ビッチの姉さんに弟の僕は清廉な交際を申し込まれる
陸沢宝史
本編
室内では蚊の羽音よりも静寂な音を立てながらエアコンが稼働している。一軒家の一人部屋の床に物は散乱していない。壁際に置かれたベッドの白色のシーツはやや古びていた。
部屋には天井からの白色の明かりが広がりあちこちで物による影が伸びている。
ベッドに腰掛ける僕は手に持った漫画に目を傾けていた。顔中を冷たい風が撫でていく。
手に持っている漫画は一日前に買ったラブコメの最新刊であり、ベッド近くの壁際にある本棚には読み終えた過去巻が収納されていた。
今開いているページの全てのコマを目に刻みつけると人差し指と親指で左側のページを掴む。手の腹にざらついた感触がした。微かな音を立てながらページを捲る。目の前には見たことのないコマが広がっていく。だが扉の方から突如、ガチャという音が部屋に割り込んできた。
僕は目の輪郭を広げながら顔を上げ扉の方を向いた。この部屋のドアノブはレバーハンドルで下に押して開ける仕組みだ。そのレバーハンドルが下に押し込まれていた。
僕は視線をドアノブに向けたまま漫画を閉じそっと脇に置いた。
部屋の外側から扉が押されていくのが目に入る。部屋中に音を拡散させながら扉は一気に開けられた。
僕は目以外にも口も大きく開きその光景を見た。部屋の外からは早歩きの音とともに一人の女が入ってきた。
女は僕の直線上に立つ。女は横側を向いていたがすぐに僕と向き合った。
女の髪は黒髪でロングヘアーだ。遠目からでも分かるほど髪には艶があった。
切れ長の目を持つ顔はシャープな輪郭で肌には潤いがあり染みなど全く無い。
上半身には体のラインを隠すほどゆとりのあるノーカラーシャツ。下にはロングスカートを履いており、左手にはハンドバックを手にしていた。
僕を見つけた途端、女の眉毛は緩やかなアーチを描き、口から見える真っ白い歯に照明の光が当たり、そして反射した。
女の表情を目の当たりにした僕は力なく上瞼が沈み視界が縮まった。現在大学四年生の女の名は
姉さんは足を前に出すと床を踏みながら笑みを浮かべたまま話しかけてきた。
「
下に響く足音を数歩立てた姉さんは僕から数歩先で立ち止まった。僕は下瞼をビクビクと微動させながらその行動を直視していた。姉さんは床に正座すると背筋を真っすぐ伸ばし、瞳の全貌が見えるほど開いた目で僕の顔を見詰めてきた。
「付き合うって何?」
僕は低い声で尋ねると姉さんは表情を変えずに答える。
「付き合うは付き合うだよ」
僕は頰を中心に顔を強張らせると先ほどよりも音量を大きめに再度尋ねた。
「だから付き合うって何だよ」
姉さんは目を見開いて右手を口に添えた。そのまま微かに頭を上に動かし、数秒程度声を発しなかった。 その様子を腕を組みながら見ていると姉さんの顔の位置が元に戻った。口から手を離した姉さんは顎下当たりで両手を軽く叩いた。
「付き合うだと分かりづらなかったね。あのね幸也、わたしと交際してくれない?」
姉さんの発言を聞き終えた瞬間、腕組は解け、喉元の奥が見えると思えるほど口が開いた。すぐに口を縮めると姉さんに聞く。
「僕らの関係知ってるの?」
「姉弟でしょ。それなら問題ないよ。わたしたち血が繋がってないから」
微笑みながら答える姉さんを見て僕は項垂れた。目の先には下半身に履いているジャージがあった。一度ため息を付くと顔を上げ再度姉さんと目を合わせた。
「いや、血が繋がってなくても姉弟だから。世間体とか考えて。まさか五歳のときから姉弟なのに十九歳になって姉さんに交際を申し込まれるなんて思いもしなかったよ」
「えっ!? 駄目なの」
「うん駄目。親が知ったら色々と反応に困ると思うし。そもそも僕にとって父さんも姉さんも実の家族同然なの。だから諦めて」
そう伝えると姉さんの目は急激に弱々しくなる。姉さんは頰が膨らますと間を置かずに口から息を吐いた。頰は急激に萎んでいく。重なっていた視線は床に落ちていく。
