躰落とし

十倉九一

第1話 雨を呼ぶ者

人の列がどこまでも続く。

その列の先頭はどこにでもあるような寂れたボロ屋の扉の前だ。並んでいる彼らはボロ屋の中に入って出てくると皆大切そうに何かを持って村を去る。それを見てまだ並んでいる者達は今か今かと自分の順番を待っている様子だった。

このところそれが昼夜問わず続いていた。

寒村には似つかわしくない光景だ。

並んでる彼らはこの村の住人などではなく誰もが他の村や町から噂を聞きつけて来たのだ。


「これはなんの列かね?」


噂を知らない一人の男が並んでいる爺さんに尋ねた。


「ああ、これは雨降しの妙薬の列だよ」


「雨降し?」


「ここで買える妙薬を井戸に入れると次の日には雨が降るって寸法だ」


「そんなことがあるもんかね?」


「それがあるからこんなに人が来ているんだろうさ。家にいるだけで客が来るなんぞワシからすれば羨ましいことだがね」


「妙薬ってのは高いのかい?」


「それがそうでもないって話だ」


「ここのところ日照りが続いているからな。俺も一つ買って行こうかね」


「だったら早く並んだほうが良い。列の最後はもう村から出たところだよ」


見たこともない程に人が並んでいるものだからこういう話が列のあちらこちらでされていた。

そうしてまた人が並び人が増えていく。

人が人を呼びさらに列が伸びる。

そうしてこの行列は出来たのだった。



数ヵ月過ぎても列には人が並び続けていた。

それどころか更に人は増え続けている。

最近さらに雨が減っているからだ。

川が枯れるほどではないが雨が降らなければ土地は乾き作物が枯れる。

少しでも危機感を抱いた者達は解決法を探し噂を聞きつけた。


雨降しの妙薬があるらしい、と。


すると妙薬の需要が増え高値になっていった。

子供の小遣い程度で買えたものが大人一人がなんとか買えるものに、家族で一つ買えるものに、村で一つ買えるものにと。

しかしまだ列は伸びる。




列が伸びると共に村が発展していった。

一日並び続けても順番は回ってこない。

列が伸びるに連れ列の進みも遅くなっており、始めの頃は一日並べば買えたものが二日経っても三日経っても買えなくなる。

五日以上並ぶ者もいて飲み食いもせず立っているわけにもいかないので列の横に露店商が集まり始めた。それに伴い簡易的な長屋や商店が出来て村は様子を変える。




村が町へと規模を変えた頃だ。

噂はさらに広がりついには帝の耳にまで届いた。ここ一年、日照りが続きこのままでは国の力が徐々に衰えると感じていた帝は勅令を出した。

妙薬を確保せよと。


直ぐに軍が動きいくつかの部隊が命令を受けた。彼らは早馬を出し調査を開始する。

当初は噂がきっかけというだけに調査は難航するかと思われたが妙薬を辿るのは思いの外簡単だった。十日と経たない内に噂の出所を突き止めて妙薬はとある村に実在する事が確認された。


妙薬の実物を手に入れる、出来るならば製法を得て帝都に持ち帰る。

最初に妙薬の情報を得て功を焦った部隊長はそう考え、武器を片手に行列の順番を守らず妙薬を売っているボロ屋の扉をこじ開け奥へと進んだ。


「帝の勅令だ。妙薬をーーーーー」


言葉は最後まで続かなかった。

部隊長に続いた部隊員全てが時を止めたように押し黙り、目の前の光景を受け入れるのに時間を要した。



そこにいたのは一人の男だった。

髪と耳はなく両足も付け根から失くなっており、腕も片腕の手首から先を失っていた。

そんな男が残っている片手で短刀を掴み今も自分の身体を削っている姿を見てしまえば、誰しもが男に目を奪われてしまっても仕方がないことだった。


「雨降しですか?すみません。今は在庫切れで、作っている最中なんですよ」


何をしているのか?部隊長はなんとかそれを言葉にして尋ねる。


「妙薬の材料は私の身体なんです。最初は髪、次は爪、耳、指、そうやって少しずつ試す内に解ったんですが、私にとって大事な部位であればある程に大雨が降るんですよ」


男は当たり前のことを言うように身体を削りながら答える。


痛くないのか?と聞いてみると。


「当然痛みはあります。でも本当の願いの為ならば人は大抵の事には耐えられるんですよ。これをお持ち帰りください。井戸に入れれば雨が降ります。これだけあれば国が枯れることはないでしょう」


男は片腕の肘から先を短刀で切り落とし微笑みながら答えた。


そうして男は最後に申し訳なさそうに言う。


「私はもう長くありません。お代は結構ですので私の亡骸は海へと帰していただけませんか?お願いします」


それを最後に男は眠るように亡くなった。




全てを帝に伝え、男に言われた通りに井戸に腕を落とすと国中に雨が降った。

それを帝は感謝し、男の希望を叶えようと亡骸を小船に乗せて海へと帰した。


確かに国は水不足を乗り越えた。




だが一年経っても雨は止まなかった。

それはこの島国だけではない。

世界のありとあらゆる場所で雨は降り続けた。


一年、十年、百年。

雨は村を沈め、町を沈め、国を沈め、それでも止むことはない。


世界の全てを沈めても雨はまだ降り続けていた。


「雨よ降れ」


それが男の唯一の願いだった。

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躰落とし 十倉九一 @tokura91

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