メトロボーイ

亜同瞬

第1話 ゲーム少年

冬の冷たい風が吹き抜ける校舎の屋上。

 周囲の喧騒を忘れ、ひとり携帯ゲーム機に没頭する少年がいた。

 天野(あまの)友樹(ともき)。背が小さく、大きめの眼鏡をかけた小学六年生。


 学校では目立たない存在だが、この屋上だけは彼にとって特別な場所だった。

 昼休みになると毎日ここへ足を運び、誰にも邪魔されずにゲームの世界に浸っていた。


 今、彼の手元のゲーム画面には敵機が次々と出現していた。

 3Dシューティングゲームの中で、友樹は見事な腕前を見せ、瞬時に戦闘機を操って敵機を撃ち落としていく。

 指先の微妙な動きひとつで、友樹は敵のミサイルをかわし、正確なタイミングで反撃する。画面に表示されるスコアは着実に上昇していた。


 突然バレーボールが彼の頭にぶつかった。


「イテテ……」

 友樹は頭を押さえながら、ふと現実に引き戻された。


「おーい、友樹!ボール取ってくれよ!」

 声をかけてきたのは同級生の川田だった。

 笑いながら友樹にボールを要求する。


 友樹はずれた眼鏡を直し、地面に転がったボールを拾って川田に投げ返した。


 しかし、ボールはワンバウンドして川田が受け取る。

「下手くそ!ちゃんと返せよ!」と不機嫌そうに言った。


「……ごめん」と友樹は謝った。


 そしてまた柵に寄りかかって、再びゲームの世界へと戻っていった。

 彼にとって、現実世界ではどうにも居場所が見つからないが、ゲームの中だけは自由で、自分を思い通りに表現できる場所だった。


 夕方、校舎のチャイムが鳴り、友樹は携帯ゲーム機をしまって下校の準備をした。

 学校の廊下を歩きながらも、頭の中はさっきのゲームでいっぱいだった。


 引っ込み思案で人との交流が苦手な彼には、心を許せる友達がいなかった。

 彼は勉強もスポーツも苦手で目立たない生徒だったが、唯一の取り柄はゲームだった。

 将来はEスポーツのプロゲーマーになりたいと密かに夢見ている。

 ゲームなら誰にも負けない自信があった。


 学校帰りの途中、友樹はいつものようにゲームセンター「カブト」に立ち寄った。

 この店は、昭和の時代から営業を続けるレトロなゲームセンターだったが、最新のゲームも取り揃えており、幅広い層のゲーマーに人気があった。

 ゲームセンターの店内には、どこか懐かしい雰囲気が漂い、友樹にとっては隠れ家のような存在だった。


「今日もやろうかな……」

 友樹はそうつぶやくと、店内の奥に置かれた巨大な筐体「アンダーセイバー」に向かって歩き出した。


「アンダーセイバー」は、最近この店に導入された最新の3Dシューティングゲームで、パノラミック・オプティカル・ディスプレイという半球型のスクリーンが特徴だった。スクリーンはまるで戦闘機のコックピットのようで、操作するのは操縦桿とスロットルレバー。

 まさに戦闘機パイロットになったかのような没入感が得られるゲームだった。


「今日こそは、ハイスコアを叩き出すぞ……」

 友樹は心の中でそう決意しながら、筐体に座った。


 画面が起動し、目の前に広がるのは、鍾乳洞のような地底世界。

 敵機であるドロームが、トリッキーな動きで左右に揺れながら迫ってくる。

 友樹はサイドスティックを操り、アンダーセイバーを巧みに操作して敵の攻撃をかわしつつ、正確な射撃でドロームを次々と撃墜していった。


 ゲームに没頭していると、あっという間に時間が過ぎる。

 何度かプレイを繰り返し、ついに友樹は最高得点を記録した。筐体のディスプレイには「ハイスコア」の文字が大きく表示され、友樹の顔には自然と笑みが浮かんだ。


「やった!ハイスコア達成した!」


 彼は喜びを抑えきれず、思わず声に出してしまった。

 周りのプレイヤーが驚いて彼を見ていたが、友樹はそんなことはお構いなしだった。

 彼の目は、ディスプレイに映し出された得点に釘付けだった。


 しかし、その瞬間、筐体から何かが排出される音がした。

 友樹が目をやると、カードスロットから黄金色のカードがゆっくりと出てきた。


「え?何これ……」


 彼は不思議そうにそのカードを手に取った。それは見たこともないカードで、キラキラとした輝きを放っている。

「カードか……」

 その時、背後から声がかかった。


「おや、ゴールドカードを手に入れたのかい?すごいねぇ」


 振り返ると、そこにはこの店の初老の店主が立っていた。

 店主は、友樹がこの店に通うようになってから、時折声をかけてくれる。


「これって……何か特別なカードなんですか?」


 友樹の問いに、店主はにっこり笑って答えた。

「そうさ、このカードは特別なんだ。持っていると、きっと良いことがあるよ」


「良いこと……?」

 友樹はその言葉に興味を引かれ、カードをじっと見つめた。


「まずは、君の名前とメールアドレスをここに書いてくれるかな」

 店主が差し出したタブレットに、友樹は言われるがまま、自分の情報を書き込んだ。


「これで準備はできた。何が起こるか、楽しみに待ってなさい」


 そう言って、店主は奥へと去っていった。

 友樹は手元のゴールドカードを不思議そうに見つめながら、ゲームセンターを後にした。


 外に出ると、既に日は沈み、夜の冷たい風が彼の頬を撫でた。

 冬の夜空を見上げ、友樹はポケットからゴールドカードを取り出して見つめた。


「本当に……何かいいことがあるのかな……?」


 そう呟いた瞬間、ポケットの中のスマートフォンが震え、通知音が鳴った。

 驚いてスマホを取り出すと、見知らぬアドレスから一通のメールが届いていた。


「誰からだろう……?」


 メールを開くと、驚くべき内容が目に飛び込んできた。


 件名 ワールド・Eゲーム・チャンピオンシップへのご招待


 天野友樹様、


 この度、「アンダーセイバー」において驚異的なハイスコアを達成されましたこと、誠におめでとうございます。


 我々のチームは、あなたのゲームの実力に感銘を受け、特別な招待状をお届けいたします。この度、東京アリーナで開催される「ワールド・Eゲーム・チャンピオンシップ」にぜひご参加いただければ幸いです。


 友樹は信じられない思いで画面を見つめた。


「すごい……すごいぞ!」

 今まで誰からも評価されることのなかった自分が、ゲームの腕前を認められた。

 その瞬間、友樹は抑えきれない興奮に駆られ、夜の街を駆け出した。

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