続くお義姉さんの赤裸々なメッセージ。


『これって招待しても、その前のは読めないよね? 絶対読めないよね?』

『うん、参加前のは読めないよ』

『よかった。お姉ちゃんね今日は恥ずかしいお話いっぱいしちゃった』

『大丈夫、お姉ちゃんはいつも恥ずかしいよ』

『お兄ちゃんがね真音ちゃんの事をいっぱい褒めてたの。それなのにお姉ちゃん勘違いでお兄ちゃんに告白されたと思っちゃったの』


 そして最後の一文。

 

『凄く嬉しくて、お姉ちゃんも大好きになっちゃった。恥ずかしいから秘密ね』


 ピロンとメッセージが追加された。

『わかった、秘密にする』

 僕のオデコを撫でていたお義姉さんが、拾い上げたスマホを見る。

「もう遅いよぉ」

「でも良かった。真音ねお姉ちゃんより先にいろいろ体験するのは嫌だったんだよね」

 うんうんと親友が頷く。

「どういうことだ?」

「実は俺達はキスもまだしていない」

「お姉ちゃんより先はダメ」

 本当にお義姉さんを大事にしているんだな。

「でも、もう安心だね」

「俺たちが結ばれる日も遠くないな」

 結ばれるってアレの事だよな?

「そうだな。そういうわけだからよろしく頼むぜ親友!」

「まさか、真音のお姉ちゃんでは不満だなんて言わないよね!?」

 僕もメッセージを送った。


『勘違いじゃないです』


「わ! あのね真音ちゃん。お兄ちゃんね、二人っきりの時にね……お姉ちゃんの事、いっぱい好きだって、結婚して手料理が食べたいって……言ってくれたの」

 お兄ちゃんは確定なのか。

 むしろ兄妹で結婚のほうが駄目だろ。

「かぁ、お前もやるな。親友!」

 前例が居た。

「式は一緒でもいいよな?」

「んー? 誓いのキスがお姉ちゃんより後ならいいよ」

「頼むぞ、親友!」

「ダーリン、子供は三人欲しい! お姉ちゃんのあとだけど」

「頼むぞぉ、親友!」

「お姉ちゃん、あんまり待たせないでね?」

「任せて、真音ちゃん。お姉ちゃん、がんばるからね!」

 うん、かわいい。

 まぁ美人を可愛いと言える僕も、これで余裕のある大人って感じ?

 もうね、例えばね、そこのフォトスタンドの別次元級のエロ美人とかでないとね、もはや動揺なんてしない。

 余裕!

「ところで二人は在宅で何をしているんです?」

「真音は美容系のユーチューバーで、お姉ちゃんがモデルなの。前髪上げて、ガチ盛りメイクのお姉ちゃんを見たら絶対に驚くよ」

 お義姉さんは照れながら微笑む、そして…⋯恥ずかしそうにフォトスタンドを指さした。


 おわり


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親友の婚約者なら恋愛対象外。そう思って気軽に美女を褒めまくってたら、超絶的にコミュ障な婚約者の姉だった話 長田桂陣 @keijin-osada

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