「わたしは幸也じゃないと駄目なの。だから付き合ってよ」
「そう言われてもなんで俺なの? 姉さんなら他に男一杯いるだろ」
僕が問いかけると姉さんが顔を上げ口を開く。
「ほら、わたしってセックスするの大好きでしょ。だから男の人と付き合うとセックスばかりしちゃうの。なんなら付き合う前から寝ちゃうし。けどそういう恋愛に最近疑問を覚えてきて、だから幸也なら清廉な交際ができるかなと思って」
話を聞くたびに眉間に皺が溜まった僕は右手をポケットに手を突っ込む。
「弟にそんなこと求めるな。まあ確かに童貞ではあるけどさ。というかそれなら他に真面目な男を探せよ」
指摘を受けた姉さんは下唇の下に大量の皺ができるほど唇を上に尖らせてから口を動かした。
「わたしがビッチなの周りにバレて付き合うって話になると皆そっち方面に期待しちゃうの。真面目な人はわたしには寄り付かないし。だからお願いわたしと付き合ってよ」
姉さんは顔の前で両手を合わせ目を瞑りながら懇願した。
「セックスのし過ぎで考えがおかしくなったのかな? てか僕のことの好きなの?」
そう尋ねると姉さんは顔の前の両手を膝上に載せ、目がパッチリと開いた。
「好きじゃないよ。当たり前じゃん」
姉さんは言い淀むことなくスラスラと答えた。それを聞いた僕は右手をポケットから引っこ抜き両手を肩の当たりの高さで広げて大口で言った。
「好きじゃないやつによく告白する気になれるな」
「別に好きじゃなくても告白するでしょ。そもそもわたし幸也みたいなイケメンだったら付き合ってなくても寝ちゃうし」
「まさかセックスのためだけに浮気とかしてないでしょうね」
僕は両手を垂らし小声で聞いた。
「わたし浮気はしたくないから彼氏がいるときはちゃんと彼氏とだけしてたよ。どうわたし浮気はしないからその点を安心して付き合えるよ。だから付き合って」
姉さんは再び顔の前で両手を合わせ、今度は愛嬌たっぷりにウィンクしながら首を右に傾けた。
僕の口から歯を噛みしめる音が室内へと流れる。目元辺りに皮膚に力が入るのを顕著に感じるほど目を尖らせ姉さんを睨んだ。右腕を扉の方に一直線に伸ばし、人差し指で扉を指す。
「やっぱり好きでもない相手に交際申し込むとかありえない。部屋から出ていって」
姉さんは首を横に何度も振る。艶のある前髪も動きが目で追えないぐらい揺れていた。
「絶対に交際してくれまで出ていかない」
「だったら僕がこの部屋から出ていく」
僕は姉さんを睨みつけながら立ち上がるべく腰を浮かせる。目に映る姉さんは両手を床につき四つん這いになる。手が前につくとそれと連動して足も動く。床を激しくしながら四つん這いで僕の方へと突っ込んできた。
「お願いだから出ていかないで〜」
叫びながら僕の脹脛付近に抱きついてくる。僕の下半身はバランスを崩し腰がベッドの方に落ちていく。ギーとベッドの軋む音が耳に入った。ベッドに腰掛けると脹脛付近に抱きついたままの姉さんの頭をチョップした。
「告白した相手を怪我させるきかい」
姉さんの口から「イタイ」と聞こえてきた。姉さんは腕を足から解いた。
片目を瞑りながらチョップされた箇所を撫でる姉さんを見下ろす。
「一つ聞きたいけど、セックスぐらい我慢できないの? いくらなんでも姉さんはセックスに依存しすぎている」
姉さんは撫でていた手を頭から離すと顔全体を蕩けさせながら僕を見る。その目と合うと顔を引きずった。
「だってセックス気持ちいいじゃん。あの快感はセックスじゃないと無理だし」
僕は頬を緩めず目を細める。
「僕と付き合いたい目的ってセックスから逃れるためだよね」
姉さんは頷く。
「その辺りを幸也に見張ってほしいんだ」
「それなら付き合わなくて良くない? 僕が頻繁に姉さんと連絡取って居場所を確認するから」
「彼氏いないのは寂しくて無理。もう二ヶ月も彼氏いないんだよ。これ以上は耐えきれない」
言葉が詰まるような速さで喚く姉さん。それを目にしていた僕は目を瞑り項垂れるとポンポンと響くほど頭を片手で叩いた。
「僕なんて二年もいなんだよ。二ヶ月ぐらい我慢しろよ」
「そんなことしたらわたし死んじゃうよ」
「面倒くさい姉さんだよ」
僕はソファーに身を預けるように背中を後ろに引いた。項垂れていた顔を上げる。視界内には僕を見ていない姉さんがいる。その視線の高さはベッドと同じぐらいだ。僕は眉を寄せると首を傾げる。視線の先を目で追うとそこには僕の股間があった。
「姉ちゃん僕のどこを見ているの?」
「ジャージ」
「具体的な場所は?」
僕は頭を掻きながら尋ねると姉さんはいきなり立ち上がった。その顔は薄っすらと微笑んでいた。そのまま僕の正面に寄ると屈んで口を僕の耳元に近づけ囁いた。
「ねえ、エッチしよ。セックス何度も言ってたら興奮してきて我慢できなくなった」
姉さんの言葉を聞いた瞬間、腰をベッドに擦るように後ろへと移動し足をシーツの上に引き寄せた。
「それだけは駄目だ。父さんと母さんが悲しむ」
「バレなきゃいいの。ほら服脱いで」
姉さんはシャツのボタンの上から二つ外すと、ベッドに上陸した。僕は「来るな」と声を発しながら後ろに下がる。
「幸也は二年もしてないんでしょ。わたしが気持ちよくしてあげるからこっちきなよ」
姉さんはシャツの上半分のボタンを外した。僕は一度首を横に回し視線を切る。だがその瞬間、目の端にシャツから垣間見えるブラジャーが映り込んだ。
正面からはベッドに両手を付くような音が立つ。四つん這いでの四足歩行を連想させる音が確実と僕に迫る。
僕は動けずに音だけを聞くしかなかった。やがて音は止まった。僕はゆっくりと正面を振り向いた。
そこにはシャツを脱ぎ捨てた姉さんがいた。正座するようにベッドに腰掛ける姉さんには手を伸ばせば届く。
「姉さんベッドから降りてくれ」
僕は震える声で頼む。姉さんは口角を上げると黙り込んでしまう。笑みを浮かべる姉さんに首を小さく横に振る僕は凝視される。
少し間が経つと姉さんの口が開く。
「わたしFカップなんだ。大きいし柔らかいから触ってみると気持ちいいよ。今なら触り放題だよ。だから気持ちよくなろ」
姉さんの提案に僕はブラに目をやりながら息を飲み込んだ。
僕は自分の右手に目をやるとしばらく考えた後、姉さんの胸に向かって右手を伸ばした。
エアコンの稼働する音が微かに聞こえる。それ以外の音は耳には入ってこない。少し前まではエアコンの音が掻き消えるほどの音が部屋中に鳴り響いていた。
ベッドに寝転がる僕は隣を見る。そこには笑みを浮かべる姉さんがいた。服は来ていない。それは僕も同じだった。
「姉さんこれからどうするの?」
僕は尋ねた。
「しちゃったし付き合わない?。またしたあげるから」
今日何度目か分からない告白を聞いて僕は顔を和らげた。
「それで構わないけど、僕は姉さんのこと好きじゃないよ」
「それはわたしも同じ。だから関係ないよ。まあそのうち好きになるかもよ」
僕は天井を見上げる。照明の白い光に染まる白天井がそこにはあった。
「まあ姉さんの言う通り好きになる時を待てばいいか。けどセックスから逃れるという目的はどうするの?」
「そのうち考えるかな」
姉さんの答えを聞いた僕は一瞬目を閉じ、再び開く。天井がまた目に入った。
姉さんの方を見る。そこには好きではない人の顔があった。だが今日味わった刺激を考えるとその顔はずっと手放す気はなかった。
姉さんの手を掴む。だが姉さんはすぐさま僕の手を掴み返すことなく、少し間が経ってから姉さんの指に僕の手を包まれた。
ビッチの姉さんに弟の僕は清廉な交際を申し込まれる 陸沢宝史 @rizokipeke
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